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第4話 始業式。 (Side 飛鳥)
ホームルームが終わると、一学期最初のイベント――始業式がある。
みんなで整列して体育館へと向かう。
百合ケ丘の体育館はおっきい。
バスケットコートが三面は入る大きさだ。
それに反して、生徒数は少なめなように見える。
多分、三学年合わせて六百人くらいじゃないかな。
ひとクラスの人数も三十人くらいだし、少人数教育をモットーにしている百合ケ丘らしいとも言える。
「寝こけちゃだめですよ?」
パイプ椅子に座ると、隣から和泉がひそひそ声でそんなことを言ってきた。
「あはは。学園長のお話が長くないことを祈るよ」
ゲームでは端折られていたけど、こういうイベントだし、やっぱりあるんだろうね、学園長とか来賓とかの挨拶。
百合ケ丘は名門だから来賓も多そうだ。
「去年はどれくらいかかった?」
「そうですね……。一時間弱くらいだったでしょうか」
「それくらいなら大丈夫。起きていられるよ」
「そうですか。一人、来賓の中に催眠術の使い手がいらっしゃるのですけど」
「うわー……。それはやだなあ……」
どこの学校にも絶対一人はいるよね、そういう人。
前世でも日本史の先生がお経唱えるみたいな授業してたなあ……。
「そろそろ始まります。静かにしましょう」
「うん」
和泉もボクも口をつぐんだ。
開会の宣言に始まり、校歌、国歌斉唱、来賓の挨拶とお決まりのメニューが続く。
ボクは開始十分であくびが出始めたけど、和泉は真剣な顔で壇上の話を聞いている。
まじめだなあ。
横目で眺めているとふと目があった。
和泉は無言でにっこり笑いかけて来た。
(ホントに綺麗な人だなあ)
笑い方一つとっても気品がにじみ出ている。
さすがは名家一条のご令嬢。
ボクも愛想笑いを返して、前に向き直った。
始業式は新任教師の着任式と、新一年生との対面式も兼ねている。
新任の先生たちは思っていたよりも若くない。
やっぱり、百合ケ丘くらいになると、経験を積んだベテランの先生じゃないとダメなんだろうなあ。
クラスの運営っていう意味では、良家の子女が多い百合ケ丘はやりやすい方だと思う。
でも、都内有数の進学校っていう側面もあるから、教えるのが上手じゃないと雇って貰えないんだろうね。
まあ、それはいい。
問題は新一年生の代表あいさつだ。
アシンメトリーマッシュの髪に中肉中背の体つき。
柔らかな容貌をした男の子が壇上に上がる。
やっぱり、これもゲームの通りか。
「――。新入生代表、木戸 恭也」
攻略対象の一人、恭也君。
唯一の年下キャラである。
彼はいわゆる不思議ちゃん系で、ショタっぽい雰囲気で世のお姉様方を虜にしたキャラだ。
新入生代表挨拶を任されているとおり、勉強は非常によくできるし、スポーツもそこそこだったと記憶している。
攻略対象のうち、ボクがあと出会っていないのは、浪川 ナキ君と真島 誠君だ。
この二人に共通するのは音楽がキーだということ。
特に誠君は、歌がをいっぱい練習しないと、振り向いてもらえない。
まあ、そのうち会うこともあるかもね。
そんなことを考えながら始業式の進行を見守っていると、見覚えのある顔が壇上に上がった。
冬馬だ。
生徒会長の挨拶ってことだね。
冬馬は胸を張って堂々と言葉を発している。
二年生にしてすでにあの貫禄。
さすがはオレ様冬馬様。
一年生の女の子たちの何人かはぽーっと見とれてる。
無理も無いか。
横目でちらりと様子を伺うと、和泉が誇らしげな笑みを浮かべていた。
やっぱり、恋人の格好いい所は、見ていて嬉しいよね。
恋……恋愛かあ……。
既に相手がいる冬馬は絶対手出ししないとして、他の攻略対象者と仲良くなるべきなんだろうか。
あ、いや。
既に相手がいるって意味では、柴田先生もそうなんだけどね。
この世界が『チェンジ!』にそっくりなのはもう確定としても、だからってその通りに恋愛する必要なんてないよね。
そもそもボクには、恋愛なんてしてる余裕ない。
ボクは一日一日を生きていくだけでいっぱいいっぱいだ。
いつからか、ボクにはこの世界がモノクロに見えるようになっていた。
単に目が悪いせいじゃなくて、何もかも色あせて見える。
世界は、ボクを否定してくる。
いつだってボクを飲み込もうと機会を伺っている。
それはきっと――。
「飛鳥?」
声を掛けられてはっと我に戻った。
「え? あ、なに?」
「教室に戻りますよ?」
和泉がきょとんとした顔で立っている。
いつの間にか始業式は終わっていたみたいだ。
いけない。
ぼーっとしてた。
二年A組の女子の先頭はボクだから、ボクが動かないと後が続かない。
「ごめん、ごめん」
そう言いながら、慌てて立ち上がる。
「何やら考え事をしていたようですけれど……」
「うん。ちょっとね」
「少し顔色が悪くありませんか?」
「大丈夫、大丈夫。ボク、風邪をひいたこともないんだよ?」
これは本当。
生まれてからこの方、一度も風邪を引いたことがない。
なんとかは風邪を引かないって?
うるさいな。
「そうですか? でもこれからということもあります。具合が悪くなったら、すぐに保健室へ」
「ありがと。でも本当に大丈夫だから」
「分かりました」
心配してくれるんだ。
この子が悪役令嬢ってホントかなあ……?
全然、そんな感じしないんだけど。
「冬馬、カッコ良かったね。みんな見とれてたよ」
「自慢の恋人です」
「和泉は生徒会に入ろうとは思わなかったの?」
「去年色々あって考え方が変わるまでは、ひたすら勉強だけしていようって思っていたので」
「へえ……。何かあったの?」
「……ありました。本当に色々。追々お話します」
そう言った和泉は、何か精緻なガラス細工に触れるような、とても切ない表情をしていて、ボクは胸が痛くなった。
「あ、えっと……。無理に言うことないからね?」
「ええ。でも、ぜひ聞いて貰いたいんです。私の初めての親友のことを」
親友……かあ……。
「ボクたちも仲良くなれるよね?」
「ええ。宣言したとおり、私はみなさんと仲良くなるつもりですから」
そう言って笑った和泉は、もう陰のない、華やかな微笑を浮かべていた。
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