「中田敦彦 ”一家の大黒柱”という考え方は良くない」
http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=8745&page=1
主旨としては以下のようなこと。
・「夫が外で稼いで、妻が家を守る」というのはサッカーのフォワードとディフェンスの違いみたいなものであって、ディフェンスがいるからこそフォワードは点が取れているのであって、点を取ってフォワードが偉いわけじゃない。「もしかしてパパになりたてのころ、どこかで僕の記事を読んでくれたのかな?」と思いました。使っている言葉も論理展開もほとんど同じで、少なくとも2014年に複数の媒体で似たような記事を書いていました。たとえばこの2本。
・稼ぎの多さに反比例するように家事分担を割り振るのは一見合理的なように見えて根本的な発想が間違っている。
(1)2014年3月1日発売のイクメン雑誌「FQ JAPAN」に寄稿した記事を、2014年9月27日に自分のAmeblo「Father’s Eyes」に転載し、さらにそれがAll About News Digに転載されたもの
「夫婦の働き方が子どもに与える影響」
http://allabout.co.jp/newsdig/c/72123
(以下、一部抜粋)
“チームスポーツをした経験のある人なら分かるだろう。たとえばサッカー。フォワードが得点をしたからといって、フォワードの力だけで試合に勝てるわけではないのと同じだ。ディフェンダーはもちろん、補欠選手やマネージャー、サポーターなどピッチ上にいないメンバーまでもが一丸となって初めてフォワードが得点し、試合に勝つことができるのである。(2)2014年7月28日に自分のAmeblo「Father’s Eyes」に書いた記事が同日BLOGOSに転載されたもの。
最終目標は試合に勝つことであって、夫婦間で得点を競うことではない。それなのに、「夫のほうが稼ぎが多いから、夫のほうが偉いとか家事分担は少なくていい」とか「稼ぎが一緒だったら家事も平等にしよう」などという発想になってしまったら、「誰のおかげでメシが食えていると思っているんだ」と言う昭和のオヤジとほとんど同じ思考回路である。結局「金を稼ぐ奴が偉い」という浅はかな価値観を子供に刷り込むことになってしまう。 “
「妻が専業主婦なら夫が家事しないってあり?」
http://blogos.com/article/91418/
(以下、一部抜粋)
“「夫婦の稼ぎがたとえば6:4なら、4:6の割合で家事を分担すべきだ」とかいう理屈。外で仕事をすることの対価の比率と、家事分担の比率は全然次元の違う話。それが単純な逆比になるというのはまったく数学的ではない。ちょっと考えれば誰でもわかることだし、何かを参考にしたわけでもなく、パーフェクトヒューマン完全オリジナルのアイディアなのかもしれないけど、ひょっとして僕の記事をどこかで読んでくれていて、その言葉や論理が頭の片隅に残っていて、このように発言してくれていたんだとしたら励みになるなあと思います。これ、くりかえし訴えてきたことだから。
年収の逆比で家事分担量を割り振るということがいかにナンセンスか、まったく別のロジックでアプローチすべきことであることがわかるだろう。
たとえ、「企業戦士&専業主婦」という夫婦においても、夫が妻を喰わせているのではない。妻がしっかりディフェンスしてくれているから、夫がオフェンスとして得点してくるだけである。チームワークで勝利していることに代わりはないのだ。“
シングルインカムの家庭で、子供から「パパのが働いているからお金がもらえるんでしょ」と言われたら、「パパ1人が稼いだお金じゃなくて家族みんなで稼いだお金だよ」と教えてあげてほしいと思います。 ダブルインカムの家庭で、子供から「パパとママとどっちがたくさん稼いでいるの?」と聞かれたら、「パパもママも1人では今のお給料を稼ぐことはできないよ。お互いに協力して、しかもキミが2人を応援してくれているからお給料をもらうことができるんだ。だからどっちが多く稼いでいるなんてことはないんだ。みんなで稼いだお金だよ」と教えてあげてほしいと思います。
せっかくなので2012年に「MSNドニッチ」というweb媒体の連載コラムに掲載した同主旨の記事を転載します。媒体自体がクローズして今は読めなくなっていたのですが、ここで復活。
(2012年10月26日掲載)
父親の威厳って?給料袋ではありません!ついでにもう一本。
ときどき「今の父親には威厳がない」なんてことを言う人がいますよね。「威厳」ってなんでしょう?
「給料袋がなくなって、銀行振り込みになってから、日本の父親の威厳が失墜した」と言っている人がいました。一瞬説得力がありそうに思えますが、ちょっと待ってください。
父親が「オレが稼いできたお金だぞ」と札束の入った給料袋を母親に差し出し、威張っている姿を見て、子どもは父親に「威厳」を感じていたということですが、その理屈、ツッコミどころ満載です。
まず第一に、お金を稼いでいる人が偉いという価値観を子どもたちに植え付けます。そのような生活をしていたら、「父親はお金を稼いでいるから、母親より偉いんだ」みたいな思い込みが生じてもしょうがないでしょう。
もっといえば、「お金を持っていることが偉いんだ」という価値観になりかねません。実際、「金持ち=偉い」という価値観が、つい10年くらい前まではびこっていたように思います。
次に、たしかに父親は家族の代表として会社に行き、仕事をし、給料を受け取ってはいたんでしょうけれど、家族がいなければ、安心して仕事に集中できなかったはずです。
母親が、おいしい料理を作ってくれたり、Yシャツを洗濯して綺麗にアイロン掛けまでしてくれていたり、家の中の整理整頓・掃除をしてくれていたり、子どもたちの面倒を見ていてくれたりするからこそ、安心して仕事に打ち込めたのでしょう。
給料袋に入っている札束は、父親一人の力で稼いだものではありません。家族みんなの力で得たものです。それなのに、自分一人の手柄だと思って給料袋を差し出す父親って、ちょっと大人げないですよね。。。
三つ目に、そもそも家族が畏怖の念を感じているのは、父親ではないように思います。給料袋に対して畏怖の念を感じているのではないでしょうか。
給料とは、生きる糧。「収穫」の権化です。収穫にありがたみを感じるのは自然なこと、大切なこと。それを自分の威厳だと勘違いしているのはちょっと残念ですよね。
また、父親に給料をくれる会社はもっと偉いということになります。そのために、家族よりも仕事が大事という価値観につながることが想像できます。
「虎の威を借る狐」ならぬ、「給料袋の威を借る父親」みたいじゃないですか。まるで裸の王様、かっこ悪い!
腕力で人を従わせようと思うことは言語道断ですが、経済力を盾にとるのも卑怯でしょう。そんなことをすれば、父親の威厳はますます失墜するわけです。
お金とか他人からの評価とかいう目先の誘惑に振り回されるのではなく、高潔な人生を送ること、誇り高さ、気高さ、そういうものに、人は本当の威厳を感じるのだと思います。
本当の威厳とは、「人間として正しいことができる強さ」や「正しいことを自分自身に課す厳しさ」がにじみ出ていることをいうのではないかと思います。
威張ってわがままを通す見せかけの強さよりも、自分が過ちを犯したときにはそれを素直に認め、相手が子どもであっても素直に謝ることができる強さ、自分よりも弱いものに思いやりをもてる強さこそ、威厳の源ではないでしょうか。
仕事も育児もがんばる父親は、威張らなくても、尊敬されます。昭和の頑固オヤジのような見た目の派手さはないかもしれませんが、それでも威厳は十分に感じてもらえていると思います。
(2012年7月20日掲載)
家族にも「おかげさまで」の気持ち
「誰のおかげで飯が食えていると思ってるんだ!」なんて言う父親は今時いないとは思いますが、それを言うなら「誰のおかげで仕事ができてると思ってるんだ!」って感じですよね。自分が仕事をして家族を養っているつもりかもしれませんが、父親だって家族から支えられて、いいコンディションで仕事ができていることを忘れてはいけません。
私は自宅を仕事場にしているのですが、頻繁に子どもが仕事部屋にやってきます。忙しいときはうっとうしくてしょうがなくて、「子どもがいなければもっとはかどるのに・・・」と思ってしまう瞬間はあります。子どもがいなくて思う存分仕事をしている友人を見て「うらやましいな」と思ってしまうこともあります。
でも冷静に考えれば、「子どもがいなければ自分はここまでがんばれていないかも・・・」とも思うのです。「空気の抵抗がなければもっと早く飛べるのに・・・」と鳥が嘆くという寓話を聞いたことがある人は多いと思います。まさに、それです。
「子どもがいなければ思う存分仕事ができるのになぁ」なんて言う人に限って、だいたい子どもがいないときからサボりぐせのあったダメリーマンだったりするんじゃないかと思います。問題が生じても人のせいにするばかりで自分を変えようとしない人は、いつまだたっても進歩しないですからね。
「男子校だったからカノジョができなかった」と言い訳する男性は、きっと共学に通っていてもカノジョができていなかっただろうと推測できるのと同じです(笑)。
そもそも「家族のために自分が犠牲になってがんばる」みたいに思ってしまうと、背負っているものがますます重く感じられてしまうのではないかと思います。「家族のためにがんばる」と思ってしまうから、「誰のおかげで飯が食えていると思っているんだ」みたいな発想になってしまうのではないかと思います。
でも、「家族がいるからがんばれる」と思えば会社に向かう足取りも少しは軽くなりませんかね・・・。「家族のおかげでがんばれて、そのおかげでいい仕事ができて、自分もハッピー! だから家族にもたくさん感謝したい」みたいな好循環が生まれるんじゃないかと思います。
よく仕事のシーンでは「おかげさまで」というセリフを使いますよね。「みなさんのおかげで自分はいい仕事ができています」という意味ですよね。家族にも「おかげさまで」の気持ちが必要だということです。
ワークライフバランスって、仕事時間と家族時間の量的・質的なバランスのようにとらえられがちですけれど、とどのつまり、仕事と家族それぞれに対する感謝の気持ちのバランスなんじゃないかと私は思います。
仕事があるから家族が安心して暮らせる。そのことに感謝。同時に、家族がいるから良い仕事をしようと思う動機になる。そのことに感謝。
仕事に対しては感謝の気持ちがあるのに、家族に対しての感謝の気持ちが薄いと仕事時間と家族時間のバランスも崩れていきます。逆に家族のことばかりを考えて、仕事をおろそかにすれば、生活は立ちゆかなくなります。
ワークライフバランスは、「仕事も家庭のこともりょうほうがんばらなきゃ!」なんて歯を食いしばって維持するものじゃないんだと思います。どちらに対しても同じように感謝の気持ちを忘れないってことなんじゃないかと思います。そうすれば自ずとちょうど良いワークライフバランスに落ち着いてくるのだと思います。
仕事があることに感謝をし、家族がいてくれることに感謝をし、両方に感謝ができる人はそれだけでしあわせでしょう。
どちらもいやいややっている人は、気の毒ですね・・・。
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