世の中全体が貧困化ブームだと
僕は考えている。
下流老人や下流青年などの本が
出版されて本屋の目立つ所に
置かれている。
こういった動きは何を意図しているのか?
国にはあまり頼らないでくださいという事
なのだろうか。それとも、社会全体の経済
レベルが落ちていきますよと示しているの
だろうか。
解釈は幾つでもできるし、
見方は幾つもあるだろう。
[世の中不平等論]
僕は世の中は平等だとは全く思っていない。
簡単な身近な話で言えば、
平等だったら何故、
イジメが存在するのか。
不平等だからこそ、
優劣の差があるからこそ、
世の中は成り立っている。
学校や社会の綺麗事に
騙されてはいけない。
見た目の美醜の差、
貧富の差、社会的身分、
全ては不平等なのである。
[全てが不平等だからこそ]
だが、全てが不平等で
生まれた時に様々な事が決まっている
人生に希望はあるだろうか。
人間と言うのは残酷なもので、
物心つく頃に色々な事がわかってしまう。
「ああ、自分は可愛くない(カッコよくない)」
「ああ、自分は背が低いんだ」
「ああ、自分は頭が良くない」
「ああ、うちは貧乏だ」
早い人では小学校で気付くし、
遅い人でも中学や高校で確実に
そういう優劣の事を考えるはずだ。
だけど、そういった不平等な世界
だからこそ、もっと敗者復活戦が増えて欲しい。
また、変わりゆく社会に適応し損ねる人
の受け皿となるシステムや取り組みが
増えればなと思う。
[そもそもの違いは何か]
仕組みに乗れないのがそもそもの違いだ。
エリートや中流と言われるような家庭は
やはり、それなりの思想や社会での
振る舞い方等を持っている事が多い。
そういった、文化資本とも言える
要素は継承されていく。
分かり易い資産以外にも、そうやって
貧富の差は拡大していくのである。
また、本棚が無い家などもあると聞く。
勉強机が無い家もあると聞く。
そういった時点で既に社会で勝てる確率は
限りなく低くなっていく。
社会の上流階層・中流階層は確実に
勉強家が多いし、読書家が多い。
常に自分を向上させようとしている。
対して下流層は、次につながるそういった
投資ではなく浪費にお金を注いでしまう。
それでは、永遠に己の境遇からは抜け出せない。
[人生は運だと言う人]
よく人生は運だと言って
諦めている人が多いけれども、
その時点で負けである。
配られたカードがブタでも、
少しでも勝てるように戦略を練って、
戦わなくてはいけない。
カードを交換していく内に、
より強い手札に変わるかもしれない。
希望を捨てたら負けなのである。
[結局はポジションの奪い合い]
残酷な事に学校生活や少しの社会生活を
経験していく内に、結局は世の中は己の
ポジションを如何に確立するかが重要で
ポジションの奪い合いだと思った。
特にプロレタリアート(労働者)と
呼ばれる階層では下に行けば行くほど
醜いゼロサムゲームが繰り広げられる。
そういった出来事から逃れるには、
少しでも階層を上げるしかない。
[貧困化社会]
現在の日本の政治は一部の裕福な人間と
その他の人間に分ける政治である。
その事に気付いてしまった人は
多いのではないだろうか。
そして、個人の感覚なのだが、
今はまだ階層の移動が可能な
世の中になっていると思う。
この裕福な時代にどれだけの
知識や資本を蓄えて最適化した
勝負をできるかが問われている。
しかし、この後待っている世界は
おそらく、かつての士農工商とまでは
言わないが身分固定化の社会だ。
Xデーは近い。