それでも生きて行こう

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我が家の長男は自閉症と知的障害の合併で重度の判定をもらっています。



いっそ知的障害なら何もわからない方が幸せかもしれない、と思うぐらい普通の20代の男性の感性や有り余るようなパワーも持っており。


手先が器用で作業所の仕事ぐらいならできるスキルも持っており。


小さいころからの訓練の結果、ある程度の身辺自立もできています。


それでもやはり認知やコミュニケーションの障害は重症であり、周囲と上手く適応することが難しく学校卒業後は通所の施設を転々としています。



ここ、私たちが住む市は福祉後進国。


他市ではもっと重度の子が作業所に通っていると言うのに、在住の市ではどこの作業所からも見放されてしまった。



結果として、行く先はデイサービスに通いもっともっと最重度の人たちと共に日中の時間は散歩だとか音楽だとか調理だとかプールだとかの時間で過ごすより他なくなってしまった。







しかし市内にもう一つだけあった施設に、デイサービスではなく生活訓練をする所があった。


ずっと満員で、藁をもすがる気持ちで申込書を提出した時は順番待ちの状態。


果たして席が空く日はあるのか?



入れるまでは気が遠くなりそうな待ち時間がありそうだった。






特別支援学校のように整備された施設内。


職員の方々の対応。


自閉症への理解、整ったシステム。


狭き門が開く日をずっと待っておりました。



そしてようやく・・・


息子もここでお世話になることができる運びとなりました。









ここでする訓練も恐らく息子には退屈な作業になるに違いない。


だけど、個々の能力を見て頂けるものと信じてお願いするしかありません。



特別支援学校に通っていた頃の、これだけの知的障害がありながら、とその才能や能力を教員の方々に期待を持って育てて頂いたあの頃のように。



電車で一人で通学できるまでに訓練して頂いた長い月日。


個展が開けた絵の才能。



全ては学校卒業と共に消失し、機能はどんどん低下していく一方です。


これが現実。



それでももう一度何かを学ぶことが息子には必要なのかもしれないと。


そんな風に感じた日々でした。











重複障碍者は不幸しか生まないから殺してしまった方がいい。


あの犯人はそう言っていた。



だが私はそうとばかりも言えない。


たくさんの方の支えがあって生きていられるのは事実。


私の苦労が終わる日が来ないのも事実。



だけど、それが不幸ばかりの人生だと私は思わない。


自由の無い人生の中で、ほんの一時バイクで駆け巡る時間の素晴らしさ。



それは、若いころ時間は無限にあるように思えていた時代だったらきっと感じることはなかった。








生きている事の素晴らしさ。

人間の本質と言うものをどれだけ君のおかげで学んできただろう。



そして・・・


このような苦労を背負って生まれて来た尊い魂を任された自分への責任感。



「神様はよほどあなたを信頼しているんだね。」


3人目の子供までが自閉症だとわかった時、そう言われたのを思い出す。




そうなんだよ。


どのような人生でも生きてまっとうすることに意味があるのだ。




生きて生きて生き抜くだけ。


ゴールなんて・・・


健常な人間にだってないのだから。





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