―では、NATO以外の地位協定と比べると、どうでしょう。とても気になります。
伊勢崎 フィリピンとアメリカの地位協定と比較してみましょう。特に管理権の問題がわかりやすいと思います。フィリピンには独立後の50年代からクラーク海軍基地、スービック空軍基地というふたつの大きな米軍基地があったのですが、1991年にピナツボ火山が大噴火を起こし、溶岩の流出や火山灰の降灰によって基地が使えなくなってしまった。
それと同時にフィリピン国内で大きな民族運動が起きて、米軍基地をかつての植民地支配の名残(なごり)ととらえていた彼らはアメリカとの地位協定を破棄、92年にアメリカ軍はフィリピンから完全撤退します。
ところが、そうやって米軍がいなくなった隙を突いて、中国が南沙諸島を奪いに来た。そこで困ったフィリピンはアメリカとの関係を修復し、再び国内に米軍基地を受け入れて、新たな地位協定を締結したのです。
肝心の内容ですが、これまた日米地位協定とは雲泥の差があります。フィリピンに駐留する米軍に関する「管理権」は基本的にフィリピン側にあり、米軍はあくまでもお客さん扱い。国内で米軍が何をやるか、何を持ち込むかをチェックする「検閲権」もフィリピン側にあります。また、米軍は年間数百億円ともいわれる基地使用料をフィリピンに支払っていて、協定には「核の持ち込みをしない」という条項まで書いてあるのです。
原文を読むと「米軍がフィリピンの主権の下に駐留しているのだ」というニュアンスが痛いほど伝わってきます。
―なぜ、アメリカに国力ではるかに劣るはずのフィリピンがそうした地位協定を結べたのでしょうか。
伊勢崎 アメリカが出している公的な地位協定関連の報告書を読むと、フィリピンとの地位協定を復活するにあたって、自分たちがどこまで譲歩すべきかという点について、かなり真剣に議論していたことがわかります。やはり一度は「追い出された」経験があるのが大きいのでしょう。報告書を見ると、「地位協定の交渉にあたっては、相手国に対する敬意がなければならない」というようなことが書いてある。
つまり、米軍が改めて駐留するにあたって、一方的な押しつけじゃなく、これが双方のコンセンサスに基づく運用だということに配慮しないと、また同じ轍(てつ)を踏むことになる、と言っているんですね。もちろん、これは一回追い出された国が相手だから反省しているのであって、追い出すどころか、国民のほとんどが「地位協定って何?」という国が相手なら話は別です。