産経WEST【経済裏読み】より“谷垣ショック”の余波続く…自転車愛は筋金入り、異色の「名人」復帰待つ業界
7月中旬にロードバイクで転倒し、頸髄(けいずい)損傷の重傷を負った自民党の谷垣禎一前幹事長。実は自転車歴50年を誇り、多忙な公務の合間を縫って自らサイクリングを楽しんできたほか、愛車を展覧会に出品するほどの筋金入りのマニアだった。自転車関連の議員連盟やサイクリング団体の会長を長年務め、業界のリーダーとしても活躍してきた。自転車の愛好者や業界関係者の間では今なお“谷垣ショック”の余波が続いている。
事故が国家的関心事に
法務相時代、大臣室で愛車「チネリ・スーパーコルサ」と記念撮影する谷垣禎一氏 =東京・霞が関谷垣氏は7月16日午前、皇居の桜田門付近で転倒。病院へ搬送されて入院し、その後は公の場に一切姿を見せていない。
関係者によると、段差を乗り越える際にタイヤのグリップを失い、転倒したのではないかという。谷垣氏が愛用するヴィンテージロードバイクは、往年のレース仕様を踏襲し、特に細いスリックタイヤが装着されていたという。
自民党は当初、谷垣氏のけがの程度は軽傷と発表していたが、やがて頸髄損傷と判明。事故の影響は組閣や党要職人事を揺るがし、まさに国家的関心事となった。
マニア垂涎の一品
希少な高級自転車がズラリと並ぶ展覧会で、谷垣氏のロードバイクが光り輝いていた。平成26(2014)年5月、東京・青山で開かれた「自転車博覧会2014 IN AOYAMA」。1964(昭和39)年の東京五輪で使用された競技用自転車などと共に、当時法務大臣だった谷垣氏の愛車も目玉の一つとして出品された。
高級自転車やヴィンテージ自転車を10台ほど所有しているという谷垣氏が、この展覧会のために選んだのは、イタリア・チネリ社の1983年製ロードバイク「スーパーコルサ」。同じイタリアの自転車部品メーカー、カンパニョーロ社の創立50周年を記念し、高級パーツを組み込んだ特別記念モデルで、まさにマニア垂涎の超高級“お宝”バイクだ。谷垣氏本人が「見飽きたことがない」と語るほど、美しい。
展覧会の主催者は、谷垣氏の事務所を通じて出展を要請したところ、快く応じてくれたという。谷垣氏はこのロードバイクをただ所有するだけでなく、イベントなどの機会に実際に乗ってサイクリングを楽しんでいた。
「名人」に就任
そんな谷垣氏の自転車愛は、サイクリング愛好者の間で広く知れ渡っていた。
平成25年11月には、業界の関連団体などが自転車活用の模範となる著名人を顕彰する「自転車名人」に選出された。歴代の名人には、ロックシンガーの故・忌野清志郎さん、俳優の鶴見辰吾さん、レーシングドライバーの片山右京さんら自転車好きで名を馳せる有名人がズラリ。
政治家の選出は異色だったが、谷垣氏自身は「歴代の名人の中で一番年配。自分の使命は、高齢の人たちに自転車の正しい乗り方を伝えることだと思っている」「自転車の役割を位置づけた街づくりに励みたい」などと意気込みを語った。
このとき、セレモニーが行われた自転車ショー「サイクルモード」の視察で案内役を務めた自転車のマナー啓発団体「グッド・チャリズム宣言プロジェクト」理事の瀬戸圭祐さんは、「谷垣さんは自転車の知識がものすごく深く、広い」と驚嘆したという。
自転車メーカーやパーツの歴史にまで精通し、説明者よりも詳しい事が多々あった。視察は当初、数十分の予定だったが、実際には3時間近くに及んだ。瀬戸さんは谷垣さんについて、「少年のように目をキラキラと輝かせ、また会場でいろんな方々に声をかけていたことが印象的だった」と振り返る。
女性タレントに委嘱状
一方、谷垣氏は公益財団法人「日本サイクリング協会」の会長を長年務め、サイクリングの普及振興を後押ししてきた。協会は一般向けにサイクリング大会や、自転車で山を駆け上るヒルクライム大会などを主催。また、愛好者のすそ野を広げるための啓発活動も展開している。
協会の「サイクリング親善大使」を務めたタレントの宇井愛美さん(平成24年)、吉沢ひとみさん(27年)には、谷垣氏が自ら委嘱状を手渡した。
会長とはいえ、名誉職の色彩が強く、谷垣氏が頻繁に協会へ姿を見せていたわけではない。しかし、例えば協会が新しいサイクリングイベントを企画し、地元の警察へ許可を申請する際に、「団体の会長は谷垣禎一さんです、と伝えると、とても信用が高く、話がスムーズに進んだ」(協会広報)という。
協会は谷垣氏について、「政界からサイクリング界を支えてくれる、大変存在感のある方」(同)と称えている。
「自転車法案」提出へ
谷垣氏は自転車関連の新法も成立させようとしていた。
政界では平成11年に超党派による「自転車活用推進議員連盟」が結成され、谷垣氏は翌12年から現在まで16年間にわたって会長を務めている。議連には利権やしがらみが少なく、各議員が自主的に参加して、都市における自転車の活用方法を勉強してきたという。
そんな自転車議連が最近、大きな転機を迎えようとしていた。2020(平成32)年東京五輪の開催が決まり、東京の都市開発に再び脚光が当たるのを機に、都市を自転車が走りやすい環境に変える「自転車活用推進法」の立法に向けて動き出したのだ。
その中心は、もちろん谷垣氏だった。一昨年9月、東京都内で開かれた都市交通改革を考えるイベントでは、東京五輪・パラリンピックの競技会場となるお台場を「自転車特区」に指定し、自転車を利用しやすい交通システムを構築する実験場とする構想を披露。「自転車は都市交通改革の主役となり得る」とアピールした。
また昨年4月には「自転車活用推進法案」を議連に諮り、了承を得た。自転車専用レーンや「シェアサイクル」施設の整備、交通安全教育や啓発などのほか、国土交通省に「自転車活用推進本部」を設置することなどが盛り込まれている。
「五輪の舞台で実験を」
谷垣氏はメディアの取材に対し、「都市の渋滞や排ガスは非常に大きな問題。自転車をもっと利用しやすくし、交通インフラにすることで、公益のある役割を果たすことができる」と指摘。東京五輪に向けては「五輪の舞台となる所で、五輪のあり方とマッチするいろいろな実験を行える」との見解を示していた。
「谷垣さんは自転車の世界で影響力が断然大きい、特別な存在。選挙の時だけ自転車に乗って庶民派を気取る人とはわけが違う」
そう訴えるのは、議連と足並みを揃えて自転車利用推進の調査研究や政策提言を行ってきた「NPO自転車活用推進研究会」の小林成基理事長だ。
現時点で谷垣氏の復帰のめどは示されていないが、自転車議連では年内の自転車法案提出に向けて手続きを進める方針という。
「自転車に関係する誰もが、谷垣さんの一日も早い回復と復帰を願っている」と小林氏。その切実な願いがかなうことを祈るほかない。
(産経WESTより)