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第八話 味噌っかすは、魔法の修練に励む。
朝、日が昇ると共に起床し、朝食後に五歳児が体を壊さない程度に体に合わせた木刀や槍を振るい、弓を的に向けて放つ訓練を行ってから、書斎で一人黙々と本を読む。
昼食後は魔法の訓練を行い、夕食後も暗さで本の文字が読めなくなるまで読書か魔法の訓練を行う。
幸いにして、すぐにライト(明かり)の魔法が使えるようになったので、その時間は夜遅くにまで伸びていた。
体が子供なので、比較的すぐに眠くなってしまうのが欠点ではあったが。
ちなみに、あの書斎には父はほとんど入室して来ない。
彼は漢字などが一切読めないし、領主としての執務もほぼ全て村長や名主達に丸投げで、書類へのサインなどは下品にも食堂で済ませてしまうからだ。
というか、税金とかをチョロまかされたらどうするのであろうか?
俺には関係ないので、正直どうでも良かったのだが。
「さてと、今度は中級魔法だな」
転生と魔法の訓練を始めて一週間、俺は今度は中級魔法の訓練を始めようと誰もいない森の中にいた。
さすがに室内で、火の矢を飛ばせるわけがないからだ。
それと、俺は外に遊びに出かけると言っても、やはり家族はあまり関心がないらしい。
忙しいので、六歳のガキに構ってなどいられないのであろう。
そんなわけで、俺は屋敷の裏にあるかなり広大な森の入り口に立っていた。
この森は、所謂普通の森だ。
魔物などは一切住んでおらず、家族や村の領民達が定期的に蛋白源であるウサギや猪などの野生動物を狩り、薪や山菜や木の実などを採集する。
要するに、うちが管理する大切な生活資産というわけだ。
入り口くらいならそんなに危険性があるわけでもないし、火の魔法で木などを焼かなければ怒られる事もないはず。
俺に万が一の事があっても、家が傾くはずもないので完全に放任されているというのも事実であろうか。
気軽に魔法の練習が出来る分、これはラッキーでもあったのだが。
「目指せ上級だよな。やっぱり」
本には、中級魔法は一ヶ月ほど根気良く訓練を行うようにと書かれていた。
詳細なマニュアルではあるし、実際に書かれた通りに事が進んでいるので楽ではある。
俺は、本に書かれた中級魔法を一つずつ順番に試していく。
そしてそれが終わると、今度はその基礎魔法を用いた応用魔法に、自分で考えたオリジナル魔法。
あとは、所謂戦闘系以外の魔法の訓練なども開始する。
「やっぱり、ここでは上級魔法の習得は無理だったか」
実力的にという理由ではなく、こんな屋敷の裏の庭で巨大な竜巻やファイヤーボールを連発するわけにはいかないからだ。
まだこの身は六歳であるし、魔力量の増大や魔法精度の上昇は確実にしているので、ここは根気良く中級魔法で魔法技術の向上を図る事とする。
それと、目立たなければ別に上級魔法を訓練しても構わないわけだ。
今は、その機会があまり無かったが。
「大体一キロ圏内くらいかな?」
そんなわけで俺は、目立たずに使える上級の風魔法を駆使した探知の魔法を練習していた。
この魔法は、指定範囲内の自分以外の存在を全て把握するという魔法で、これの使い手はとても少ないと本に書かれていた。
それと、精度もピンキリであった。
有名な探知魔法の使い手は、数十キロ範囲の生物の動きを全て察知できるらしい。
他にも、ただそこに何か生き物がいるとしか判別できない人に、人間が何人、このくらいの大きさの動物や魔物が何匹かとか言う人もいる。
更に凄いと、一度探知した人間や生物などを記憶していて、その個体が探知に範囲に入ると一発で解る人間レーダーのような人など。
恐ろしい探知精度を持つ人もいるようだ。
俺の場合は、ここまでの訓練で半径一キロ程度。
探知対象の大きさと数くらいは把握可能になっている。
イメージとしては、頭の中にレーダースコープが浮かぶようなイメージだ。
輝点の位置で包囲と距離を、大きさで対象物の大きさを把握していた。
まあ、探知できるのは人間と、ウサギ、猪、熊などの野生動物くらいなのだが。
この世界に転生して一ヶ月あまり、いまだに魔物の姿は見た事がなかったが、さすがに放任主義の新しい家族でも、あえて六歳の子供を死地に向かわせないようにはしているのであろう。
「あとは、地道に魔法の訓練に励むとしてだ」
この探知の魔法はとても便利であった。
いくら魔法が使えても、五歳の子供に猪や熊の相手は難しいはずで、その危険を回避しながら森の探索を行えるのだから。
せっかく森を探索しているのだから、というか実は昨日の晩に今まで碌に話しかけてこなかった父が、俺にある命令を出していたのだ。
『ヴェルよ。最近は、森に探索に行っているらしいな』
『はい』
『森には危険な動物も多い。気を付けるように』
えらく簡単に許可が出たものだが、やはりそこは放任主義の継続なのであろう。
それと、やはり八男の俺が万が一に死んでも、バウマイスター騎士領の存続には何の影響もないわけで。
『それと、森の中で食べられそうな物があったら採取してくるように。薪も出来る限り拾ってくるのだぞ』
さすがに開墾を手伝えとは言われなかったが、財政的に六歳にして家の手伝いをする羽目になっていたのだ。
なので今日の俺は、毎日訓練に使う木剣を腰に差し。
ただこれはどう考えても、無いよりマシという方が正しいであろう。
鉄や青銅製の剣を子供に渡すほど、この領の経済は豊かでもないし、今の俺に金属製の剣など持たせるだけ無駄である。
あとは、薪を載せる背嚢に、訓練に使っている小さな弓と矢が十本あまり。
矢は小さく、しかも訓練用なのでただ木を尖らせただけの鏃しか付いていない。
運が良ければ、小型の鳥くらいは落せるのであろうか?
共に無いよりはマシで、使う前に逃げろよという事のようだ。
「武器には、全く期待していないけどね」
それよりも、自分で考えた魔法の方が威力があるはずであった。
石で短めの矢を生成し、それを風の力で飛ばす。
クロスボウを魔法で再現しただけなのだが、この世界の魔法はこんな改良も比較的簡単に行えた。
あまりに才能次第なので、考えても実行できるかは運任せであったが。
幸い、俺はこの魔法の展開に成功している。
威力も、当たり所さえ良ければ熊すら倒せるであろう。
連射もソコソコ可能で、今は発射速度の改良に勤しんでいる。
コントロールについては、自身の弓の訓練を参考にしているので、これも全く無駄というわけでもなかった。
「ええと……。この山菜は食べられるか」
他にも、家で読んだ図鑑を参考にキノコや野苺などを採取し、あとは薪を拾って背嚢に積んで行く。
次第に荷は重くなっていくが、これは風の中級魔法である軽量化と、自身の力を筋力強化の水魔法で嵩上げして誤魔化していた。
更に、疲労した筋肉に水の回復魔法をかけていく。
筋肉の中の乳酸が消えて、体が軽くなったような感覚に襲われる。
「今まで本に書かれていた魔法は全部使えるんだよな。将来は、安定した宮仕えを目指すかな」
魔法の訓練も兼ね、結構な量の薪や山菜、野苺が獲れたので今日は家に帰る事にする。
魔法のおかげで帰り道も軽快に進み、そろそろ出口に差し掛かった頃、ふと視界に一羽の鳥の姿が見える。
「(ホロホロ鳥だ)」
ホロホロ鳥とは、この大陸中に多数生息している鴨を一回りほど太らせたような鳥である。
その肉は美味で、羽なども装飾品の材料として人気があった。
ただ、この鳥はなかなか捕まえられない。
見た目とは違い、人の気配に敏感で、飛ぶスピードも早かったからだ。
我が領で一番の猟師が一日森で粘って、運が良ければ一匹獲れる程度。
当然、滅多に食卓には上らない。
俺もこの一ヶ月で、ほんの小さい肉片を一切れ口にした程度である。
貰えないよりはマシであったが、ああ悲しき小さな八男の悲劇とでも言えようか。
「(あんな小さな一切れでも、肉は旨みが凝縮して美味しかったな。待てよ……)
もし俺が、このホロホロ鳥を狩れたら?
毎日、黒パンと塩野菜スープだけの食事に焼き鳥が付くではないか。
うちの家族は、放任主義ではあったが冷徹ではない。
このホロホロ鳥を狩った功績を無にはしないはずだ。
「(決めた。待っていろよ! 肉!)」
この一ヶ月ほど、転生して魔法の特訓は楽しかったのだが、食事に関しては栄養のためと割り切っている自分がいた。
しかし、自分はやはり食に拘る元日本人なのだ。
拘りのレベルが若干低いような気もするが、そんな事を気にしてはいけない。
今は、とにかくホロホロ鳥を狩る事に専念する。
とはいえ、こんな射程の短い小さい弓では近付く前にホロホロ鳥は逃げてしまうであろう。
「ならば、新しく開発したクロスボウの魔法で!」
最初は五発ほど、大きく狙いを外してホロホロ鳥に逃げられ続けたが、次第に狙いは正確になっていき、遂に二羽のホロホロ鳥を仕留める事に成功していた。
「ただいま」
「ヴェルか。ちゃんと薪は……、お前、ホロホロ鳥を仕留めたのか!」
二羽のホロホロ鳥は無事に食卓へと並び、功労者である俺は久しぶりに美味しい焼き鳥を食べる事に成功する。
そして初めて、家族全員に褒められるのであった。
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