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第2話 乙女ゲームの世界。(Side 飛鳥)
教室に入った途端、複数の視線が突き刺さってきた。
ボクは編入生だから、きっと見慣れない顔が珍しいんだろうと思う。
その中に、彼と彼女はいた。
背が高くて堀の深い顔立ちの格好いい男の子。
尊大……というよりは、カリスマと言った方がいいような雰囲気をまとい、自信に満ち溢れている。
そのすぐ側には女の子にしては背が高い綺麗な子。
170cm近くはありそうな長身にスレンダーなプロポーションはため息が出るほどだ。
ゲームの通り。
東城 冬馬君と一条 和泉さんだ。
百合ケ丘学園という高校の名前、それから若葉ちゃんというルームメイトの時点で薄々感づいていたことだけど、これで確信に変わった。
ボクは『チェンジ!』の世界にいる。
ボクには幼い頃から不思議な記憶があった。
思い出したくない辛い記憶だ。
その中でボクは今とは別の人間として生きていた。
百合ケ丘学園を知るまでは――あるいは、若葉ちゃんに会うまでは、随分リアルな夢だなあくらいの認識だったけれど、どうもこれはボクの前世らしい。
記憶の最後は、ある悲しい事件で終わっている。
ボクは多分、そこで死んだんだろうと思う。
そして、この世界に転生してきた。
前世、ボクはとある乙女ゲームにはまっていた。
乙女ゲームというのは、ゲームの主人公になって、様々な魅力的な登場人物と恋を楽しむゲームのこと。
その中でもボクたちの世代で一番人気があったのが、『チェンジ!』だ。
百合ケ丘学園という良家の子女が通う名門校に、庶民である主人公が編入してくるというのがゲームの始まり。
主人公は学園の様々な登場人物と出会い、交友し、そして恋に落ちる。
そして、中でも一番人気だったのが、オレ様系男子の冬馬君である。
彼は東城家というこの国有数の財閥の御曹司で、1年時から生徒会長を務めるという英才だ。
容姿端麗、文武両道、家柄も品格も文句なしのまさに王子様――いや、王様。
だけど、彼を攻略するにはどうしても避けられない障害が一つある。
彼の婚約者である一条 和泉さんだ。
彼女は開発者側に設定された、いわゆる悪役令嬢である。
和泉さんは東城家を凌ぐ名家中の名家、一条家のご令嬢だ。
ゲームの開始時点で、すでに冬馬君と婚約関係にある。
ゲームの進め方によって、冬馬君と主人公が仲良くなってくると、あの手この手で邪魔をしてくるのだ。
事あるごとに主人公をいじめ抜き、冬馬君との仲を引き裂こうとしてくる。
他の攻略対象のルートではそれほど関係してこない彼女だけれど、冬馬くんルートでは本当に酷いのだ。
つまり、冬馬君と恋仲になろうと思ったら、相当の覚悟をしなければならない。
それでも一番人気だったんだから、冬馬くんは凄いね。
とまあ、ゲームの話はこれくらいにして、大事なのは今だ。
いつまでも出入り口でぼーっと立っているわけにはいかない。
「編入生の浅川 飛鳥です。よろしくお願いします」
無難に挨拶をして自分の席に座った。
君子危うきに近寄らず。
ゲームの知識は有効に使わせてもらうつもりだけど、誰かとどうにかなろうなんて全然考えてない。
ボクはこの高校生活を穏やかに切り抜けられればそれでいい。
高望みはしない。
普通のモブキャラでいい。
「おう。お前が編入生か。オレは東城 冬馬だ。よろしくな」
と思っていたのに、向こうから近づいてきた。
ひー!
和泉さんも一緒だよ!
「一条 和泉です。よろしくお願いしますね。出来たらお友達になれたら嬉しいです」
和泉さんも口を開いた。
あれ?
何かゲームと印象違わない?
この人、悪役令嬢じゃなかったっけ?
「私は佳代。加藤 佳代。で、こっちのいかにも普通の子が実梨」
「箕坂 実梨です。よろしくお願いします」
「そっちの幸はちょっと変わってるけど、まあ悪い子じゃないから長い目で見てやって」
「失礼な私はただの善良なオタクだよ? あ。三枝 幸っていいます。よろしくね」
和泉さんの取り巻きと思しき人たちにも挨拶された。
佳代さんはツーサイドアップにした、ちょっと気の強そうな女の子。
って言っても、若葉ちゃんほどじゃないかな。
面倒見が良さそうな所は似てるかも。
実梨さんはショートボブの髪の毛をした本当に普通の子だ。
何というか眺めているだけでほっとする。
こういうキャラで行けたら、ボクの高校生活も安心なんだけどなあ。
幸さんはロングヘアーで眼鏡をかけている。
何やらボクを見てノートにペンを走らせてる。
よくわからないけど、嫌われているとかそういう感じではないみたい。
「わ、私は服部 遥と申します。よ、よろしくお願いします」
最後の一人は気弱そうな子。
長い髪を三つ編みにしておさげにしている。
その編みこみの丁寧さからみると、真面目そうな子に見えた。
「あ、えっと。みんな、よろしくね!」
ボクは動揺を隠して挨拶を返した。
「飛鳥さんはどうして百合ケ丘に編入を?」
意外にも、さらに質問を続けてきたのは和泉さんだった。
「あ。ボクのことは飛鳥でいいよ。さんづけって、何かくすぐったくって」
「でしたら私のことも和泉と呼んで下さい」
「そんな。ボクなんかが一条家のご令嬢をそんな気安く――」
「私たちは同じ学園の学友です。家のことは関係ありません」
「でも」
「いいから、普通にしてろ。オレたちは気にしない」
「……うん」
調子狂うなあ。
ゲームだともっと距離を詰めるのに時間がかかったような気がするんだけど。
「で、どうして飛鳥がここにきたかって話だったか」
「あ、うん。家庭の事情でね。あんまり気持ちのいい話じゃないから詳細は伏せるけど、この近くに引っ越すことになっちゃって」
編入を受け入れてくれる先で、一番条件の良かったのが、百合ケ丘だったというわけ。
「それで百合ケ丘に? しかも奨学金つきの特待生。飛鳥、あったまいいんだ。」
「勉強は嫌いじゃないんだよ、佳代さん。まあ、きっと百合ケ丘の中じゃあ、埋もれちゃうと思うけどね」
でも、奨学金が途切れない程度の成績は残さなければいけない。
「私も佳代でいいわ。理由は飛鳥とおんなじ」
「わかった」
「去年のセンターは受けたんですか?」
実梨さんが聞いてくる。
「受けたよ。偏差値は74くらいだったかな?」
「……冬馬様、和泉様に準ずるレベル」
「そ、それなら、百合ケ丘でも埋もれないでしょうね」
幸さんと遥さんが言うには、百合ケ丘でも十分やって行けるレベルらしかった。
よかった。
「あー……。飛鳥、知らないなら知らないでいいんだが……」
「なに?」
「柴田 詩織っていう子を知っているか?」
「!」
ボクは動揺を顔に出さずに済んだだろうか。
「どこかで聞いたことがあるような気がするけど……。ごめん。思い出せないや。誰だっけ?」
「いや。それならいいんだ。悪かったな、変なこと訊いて」
「ううん。全然」
やっぱり、詩織さんも存在したんだ。
彼女はきっと……もう……。
「多分、オレの親友がお前のこと見たら動揺すると思うが、気を悪くしないでくれ」
「動揺? どうして?」
なんて言いながら、答えはわかりきってる。
ナキ君のことだろう。
「昔、そいつと仲よかった女が、お前そっくりなんだよ」
「へー。ボクみたいな外見の子が他にもいたんだ。仲良くなれそうだなあ。その子は?」
「……亡くなった。何年か前にな」
「そっか……。残念だなあ」
これもゲームの通り。
本当にここは『チェンジ!』の世界なんだね。
「親友――ナキっていうんだが、そのそっくりさんにぞっこんだったから、ショックでかくてな……。お前を見たら多分動揺するっていうのは、そういう訳だ」
「分かったよ。心しておく」
「いいヤツだぜ? ちょっと女癖わるいけどな」
「あはは。ボク、口説かれちゃったりして」
「やめとけやめとけ。ろくな事にならんぞ」
キーンコーンカーンコーン。
「お。予鈴か。オレも戻るか。じゃあな、和泉。愛してるぞ」
「はい、冬馬。ありがとうございます。また後で」
そんなやり取りを目の前で見て、ボクは驚いた。
「あ……えっと、冬馬と和泉ってその……」
「はい。お付き合いさせて頂いています」
ゲームでは、二人の仲は冷えきっていて、和泉の片思いになってしまっているはずだったけど、この世界では違うのかな?
「アツいねー」
「それほどでも」
この世界は『チェンジ!』にそっくりだけど、違うこともあるみたいだ。
ゲームの知識に足を掬われないようにいしないといけないね。
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