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著者の窓辺

[第18回]

「ユダヤ人」はシオニズムによる発明。
歴史の見方では妥協しません

『ユダヤ人の起源』 The Invention of the Jewish People

シュロモー・サンド Shlomo Sand 歴史家


――パレスチナ人はかつてユダヤの地にいた人々の子孫だと書かれていますね。

『ユダヤ人の起源 歴史はどのように創作されたのか』
シュロモー・サンド著、高橋 武智監訳
佐々木 康之・木村 高子訳
(武田ランダムハウスジャパン、2010年)
「The Invention of the Jewish People」
Shlomo Sand
=小杉豊和撮影

サンド シオニズム(19世紀以来のユダヤ人国家建設運動)の歴史家は7世紀のイスラムの征服でユダヤ人は追放されたと唱えます。しかし、アラブ人がエルサレムのユダヤの民を追放した証拠はありません。ユダヤの地にいた人々の多くは農民でした。農民は簡単には土地から離れません。アラブ人がエルサレムを占領し、彼らの宗教を受け入れれば税を免除しました。多くの農民が受け入れたでしょう。追放がなかったとすれば、ヨルダン川西岸にいるハマスの活動家のほうが、私よりも古代のユダヤの民の子孫である可能性はずっと高いのです。

――イスラエルのユダヤ人には受け入れられない主張でしょうね。

サンド パレスチナにいるアラブ人はかつてのユダヤの民の子孫ではないかと考えたのは、私が初めてではありません。初期のシオニズム運動の指導者たちも同じように考えていたのです。1948年のイスラエル独立で初代首相のベングリオンが若いころ、パレスチナのアラブ人はユダヤ人の血をつぐものたちだから、ともに国をつくることができる、と書いています。ところが彼は独立宣言ではイスラエルは追放されたユダヤ人の国と規定しました。アラブ人とともに国をつくるという考えは排除されたのです。

 

ロシアや東欧のユダヤ人は 改宗ユダヤ教徒ハザールの子孫

――世界にいるユダヤ人についてはどうですか。

サンド かつてユダヤ教は積極的に布教する宗教でした。追放ではなく、改宗によって世界にユダヤ教徒が増えたのです。例えば、黒海とカスピ海の間にできたハザール王国は8世紀から9世紀にかけてユダヤ教を国の宗教としました。13世紀にモンゴルによって滅ぼされますが、ロシアや東欧に大勢のユダヤ教徒がいることは、改宗ユダヤ教徒ハザールの子孫と考えることが自然です。

――歴史学だけでなく、聖書学、考古学まで幅広い領域を含んでいますね。執筆には、どれほど時間がかかりましたか。

サンド 1年半ほどです。毎日大学で教えて、毎日、図書館から30冊ほどの本を抱えて帰って、書き続けたのです。調べるほどに背中を押されるようにテーマは広がり、深まっていきました。

 私が何か新しいことを発見したわけではありません。すでにある材料を集めて、秩序立てて考えたのです。

――イスラエルで19週連続でベストセラーになったそうですね。

サンド 予想していませんでした。テレビやラジオ番組に次々と招かれ、新聞や雑誌でも好意的に取り上げられました。もちろん反発も強く、死を宣告するような手紙もあります。「ナチ」とか「反ユダヤ主義者」「国の敵」など様々に攻撃する電話もかかってきます。

――自身のアイデンティティーは?

サンド 若いころは左派で、反シオニズムの立場でした。しかし、いまは左派ではなく穏健派です。つまり、イスラエルの存在を認めるポスト・シオニズムの立場です。左派はパレスチナ難民のイスラエルへの帰還を認めて、ユダヤ人もパレスチナ人もひとつの国で共存するべきだと考えます。その考え方は道徳的には間違っているとは思いませんが、政治的にはイスラエルの存在を否定することになり、決して実現しないでしょう。私は歴史の見方では妥協しませんが、政治的には妥協したのです。

――イスラエルの将来を、どのように見ていますか。

サンド シオニズムはユダヤ人国家を正当化するために聖書につながる民族の起源として「ユダヤ人」を作り出しました。私はイスラエルの存在を、シオニズムのように過去によって正当化するのではなく、この国が民主国家に生まれ変わるという将来によって正当化するべきだという立場です。イスラエルはユダヤ人国家として存続することはできません。国民として生きるアラブ人にも平等の権利を与えねばなりません。

――パレスチナとの和平についてはどう思いますか。

サンド イスラエルはすべての入植地から撤退し、エルサレムをパレスチナと共通の首都にするべきです。オバマ大統領は、和平のアイデアを出しただけのクリントンではなく、イスラエルにシナイ半島からの撤退を求めたカーターのような大統領であってほしいと思っています。

(聞き手 中東駐在編集委員 川上泰徳)

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