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第九話 森での日々。
「森に行ってきます」
「熊や狼には気を付けるんだぞ」
この前、初めてホロホロ鳥を仕留めてから一週間後、いつものように森へと出かける俺に、えらく上機嫌な父の姿があった。
まだ六歳で役立たずだと思っていた味噌っかすが、家族の食卓を豊かにするのに貢献していたからだ。
元々員数外で、開墾の手伝いもまだ無理だと思っていた俺が、プロの猟師でも狩るのが難しいホロホロ鳥を毎日狩って来るようになったからだ。
他にも、野苺や山菜や自然薯など。
食べられる食材を的確に採集して来るので、最近では家族の受けも良くなっていた。
やはり、黒パンと塩野菜スープだけの食事には皆が辟易していたのだ。
だが、この村の生活はさして余裕があるわけではない。
人手の多くを、次第に増える人口に対応すべく新規の開墾と農作業に割り振っている影響で、狩猟と採集が行える人と時間が少なくなっていたからだ。
人を食わせる基本食材は、あくまでもパンの材料である麦。
その基本に則り、父は人手を動かしていた。
子供を回すというのは危険かもしれないが、俺は所詮は八男で、もし死んでも大きな影響があるわけでもない。
同じ子供でも、領民の子供は農作業や稼業の手伝いに忙しい。
更にその貴重な労働力に死なれると困るので、現在子供で森に入っているのは俺だけであった。
六歳の子供の稼ぎに期待する貴族ってどうなのかと思うが、これがこの世界の貧しい下級貴族家ばかりか、この世界の多くの人間の現実なのであろう。
俺が成人してから行く予定の都市部が、かなりマシである事を期待するのみであったが。
それでも俺は、己の食生活向上のために狩猟採集活動を続ける。
食事にホロホロ鳥や山菜を使ったおかずや、あの味気ないボソボソの黒パンに野苺を使ったジャムが好きに塗れるからだ。
他にも色々と手に入る物は多いし、何しろ森の中ならば自由に魔法の練習ができるのだ。
「一般的なその名を『報告』と言う魔法は……」
あまり派手な攻撃魔法の練習が出来ない分、俺は身体機能を一時的に強化する補助魔法や、他の生活魔法などの練習を主に行っていた。
探知で大型の野生動物が接近して来ないのを確認しながら森の奥まで進み、今度は魔法書の新しいページに書かれた魔法を試す事にする。
その新しい魔法『報告』であったが、これは文字通りに使用者に何かを報告する魔法だ。
試しに使ってみると、視界に入った数箇所にぼんやりと薄い光が光っている。
よく見ると、それは木の根元から地面に伸びている自然薯の蔓だったり、自生しているトリカブトだったりした。
なるほど、確かに何かの居場所をぼんやりと光る事で報告してくれるのだ。
だが、自然薯は食料として有効だが、トリカブトはこの世界ではあまり使い道が無い。
毒草なので、暗殺に使われる事が多いからだ。
毒だけど、使いようによっては薬になるとかは前の世界で聞いたような気もしたが、その使い方がイマイチ不明なので今のところは放置する事にする。
俺はまず、土系統の魔法を改良した掘削の魔法で自然薯を掘り出す。
前の世界でもそうだが、こんな六歳の子供が自然薯を自力で掘っていたら、それこそ日が暮れてしまうという物だ。
そこで、中級の魔法書に記載されている『掘削』の魔法を応用して自然薯を傷付けないように掘っていく。
すると、全長二メートルほどの見事な自然薯が掘り出されていた。
さすがは、普段はあまり人の出入りの無い森。
見事な自然薯だが、考えてみると長過ぎて持ち運ぶのに不便だ。
売り物というわけでもないので、半分に折ってから背嚢に括り付ける。
あとは、いつものようにホロホロ鳥を二羽狩り、他にも山菜やアゲビなどを獲って背嚢に詰めていく。
「しかし、この森の生態系や植生が理解できないな……」
前世の日本の森ではないので当然とも言えたが、ここには前世では見た事が無いような動植物に、松や杉や広葉樹に、ウサギに猪に熊に狼に、そして自然薯や山菜やアケビなどと。
日本でも御馴染みであった動植物が、まるでカオスのように混在している。
自然の恵みは、かなり多い方と言えよう。
ただ、普段は人手の多くを農作業に従事させているので、頻繁に狩猟採集に回す人間は、プロの猟師以外にいないようであった。
それと、熊や狼避けで基本は複数の成人男性で森に入るのが普通らしいのだが、そう簡単に複数の大人の男性が集まる事は労働環境的に不可能とも言えた。
「しかも、そのプロの猟師達も、自分の家から近い別の森で狩りをしているらしいし」
そんなわけで、この森は年に数回の集団狩猟の時期を除いて、普段は滅多に人が入って来ないらしい。
何とも勿体無い話だが、収量が安定しない自然の恵みよりも、税収になり、ある程度収量が計算できる農作物の方が優先なのは、これは領主として当然の考えとも言えた。
何しろここは他の領との交流が少ない僻地なので、自給自足が出来ないと飢え死にに直結してしまうであろうし。
「あとは……」
新たにぼんやりと光る場所を探すと、そこにはビワに良く似たような果実が木に成っていた。
確かビワの一種で、この世界でもビワと呼ばれていたはずだ。
俺は、一応毒を探知する魔法をかけてから皮を剥いて身を齧ってみる。
すると、ビワよりも甘い果汁の味が口の中に広まっていく。
他にも、アケビに似た果物や、柿に似た実も採取していく。
果物が獲れるので今は季節で言うと秋なのかと思ったのだが、そういうわけでもないらしい。
今は季節で言うと春と夏の間くらいらしいのだが、なぜ果物が成っているのかと本で調べると、『果実の成る時期は、その木の個体それぞれで違う』と書かれていた。
つまり、春に実を付ける木も、夏に実を付ける木もあり。
更にここは、冬でも雪など降らないで一部の樹木が枯れる程度で、冬に実を付ける個体もあるようだ。
さすがは、大陸の南部とも言える気候であった。
その割には、食生活が貧困なような気もするのだが。
とはいえ、今は子供の身なのでどうにもならない。
多くの魔法を使い、規定の収量を確保した俺は家路へと急ぐ。
「ご苦労様」
母に収穫の成果を渡し、二品ほどおかずが増えた夕食を堪能していると、父が突然こんな事を言い始める。
「猟師のエベンスが、『語り死人』を目撃したらしい」
「本当ですか? 父上!」
長兄クルトが驚きの声をあげる。
「ああ、五年前の犠牲者だろうな」
そう、五年前に魔物住まう魔の森の一部でもと開放を願った父と、その利権に釣られて軍勢を出したブライヒレーダー辺境伯の軍勢は大きな犠牲を出している。
幸いと言おうか、二千人もの他領の軍勢を領内に入れたので治安維持のために忙しかった父は魔の森に行かずに済んだ。
だが、父の家臣であった叔父が率いた軍勢百名は、僅か二十三名しか戻って来なかったらしい。
当然、その叔父も帰っては来なかったようだ。
せっかく人口が少しずつ増えていたバウマイスター騎士領において、七十七名もの成人男性の死は大きかった事は想像に容易い。
今の極端な農作業への人員の配分や、俺が森で危険と隣り合わせで狩猟と採集を行っても何も言わないのは、その辺の事情が大きいようであった。
なお、当のブライヒレーダー辺境伯軍も、先代当主を含めて千九百二十五名が戻って来なかったらしい。
世間の定義では、ほぼ全滅に近い犠牲であった。
「これから暫くは、死霊系の魔物に悩まされますか……」
「まだ、語り死人なのでマシとも言えるな。ゾンビだと討伐が面倒だ」
一切自分のテリトリーからは出て来ないのが常識である魔物であったが、唯一の例外はこの死霊系の魔物であろう。
元が人間なので、魔物になっても本能で故郷へと戻ろうとする個体がどうしても一定数発生してしまうからだ。
図鑑によると、本能のみで動くゾンビのような魔物は人間に害を成す厄介な存在らしい。
これは、早急に討伐が必要なようだ。
ただ動きも鈍いし、物凄く火に弱いので、油をかけて焼いてしまえば良いらしいのだが。
そして肝心の語り死人であったが、これは対応がケースバイケースになる。
死の恐怖で凶暴化していてゾンビのように焼くしかないケースや、普通の人間のように話しかけて来て、話しかけられた人がお願いを聞くと成仏してしまうケースなど。
話しかけられる人は基本的には神父などの聖職者が多いようだが、波長が合えば普通の人でも成仏させる事は可能なようだ。
「神父様に頼みます?」
「マイスター殿は、年のせいで腰が悪くてな。どこにいるのかもわからない語り死人を探す事など不可能だよ」
こんな辺鄙な土地ではあるが、一応は王都にある教会の総本部から神父の派遣は行われている。
ただ、本当に神父は八十歳を超えた老人が一人だけ。
シスターもいないので、教会の雑務は領内のバアさんが数名で手伝っている有様であった。
しかも、このバウマイスター騎士領には信心深い人間などほとんどおらず、俺も数回だけ嫌々ミサに参加したのみであった。
多分、この老神父が天に召されない限りは、王都から新しい神父は来ないであろう。
「そういうわけなので、ヴェルも森に入る時には気を付けるように。その内、うちの領内から出て行く可能性もあるしな」
何とも無責任な父の話を聞きながら、不謹慎にも俺は語り死人に興味を持ってしまうのであった。
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