芥川賞受賞の村田さん「小説を作ることでお返ししていきたい」
第155回芥川・直木賞の贈呈式が26日、都内で行われ、「コンビニ人間」で芥川賞受賞の村田沙耶香さん(37)と「海の見える理髪店」で直木賞受賞の荻原浩さん(60)にそれぞれ正賞の懐中時計と副賞100万円が贈呈された。受賞のことばはそれぞれ以下のとおり。
▼村田さん
スピーチに慣れないので緊張しています。ここから見ると、顔ばかりですごく緊張しています。13年前に自分がデビューした時もこういうふうに緊張していたのを覚えています。群像新人文学賞優秀賞を受賞した時、「新人賞はそんなに大きなパーティーではなくて裏の部屋でサンドイッチを食べるだけだよ」と知り合いの作家さんに教えていただいたので、会場に行ったら金屏風が置かれていて、卒倒しそうになったのを覚えています。そのとき、何か誓おうと思って、「ずっと書き続けます」とだけ辛うじて言ったのを覚えています。同じように13年後に金屏風の前で受賞の言葉を言わせていただいているのは、奇跡のようで本当に感謝しています。
この13年間、私を支えてくれた言葉がいくつかあって、中でも印象的なのは恩師の宮原昭夫先生(小説家)がおっしゃっていた『作家は楽譜を書いていて読者が演奏してくれるんだ』という言葉でした。その言葉のとおり、自分にとっては音楽としか思えない素晴らしい演奏をいっぱい聴かせていただいた13年間でした。素晴らしい演奏家の演奏を聴いて、また自分からも小説が生まれてくる。こちらがもらっていることの方が多いような13年間でした。なので、ここに立って感謝を伝えられることが嬉しく思います。
大きなことを言うようで恐縮ですが、私はこれから人間が見つけてはいけない言葉を見つけるかもしれないし、見つけられたらいいな、と思っています。私1人の力では無理で、編集さんはもちろんですが、他の人の作品とか、物語や言語の力とか、いろいろな力を借りて探していくのだと思います。すごく変なことを言うようですが、これから人類のことを裏切るかもしれないな、と思いながら1か月間過ごして来ました。ニコニコ応援してくれている人を裏切るような言葉を探すかもしれない。とても傲慢(ごうまん)なことですが、探せたらいいなと思っていました。誰かを裏切ることになっても、小説だけは裏切らないようにしようと思って、受賞からの1か月を過ごしていました。
今日、こんなにキラキラした場所でいっぱいのことをもらい、小説を作ることでお返ししていきたいと思います。同じように金屏風の前で、これからも書き続けますと誓いたいと思います。ありがとうございました。
▼荻原さん
この1か月間、慌ただしくて、何か収容所に連行されて、流れ作業をしているような、そんな日々を過ごしておりました。自分としては今までにいただいた賞も同じようにありがたく、自分の何かが変わったわけではないのだから調子に乗るなよ、と自分自身を諫(いさ)めるのも同じなんですけど。
やっぱり反響というのはこれまでにないもので、いろんな方に、イチロー選手じゃないんですけど、自分のことのように喜んでいただいたり、懐かしい方に今回の受賞をきっかけに声を掛けてもらったり、よく知らない人と急にお友達になれたり、そんなありがたい体験をしました。
一番ありがたかったのは、自宅からちょっと行ったところのマンションを仕事場にしているんですけど、今までは、たぶん僕のことを昼間からブラブラしている失業者だと思っていたんじゃないかという管理人さんとか住民の方々の目が、温かく優しくなった。それが本当に賞のおかげでありがたいなと思っています。
ただ、そうやって収容所で流れ作業をしながらも、なんで他の賞と違うんだろうと、えこひいきに過ぎるんじゃないかなと、そんなことも思っていたのは事実です。ただそれは、僕の思い上がりだったかもしれません。心配するまでもなく、お盆が過ぎると秋風とともに身辺急に静かになってきました。だから、今日を境に、明日からは誰もかまってくれないだろうと思うぐらい、平穏な日々に戻ると思います。ですから、明日からは慣れない作業ではなく、今までやってきた、地味に1行1行文章を積み重ねていく、いつもの作業に戻らせていただこうと思っています。
勝手ですけど、〇〇賞受賞作だけでなく、冠のないものでも、これがいいと思った作品がありましたら、これもいいぞ、と多少なりともスポットライトなり、温かいご支援なりを作品に向けていただければ、ありがたいなと考えています。今までだったら負け犬の遠吠えみたいな話を皆さんの前で出来ることが、何よりありがたいことだと思います。本当にありがとうございました。