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悪役令嬢が妙に優しい。 作者:ねむり(旧いのり。)

第1章 高校2年生 1学期

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第1話 二年生になって。(Side 和泉)

※「悪役令嬢はぼっちになりたい。」の#1と同じお話です。
 随分と早く目が覚めてしまった。
 チェストに置いた懐中時計を見ると、まだ四時半である。

 本当に色々なことがあったけれど、何とか二年生に進学した。
 でも、気を引き締めていかなければならない。

 なぜか。

 そう。
 ゲームの主人公が編入してくる可能性があるから、である。

 『チェンジ!』では、主人公の名前は自分で決める。
 つまり、誰が主人公なのかは名前からでは判別がつかない。
 でも、手がかりはある。

 それは主人公の容姿だ。

 主人公は柴田先生の娘さん――詩織さんとそっくりの容姿をしている、という設定がある。
 詩織さんはアルビノで、色素の薄い肌に、白髪、赤い瞳というとても特徴的な容姿をしている。
 この世界がゲームの通りならば、主人公はそういった特異な容姿をしている可能性が高い。
 見つけるのは容易だろう。

 もっとも、現在の時点で私と冬馬の関係は上手く行っているし、ナキに嫉妬して彼の左手を壊したりもしていない。
 何もかもがゲームの通りになるとは考えないほうがいいのかもしれない。

 今となっては、冬馬のことは真剣に好きだし、ゲームになぞった展開にならないのは、むしろ望む所ではあるのだけれど……。

「お姉様、何を難しい顔をしていらっしゃいますの?」

 かくり、と可愛らしく首を傾げるのは、今年もルームメイトとなった仁乃。
 今日もとてもとても美人さんである。
 彼女は春休みから本格的に部活動に取り組むようになって、毎朝このくらいの時間にはもう起きている。

「今年度はどうなるかな、と思いまして」

 仁乃の問いに答える。
 嘘は言っていない。
 事実全てではないけれど。

「きっと素敵な一年になりますわ。お姉様がいらっしゃるのですもの」

 昨年度の一件以来、仁乃とはいい関係が続いている。
 彼女は私と冬馬がくっついたことを心から祝福してくれて、なお好意を寄せてくれている。

 その好意は、かつて恋愛感情だったようだけれど、今は少し中身が変わっているように感じる。
 親愛の情とでもいえばそれに近いだろうか。

 仁乃の恋心を受け入れることは出来なかったけれど、彼女のことは変わらず好きだ。
 信頼もしているし、いつねがいない今、一番の親友と言っていい。
 幼なじみでもある訳だしね。

 願わくば、彼女に新しい恋が芽生えんことをと思うけれど、同性愛者の恋愛は現実として厳しい。
 理解のある相手がどこかにいないものか。 

「ねえ、仁乃」
「はい?」
「私がおかしな行動を取り始めたら、ちゃんと叱って下さいね」
「は? どうしましたの、急に」
「ううん、ちょっと保険をかけておこうと思いまして」
「おかしなお姉様」

 熱はないですわよね、などと言いながら額に触れてくる仁乃。

 今はまだ自覚症状はないけれど、ゲームの流れに沿ったような行動を私が取らないとも限らない。
 こうして日頃から周りに言っておけば、おかしなことになっても、踏みとどまれる可能性は高くなる……と思う。
 ゲームとは違って、私には友達はいても取り巻きはいないのだから。
 仁乃たちはお追従(ついしょう)するだけの存在ではない。

「私、仁乃たちと友達になれて幸せです」
「あら、違いましてよ?」

 仁乃に否定されてしまった。
 あれ?

(わたくし)たちは親友ですわ」
「……はい」

 私たちは微笑み合って、登校の準備を始めた。


◆◇◆◇◆


「おはよう、和泉」
「おはよーさん」

 部活に行く仁乃と別れ、しばらく自習していると冬馬とナキがやってきた。

「おはようございます」
「今日は早いな」
「何故か早起きしてしまいまして」

 ちなみに私の今年度のクラスは二年B組である。
 百合ケ丘は二年生から進路別・習熟度別クラスを採用している。
 A組が難関大学文系、B組は難関大学理系である。

 冬馬は経営系の学部に進むつもりらしいので、A組である。
 それでも、私に会いに来てくれたようだ。

 ナキも冬馬にくっついてここに来ているけれど、クラスは特別クラスのF組である。
 F組は学問よりも他にやりたいことがある者たちが所属するクラスである。

 ちなみに、C組は中堅大学文系、D組は中堅大学理系、E組は基礎補習クラスである。

「お前、暇な時はいつも勉強してるよな」
「希望の進路を考えると、いくら勉強してもしすぎるということはありませんから」

 医学部は受験の最難関である。
 私は家の経済的に私立も併願できるけれど、経済的余裕のない者の場合、国公立の単願になるため、その難易度は計り知れないものになる。

 もっとも、私は妥協するつもりはない。

 この国で一番いい医学部を――などと小さいことは言わず、世界で一番いい医学部を目指す気で勉強している。
 アメリカやイギリスの大学も視野に入れているのだ。
 言語のハンデはあるけれど、努力で補えないものではない。

「ハーバードねえ……まあ、俺も考えちゃいるが」

 ハーバード大学は医学部においても経営学部においても世界で一、二を争う名門である。
 世界中から天才と呼ばれる者たちが受験に挑み、そしてその多くが敗れ去っていく。

 合格率は6%を切る。
 ただの6%ではない。
 天才たちの中のさらに6%だ。

 一緒の大学に行こう、などという甘っちょろいことは私も冬馬も言わない。
 お互いが望む道を行くのが正しいと分かっているからだ。
 第一、そんな気構えでハーバードクラスの大学に受かるはずもない。
 距離で離れる程度の関係なら、所詮それまでの関係だったというだけのこと。

「わいはバイオリン弾いて暮らせれば何でもええわ」

 などというナキだけれど、彼の場合、既にそのバイオリンが世界レベルである。
 先日のコンクールであっさりと最優秀賞を獲得したナキは、特別審査員として参加していたオーストリアのとある楽団の音楽監督に絶賛され、その天才ぶりを世界にアピールした。
 今はおとなしく高校生をやっているけれど、そのうちこんな狭い国は飛び出して行ってしまうだろう。

「おはようございます」
「おはよう」
「おは」

 三人組がやってきた。
 彼女たちもB組である。

 冬馬たちといると、話が大きくなりすぎて、自分の立ち位置を見失いそうになる。
 三人組は私の日常を感じさせてくれる大事なよすがである。
 普通というものが、いかに壊れやすくて大事なものか、私は身を持って思い知っている。

「お、おはようございます……」
「遥!」
「お帰り」

 そう。
 遥はめでたく今年度からまた百合ケ丘に通うことになった。
 景宗の影に怯える必要もなくなり、また、家の借金も返済がめどがついたということだ。
 今は奨学金を受けてここに通っている。

「委員長が来ていると聞いて!」

 嬉一も顔を出した。
 彼は基礎補習クラスのE組である。

「久しぶりだな」

 誠もいる。
 これで去年のバカンスのメンバーが揃った。
 ――いつねを除いて。

 いつねのことは、まだ胸が痛い。
 でも、気に病みすぎることを、彼女は望まないだろう。
 そう思って今日も一歩ずつ前に進む。

「さて、新学期の最初のホームルームだ。お前ら、気合入れろよ?」
「なんの気合やちゅうねん」
「気持ちを新たにってことではありませんの?」

 ナキがチャチャを入れて、仁乃がフォローする。

「担任の先生誰かな?」
「柴田がいい」
「一途な佳代ちゃん萌え」

 三人組は平常運転だ。

「そろそろ予鈴だ。戻るとしよう」
「せやな」
「またな!」

 ナキ、誠、そして嬉一もそれぞれ自分のクラスへ戻った。

「……あ」

 遥が何かに目を留めた。
 視線を辿って行くとそこには――。

 白い少女が立っていた。
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