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第3話 ゲームの主人公。(Side 和泉)
(ふーん……。あの子が主人公か……)
ホームルームが始まった。
今年度の担任も柴田先生だ。
先生も飛鳥の容姿には動揺するだろうと思ったけれど、時々視線を送るくらいで、目に見えた動揺はないみたい。
考えてみれば、先生は春休み中に写真を目にする機会はいくらでもあったはずで、今日初めて見たという訳ではないのかもしれない。
きっと、心の準備をしてきたのだろう。
それにしても、本当に綺麗な子だ。
新雪を思わせる肌と髪に赤い瞳。
どこか現実離れした、妖精のようなその容姿はとても儚い。
飛鳥本人はボクっ子で、どこかボーイッシュな語り口をしているせいか、ギャップが凄い。
某新世紀なファーストの子のように、無口・無表情で「私が死んでも変わりはいるもの」とか言いそうなのに。
少し探りを入れてみたけれど、彼女は家庭の都合で百合ケ丘に来たらしい。
どんな都合なのかは言いたくないようだったので、詳しくは聞けなかったけれど。
その辺りの事情は『チェンジ!』では語られていなかった。
主人公の設定に空白が多いのは、ゲームにプレイヤーが感情移入しやすくするための常套手段である。
飛鳥は今までの私の周りにはいないタイプだ。
でも、あんまり悪い子には思えない。
問題の冬馬との関係はどうかと言えば、今のところ何も起きそうにはない。
どちらかというと、飛鳥は冬馬のことを警戒しているような気配があった。
むしろ、冬馬が近づいてきたことにびっくりしているようでもあった。
なぜだろう。
冬馬がイケメンだからだろうか。
なにしろ、冬馬は正真正銘のイケメンである。
どこへ出しても恥ずかしくない、自慢の彼氏だ。
あるいは、東城という名家のブランド力に怖気づいたのだろうか。
でも彼女は庶民の出身である。
上流階級の社交とはこれまで縁がなかったはず。
東城を敬遠するようなこともないだろう。
そんなことをつらつら考えていると、年度初め恒例の自己紹介が始まった。
最初は五十音順に並んでいるので、一番手は飛鳥だ。
「浅川 飛鳥です。今年度から編入してきました。分からないことがまだたくさんあるので、いろいろと迷惑をかけるかもしれませんが、出来れば仲良くして下さい。よろしくお願いします」
そう言ってニコっと笑った。
今の笑顔で、男性陣の半数以上がノックアウトされたと思われる。
女性陣は、庇護欲と嫉妬心とで半々くらいか。
なかなか悪くない自己紹介だったのではないだろうか。
浅川の「あ」の次は和泉の「い」である。
つまり私の番だ。
思い返せば一年前。
全てはここから始まった。
今年も言うことはもう決めている。
私は立ち上がった。
「一条 和泉です。私はクラスの全員と仲良くなりたいです。そのためには手段を選ばないつもりなので、どうかよろしくお願いします」
一部の人たちからざわっとした気配が伝わってきた。
去年の自己紹介を覚えている人もいたのだろう。
そう。
このセリフは、去年いつねが言ったものとほとんど同じだ。
―― 一条 和泉です。男女を問わず誰とも仲良くなるつもりはないので、学校が強制する団体活動以外は放っておいて下さい。
去年の私のセリフは確かそんなだった。
それにちょっと待ったをかけたのがいつねだった。
――はーい! はいはい! ちょっと待って!
――五和 いつねです。あたしはクラスの全員と仲良くなりたいです。そのためには手段を選ばないつもりなので、どうかよろしく!
――という訳なので、和泉ちゃんは諦めてね。和泉ちゃんみたいな面白そうな子、絶対、友達になりたいもん。
もう随分前のことのように思えるけれど、まだ一年しか経っていない。
去年は本当にあっという間だった。
いろいろなことがあった。
嬉しいことも、悲しいことも。
去年一年で私は変わった。
この自己紹介は、過去の自分との決別宣言のつもり。
後悔しないように、全力で生きる。
彼女のように。
「加藤 佳代です。よろしくお願いします」
佳代の自己紹介は非常にそっけないものだった。
相変わらずツンツンしてるなぁ。
すぐボロ(デレ)を出すとは思うけれど。
「三枝 幸です。ただの人間にも興味があります。この中に、宇宙人、未来人、超能力者がいたら、私のところに来なさい。ついでにオタ話が出来る子も。以上」
幸はぶれない。
彼女はいつだって自分の道を行くのだろう。
でも、ハ○ヒは古くないかい。
名作だけどさ。
「え、えっと……。は、服部 遥です。い、いろいろあって一時百合ケ丘を離れていましたけど、こ、今年度からまたお世話になります。よ、よろしくお願いします」
遥は相変わらずおどおどしている。
もっと自分に自信を持ってもいいと思うんだけれど。
可愛いし、頭いいんだし。
「箕坂 みのりです。テニス部に所属しています。趣味は読書です。よろしくお願いします」
実梨は無難にまとめた。
良くも悪くも普通なのが彼女のいいところだ。
味方が多く、敵を作らない。
当たり前のことが当たり前に出来るということは、素晴らしいことだと思う。
「二条 仁乃ですわ。陸上部に所属しております。今年度の目標はインターハイ出場ですわ。皆様、よろしくお願い致します」
仁乃はそんな風に自己紹介した。
インターハイとはまた大きく出たなぁ。
確かに去年の総合健康診断ではなかなかいいタイムを出していたけれど、それでも一般人の域を出ていなかったはず。
春休みから陸上に本腰を入れ出したみたいだけれど、タイムはどうなのだろうか。
そんな感じで自己紹介は一通り終わった。
ウケを狙って滑る者、無難に済ます者など様々だった。
でも、一番インパクトがあったのは、やはり飛鳥だろう。
何しろ容姿が異質だ。
それだけなら人を遠ざけそうなものだけれど、彼女は非常にフランクな雰囲気をまとっている。
これは男性陣が放っておくまい。
改めて彼女と冬馬のことを考えてみる。
飛鳥は魅力的だ。
中身についてはまだそれほど知らないけれど、容姿については文句なし。
私のように変に背が高かったりしないし、凹凸が少々足りないかもしれないけれど、お人形さんのように可愛らしい。
幸さん風に言えば、二次元から飛び出してきたかのような美少女だ。
冬馬は彼女のことをどう思っただろう。
ナキのことについてフォローしていたけれど、話してみてどんな感想を抱いただろうか。
今のところは好感も嫌悪も抱いていないように見えた。
まだ少ししか話していないのだから当然といえば当然か。
でも、一目惚れなんていう展開になってはいなさそうで、そこは一安心である。
考えてみれば、ゲームでも冬馬は最初、むしろ冷たいというか相手にしてくれない感じで、しつこく食い下がってやっとこちらに興味を見せるというタイプのキャラだった。
ならば、むしろ注意すべきはこれからの動向だろう。
で、もう一つ気をつけなければならないのが、他ならぬ私自身の感情である。
気づかないうちにゲームのような悪役令嬢になってはいないだろうか。
自分の胸に手を当てて、自問自答してみる。
飛鳥に対して悪い感情はない。
少なくとも今のところは。
むしろ、好感さえ覚えている。
話してみて、この子とはいい友達になれそうだと思ったのだ。
自己紹介で宣言したとおり、今年はみんなと友達になるつもりだ。
それには、飛鳥も含まれている。
冬馬を取り合いになったら、覚悟しなければならないけれど、悪役令嬢にはならずに正々堂々と勝負しよう。
でもまあ、そうなったら容赦はしないけどね。
恋は戦争なのだ。
などという私の逡巡をきっと知りもしないであろう飛鳥は、柴田先生の話をじっと聞いている。
この子と争うのはやだなぁ、とやっぱり私は思うのだった。
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