2016-08-28

何かを持ち上げるということは、何かを下げるということになるかもしれない

東京を持ち上げる人間が嫌いだ。

最近ウェブ東京を持ち上げる田舎から上京してきた人間が目につく。

どうやら、作風も中身もクリスチャンラッセンのようなアニメ映画東京に憧れる見てくれのいい女がヒロインなのだそうで触発されているようだ。

正直、東京の中心地に1年の三分の一は住んでいるがどうでもいいを超えてウザいと感じる。

自分東京が素晴らしいと感じていたが、次第にどこ住んでもよくなってきた。

所詮から出ないから、関係ないのだ。

自分は見てくれが醜いからどこでもクソなのだ

持病があるから定期的に病院にいければそれでいい。

中学生の時に東京の中心に移り住んだ。

父親がそれなりの人の数倍稼ぐようになったからだ。

そして、持病の病院を変えて新しい治療方法があると知ってマシになったというのはある。

まりもっと早く都会に移り住めば持病の治療薬で肌がニキビ跡だらけでどろどろにならず、身長も伸びたかもしれないのだ。

それでも、やはり東京を持ち上げる輩が嫌いである。

自分は、他人が何かを持ち上げているのが嫌いなのかもしれない。

何かを持ち上げるということは、何かを下げることになるかもしれないのだ。

少なくとも東京を持ち上げるということは、東京以外を下に見るようなことだ。

自分はまともな容姿ならどこでもいい。

まともな容姿が欲しい。

京都東京美容整形医を探すのだ。

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