挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
異世界の日本人 作者:第一執筆者
1/2

この話についての前書き

 異世界は嫌いだった。
 私は日本を知らなかった。当時はそれがたまらなく嫌だった。小さい頃の私は何度も「内地へ行きたい」と両親にせがんだが、父も母も忙しくてとてもそんな暇は無かった。どうして。友達は皆「僕は九州のどこそこのおばあちゃんの家に行く」「私は東京のどこそこ」と言ってるのに、どうして私だけ日本に帰れないのか。毎年小学校の長期休暇が近づくと、私は必死になって駄々をこねた。内地、日本の本土に行きたい。と
 今思うと、父も母もそんな私を見て心苦しかったと思う。もし祖父母の誰かが生きていれば、両親は私を内地へと行かせてくれていたかもしれない。だが既に内地には何かしらのアテがある訳でも無かったし、忙しい両親は旅行休暇もろくに取れていなかった。結局、私がどれほどワガママを両親の前に並べ立てても、毎年両親は悲しそうに肩をすくめて幼い私に言い訳と謝罪を述べるだけだったのだ。
 小学校高学年、中学生と成長していき、自然と親の前で駄々をこねることも無くなっていった。だが根に持つ私は、いつになっても内地への憧れを捨てられずにいた。特に中学生の時分、友人に「お前は夏休みは内地のどこに行ったのか」と当たり前のように聞かれて何も答えられなかった時には、私の心中は悔しさでいっぱいになった。今もよく覚えている。私だけが、日本を知らなかった。
 そして、私の内地への憧れとジレンマは、いつの頃からか歪んだ成長を始めた。友人達を嫉妬しはじめ、我々が住んでいるこの「外地」と、その全てを軽蔑しはじめたのだった。坊主憎けりゃ袈裟まで憎し。ではないが、中学二年生の頃には、外地のあらゆる物に嫌悪感を抱くようになっていた。ただ内地から隔絶されているからという地理条件だけではなく、土地柄、風俗、人種。全てを貶めて密かに嘲笑していた。日本人街で生まれ育ち、ほとんど外地人に会ったこともなかった私が、どうして知りもしない外地人を憎む必要があるのか。
なんのことはない。虚しいプライドと嫉妬が、自分を守るためにそうさせたのだ。今思うと大変に恥ずかしい。
 とは言え、言い訳をさせていただくならば、私だけが悪かったわけではない。社会全体にそのような、外地を蔑むような思潮が、暗黙のうちに流れていたことは決して否めなかったからだ。
 話を戻し、一つばかり例を出そう。
 中学生の頃より私は彼ら、外地の住民 ――つまり、日本や米英や中露と言った地球の国々に支配された、異世界の人々―― を、「山椒魚」と密かに渾名していた。彼らが叛乱を起こしてしまえば、地球人共の社会はあっけなく崩壊してしまうのではないか。そのような、期待と不安が入り混じった感情になれる妄想が好きだったからだ。地球人が外地人を見下してこそいるが、経済を中心としたその他社会システムを彼らに依存しすぎていることも、この渾名を彼らによく符合させた。
これから語るのは、まさに前述した私の中の「山椒魚」にまつわる物語である。
 お読みの方々に説明するまでもないのだが、一応断っておこう。日本領イグニア帝国新京市。異世界を侵略して広大な領土を手に入れた日本が、植民地支配の拠点として築いた日本人街である。この皮肉な名前の都市で、宗主国の優等人種として、私は多感な青年時代を過ごしたのだ。

幼少の頃から夢の中の内地ばかりを追いかけて、ちっとも現実と向き合うことをしなかった私は、歪んだ心境を抱えたままに高校へと進み。

 そこで「山椒魚」と出会うことになる。







+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ