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幕間二 嫁姑の会話。
「あの、お義母様」
「何です? アマーリエさん」
「義弟の、ヴェル君の事なんですけど……」
私の名前は、アマーリエ・フォン・ベンノ・バウマイスターと言い、少し前まではアマーリエ・フォン・マインバッハと名乗っていた。
要するに、実家であるマインバッハ家からバウマイスター家に嫁いだ身なのだ。
マインバッハ家は、少領ながらも貴族の家系にある。
なので、当然婚姻は親同士が決めた政略結婚で、嫁ぎ先であるバウマイスター家側も同じ。
旦那様になるクルト様は男性なので、内心ではどう考えているのかは知らなかったが。
私は女性なので、政略結婚も仕方なしとは思っても、家に置いてある物語本の恋愛結婚にも憧れたりする。
憧れるくらいなら、別に罪でも無いからだ。
それに、この結婚自体に文句があるわけでもない。
僻地の騎士爵家とはいえ、同じ騎士爵家の次女が跡取り息子に嫁げるのだから悪い話ではないからだ。
私は次女なので、まずそういう人には嫁げないのが普通だ。
良くて、寄り親である大貴族の大物陪臣の跡取りにとか。
同格貴族家の、家臣化する次男以降にとか。
下手をすると、大物貴族の妾や後妻か、半ば身売り目的で大物商人に降家させられる事だって珍しくないのだ。
ならば、跡取りに嫁げただけ私は幸せだと思うしかない。
さすがに、義理の母になる人が縄を綯っているのを見た時には、少し驚いてしまっていたが。
それでも、貴族家の男性陣が開墾や狩猟に精を出す光景は、田舎の少領貴族家では特に珍しい光景でもなかった。
「あの子は……」
ただ、その中で一人。
普段の行動が良く見えない子がいる。
バウマイスター家の末子である、ヴェンデリンという名の少年の事だ。
義母様が四十歳を超えてから生まれた末子なのに、彼は義母様本人が生んだ子供であり、これはかなり珍しい事だ。
普通なら、若い妾が生む事が多いからだ。
実際、バウマイスター家にも妾がいる。
実家の父にも居たので、別に珍しい事でもない。
ただ、妾は名主の娘のようで、彼女自身とは結婚式で顔を合わせた程度。
彼女の息子二人と娘二人も同じで、これからもそう顔を合わせる機会は少ないはずだ。
何しろ、身分が違うのだから。
四人の子供に継承権は無いし、将来は名主の家を継いだり、他の名主の家に嫁いだりする。
血は半分繋がっているが身分が違うのだから、これは仕方がない事なのだ。
「お腹を痛めて生んだ子ですが、放置するしかないのです」
義母様は、重い口を開いていた。
まさか、生まれるとは思っていなかった八男について。
生まれてからも大人しくて手がかからず、更に時期的に村は魔の森への遠征で受けた損害を補うべく、毎日開墾などで忙しい日々を送っていたため、自然と放置してしまう事が多かったのだと。
ところが、それに不満一つ漏らすでもなく、一人で書斎に篭って本ばかり読んでいたらしい。
そして気が付けば、子供なのに自分達よりも字の読み書きが得意になっていた。
「先ほど独立した、エーリッヒさんのような子なのですね」
あの人とは少ししか話をしていないが、かなり頭がキレる人だ。
思うに、自分の旦那様よりも領主に相応しいかもしれない。
そのせいで、旦那様とはその関係に距離感があるようにも感じていたが、エーリッヒさん本人はアッサリと家を出てしまった。
王都に向かい、そこで下級官吏の試験に合格したそうだ。
多分、あの人ならば余裕で合格したのであろう。
「それだけはないのです」
義母によると、問題のヴェル君は六歳の頃には十歳年上のエーリッヒさんと対等に話ができ、文字の読み書きから計算まで完璧に行えるようになっていたらしい。
「加えて、魔法も使えますから」
どの程度使えるのかは、敢えて聞いてもいないそうだ。
それでも、成人後に家を出て独立しても生活には困らないであろうと、義父様も旦那様も思っているそうだ。
「どうして、そんな人材を放置するのですか?」
そこが、不思議なのだ。
せっかくの才能なのだから、あの子を領地の開発に使えばどれだけ作業が捗るか。
バウマイスター家大躍進のチャンスなのにだ。
「普通に考えるとそうですね」
ところが、そう簡単に行く話でもないらしい。
「バウマイスター領は、僻地にあって小さいのです」
食えないという事はないが、不便で皆で協力して生きて行かないと行けない領地なのだ。
実際に、自分の結婚式にはほぼ全ての領民が参加していた。
普段は質素な食生活を送っているのに、この日ばかりは大量のご馳走とお酒が振舞われる。
冠婚葬祭とは良く言ったもので、実家もそうだが、結婚式は娯楽の少ない領民達からすればお祭なのだから。
「大量にお肉が出ていましたが、これもヴェルの成果ですね」
表向きは、弓の名手でもあるエーリッヒさんの功績になっているが、実際には魔法が使えるヴェル君が奮闘したという事なのであろう。
「ますます協力して貰った方が……」
「それをすると、御家騒動になりますから」
領民と領主との距離が近い、閉鎖的な田舎の少領で魔法が使える息子が居ると知られれば。
当然、義父様に次期当主の交代を直訴する領民が増えるはずだと。
一般の農民は遠慮するかもしれないが、名主階級などからすれば意見を直訴するくらいは普通に行う。
何しろ、彼らは領内の有力者なのだから。
「もしそうなれば、どんな混乱が起こるのか想像もつきません」
100%全員が賛成ならば良いが、そんなはずもなく。
もし、クルト派とヴェンデリン派で争いが起これば。
しかも、この領地で混乱が起こっても外部からの援軍は期待できない。
何しろ、お隣は山脈を越えないと行けないのだから。
「それに、もしそうなれば。あなたは、次期当主夫人から転落ですよ」
そういえば、そうであった。
せっかく次期当主の正妻になれたのに、それを自分で捨ててどうしようと言うのだ。
「そう言われると……」
醜いようだが、世間はそんなに甘くない。
ヴェル君が当主になって発展するバウマイスター家よりも、旦那様が当主になって今の生活を維持する。
私は、絶対にそちらを選ばないといけないのだと。
「幸いにして、ヴェルはこの領地に興味はないそうです」
それはそうであろう。
彼は魔法が使えるのだから、冒険者としてでも、他の貴族のお抱えになっても良いのだから。
むしろ、そちらの方が実入りは確実に良いはずだ。
「そんなわけで、ヴェルには自由にさせて良いのです。むしろ、そちらの方が双方にとって幸せでしょう」
少し冷たいようにも感じたが、これこそが義母様なりの息子に対する愛情なのであろう。
下手に領地に欲を持って、己の腹を痛めた子同士が争う。
実際に良くあるし、これほどの悪夢も存在しないのだから。
「わかりました。でも、世の中とは侭成らぬ物なのですね」
「ええ、侭成らぬ物なのです」
共に溜息をつき、私はまた少し義母と仲良くなれたような気がした。
何しろ、一生を共にする家なのだ。
義理の両親とは、なるべく仲良くなった方が良いのだから。
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