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石壁に百合の花咲く

いちレズビアンによる、LGBTニュース&百合レビューのサイト

吹替版もいいぞ!―映画『ゴーストバスターズ(2016年)』2回目鑑賞後の感想(ネタバレあり)

LGBTニュース 映画 百合/レズビアン

ポスター/スチール 写真 A4 パターンT ゴーストバスターズ(2016) 光沢プリント

※初回鑑賞後の感想はこちら。

3D吹替も楽しかったです!

3D吹替にて2回目の鑑賞(1回目は2D字幕)を済ませてきました。吹替キャストの演技も、3D映像の迫力も文句なし。日本語でじっくり台詞を聞けたおかげで、内容についてもさらに深く考えることができました。というわけで、吹替版もおすすめ。

吹替陣の演技について

もうね、まず何より朴璐美さんのホルツマンが最高で最高で。さすがジェーン・リゾーリ(『リゾーリ&アイルズ』)の中の人、ホルツマンの突き抜けた変人っぷりも、そこからどうしようもなくにじみ出るキュートさも120パーセント伝わってきました。正直、朴版ホルツのしゃべりに接して、「字幕で見たときの自分のホルツマン解釈はまだ甘かった」と思わず反省したほど。歌もジョークも、ふざけた(そしてカッコいい)名台詞の数々も、みんなみんなすばらしかったです。

森川智之さんによるケヴィンの、聞いてるだけで脳天が痺れそうなセクシーヴォイスにも大拍手。ケヴィンがおバカキャラだからといって妙にコミカルな口調にしたりせず、「声まで超絶イケメン」路線にしたのは大正解だったと思います。レスリー・ジョーンズ役のくじらさんもまた、「レスリー・ジョーンズが日本語覚えてしゃべってる」と言われたら信じたに違いないと思うほどの適任っぷりでした。プロって凄いなあ。

凄いと言えば、おネエっぽい口調の劇場支配人を軽やかに演じてのけた三ツ矢雄二さんも凄かった。誇張の仕方を一歩間違えただけで「フェミニンな口調・しぐさの男性を見下したギャグ」とも受け取られかねない難しいキャラを、絶妙のバランス感覚で演じておられたと思います。あの一人称「アタシ」のこなれ具合や、滑稽なのになんだか愛らしい悲鳴の匙加減など、他の誰にも真似できないのでは。

本業が声優ではない渡辺直美さん(アビー役)や友近さん(エリン役)の演技にも納得でした。同じメリッサ・マッカーシーキャラでも、本作のアビーには『ブライズメイズ』のメーガンや『デンジャラス・バディ』のマリンズ刑事とはまた違う繊細さと可愛らしさがあると思うんですが、渡辺直美版アビーはその特徴をよくとらえていたと思います。友近さんの方も、日本語にしにくいダジャレネタまで巧みにこなす上に、持ちネタ(水谷千重子ネタ)を入れつつもきっちりエリンでありつづけるという器用さがあり、楽しく見ることができました。

3Dについて

ただでさえよくできた遊園地のアトラクションみたいな映画なのに、それを3Dで見たら面白いに決まってるじゃないですか。特に本作品ではフレームから映像がはみ出す「FRAME BREAK」という技法が使われているのだそうで、迫力も一味違います*1。飛び出す「エクト・ゲロ」の場面ではわかっていても身をすくめてキャーキャー言いたくなりましたし、プロトン・ビームのみならず悪魔の羽根まで枠から飛び出すバトルシーンにもしっかり見とれました。あまりに楽しかったので、次はIMAXでも見てくるつもりです。

テーマについて、あるいはローワンの闇落ちの理由について

1回目の鑑賞のあとずっと考えていたのは、「ローワンはどうすれば闇落ちせずに済んだのか」ということでした。エリンのように、ハイスクール時代に親友ができればよかった? でも、それだと「身近にアビー的な人が偶然いたかどうか」という運不運だけですべてが決まってしまうということになり、それもなんだか違う気がします。

そんな折、「ちょっと復習してみよう」と思って1984年版『ゴーストバスターズ』をNetflixで見てみたんですよ。細かな点の見落としがないようにと、「日本語字幕」、「日本語吹替」、「英語のみ」の3回通りで。それで気づいたことがふたつ。

  • 旧作の主人公って、ただのショービニストの豚*2じゃん。
  • 新作のローワンも、ただのショービニストの豚じゃん。

なぜここでこんな古い*3「ショービニストの豚」("(Male) Chauvinist Pig"、女性を人間扱いしない男性優越主義者のこと)などという表現がするっと思い浮かんだのかは自分でも謎ですが、その瞬間、ローワンの闇落ちの理由が見えた気がしました。彼が邪悪化したのは、自分を踏みつける足と戦うどころか、差別の構造はそのままに踏んづける側に回ろうとするだけの人間だったからだわ。

順を追って説明していくと、まず旧作での主人公ベンクマン(ビル・マーレイ)のデイナ(シガニー・ウィーバー)に対する扱いが、今見ると最低のひとことなんですよ。この男、最初から最後までデイナの内面には何ひとつ興味がなく、ただ彼女を性的な用途またはトロフィー・ガールとしての用途に使うモノとして欲しているだけ。あと、日本語字幕や吹替ではあまり正確に訳されていませんが、彼が言い放つニューヨークの水兵ネタのギャグなんかも、今見るとだいぶひどかったりします。

こうした態度を「男らしい」と受け取る文化が存在するということはわかります。むしろ、その文化に沿う描写をしたことこそが旧作の大ヒットの一因だったのではないかとすら思います。米国の「男らしさ」を分析するドキュメンタリー映画"The Mask You Live In"(2015)では、映画などの「男らしさ」の表現には「マスキュリンでない男が無茶ぶりをするもセックスにありつけず、観客はその姿に『自分がなるかもしれない姿を見て』笑う」というパターンがあると指摘されていますが、旧『ゴーストバスターズ』序盤でベンクマンがデイナにセクハラをする場面など、まさにこれでしょう。ここで笑いながらベンクマンに共感した観客たちは、彼が終盤でデイナを手に入れ大観衆の前でキスを見せびらかす場面で、今度はポジティブな「なりえたかもしれない自分」像を見ていい気分にひたることができるというわけ。1984年当時の「負け犬の勝利」パターンの物語構造としては、これはこれでたいへんにうまくできていたのでは。

しかしながら、『マジック・マイクXXL』もあれば『マッドマックス怒りのデス・ロード』もある21世紀の今この作品を見ると、あまりにデイナが人間扱いされていなさすぎて、物語をうまく楽しむことができませんでした。公開当時には何も問題だと思わず(気づかず)に楽しめた記憶があるんですけど――ダメだ、ベンクマンの行動はもう、デイナの意志を無視してつきまとうナードのルイスや、デイナを「門の神」の入れ物として(そう、文字通り物として)利用したラスボスと同じぐらいひどいものだとしか受け取れません。無理もない、32年もたてばDOSだってMS-DOS 3.0からWindows 10まで激変すんのよ。人間の意識だって、アップデートされるわよ。

このように考えた上で改めてリブート版のローワンを見てみて、このキャラはベンクマンに負けないぐらい性差別的な上に、それをさらに現代風にこじらせてもいるということに気付きました。ローワンはメルカド・ホテルの地下でエリンたちと初めて相まみえたとき、「お前らは尊重されていて尊厳もあるんだろう」てな内容の恨み言を言いますよね。しかしそう言う一方、彼はゴーストになった後、ゴーストバスターズたちをこんなステレオティピカルな台詞で侮蔑しています。

  • 「遅いな。女はいつもこれだ。どのツナギを着るか迷ってたんだろう」
  • "You shoot like girls!"(※日本語訳失念)

念のため補足しておくと、2つ目の"like girls"(女の子みたいに)というのは、「くねくねしていて弱っちい」とか「髪の毛ばかり気にしている」とかいうような侮辱的な意味で使われがちな表現です。つまりこの人、世間の女性蔑視に思いっきり乗っかってエリンたちを見下しているくせに、自分ではそのことに気づきもせず、「こいつらは自分と違って尊重されている」と思い込んでいたというわけ。

結局のところ、ローワンは自分をいじめた差別的な社会構造をついぞ客観視することなく、ゴーストの力で「いじめる側」に回ろうと画策しただけです。だから誰とも手をつなげず、またはつながず、結果としてああなってしまったということなのでは。「オバケ・ガール」といじめられつつもエリンが闇落ちしなかったのは、アビーの存在はもとより、彼女が決して「いじめる側」に回ることを選ばなかったということもあるのではないかと思いました。

小さい子にこそ見てほしい

小学生ぐらいの女の子がお母さんに連れられて見にきていたのがうれしかったです。馬鹿にされても黙らされてもくじけず、自分の道を物理で(※ダブルミーニング)切り開く女性キャラたちのかっこよさは、小さい子にこそ見てほしいと思いますから。吹替のクオリティが大変よかったので自信をもっておすすめできます、子供たちよ、見て!

まとめ

映画は基本的に字幕派の自分ですが、このクオリティなら吹替も全然アリだと思いました。字幕+英語音声ではキャッチしきれなかった内容も拾え、「これぞホルツマンのキャノン(正典)」と言いたくなるよな朴璐美版ホルツの魅力も楽しめ、おまけに3Dの迫力も堪能できて、たいへん得した気分です。近場の映画館で吹替上映しかなくて迷っている方、悪いことは言わないから行っておいた方がいいですよ!