スポーツをすると「スポーツが下手」になる
こんにちは、ジュニアユースを対象にした育成やフィジカルトレーニング、運動学習などをテーマにした講演活動や、強化育成システムの研究活動をしている「小俣よしのぶ」と申します。
このような仕事をしていますと、保護者の方や指導者の方から、「ジュニア期は複数のスポーツを経験させるといいと聞いた……」「ジュニア期はどのようなスポーツをさせるべきか?」などの相談を受けることが多々あります。
その時の回答として私は、「スポーツをするとスポーツが下手になる」とお答えします。
現在のスポーツ指導の問題点
↑現在のスポーツ指導の問題点
ややセンセーショナルな表現ですが、これは現在の子どものスポーツ指導やスポーツスクール,運動学習の問題点を理解いただくために使っています。
保護者の方の多くが「子どもに心身の健全な発達をしてほしい」、「スポーツが好きで得意な子どもになってもらいたい」という願いからスポーツスクールやチームに入れたいと考えているようです。
しかし、運動学習的視点で述べると、「子どもの頃に特定のスポーツや競技に特化し専門的なトレーニングを行うことは、運動能力発達を妨げる恐れがある」と言えるのです。
スポーツの上達に欠かせないのは「基礎的運動能力」
前回執筆した記事【スポーツ指導の常識「ゴールデンエイジ理論」を疑え】においても紹介した運動学習指導の専門家、クルト・マイネルによると「時期を得た専門化」という項目において将来のスポーツ選手としての基礎段階について触れています。
それによると、「児童後期(10~13歳ぐらい)から青少年前期(11歳~15歳ぐらい)において運動学習能力が高まり、競技スポーツという点からみるとスポーツ選手としての基礎が作られる時期にある。しかしそれは全面的基礎の上に成り立つもので、それらが将来のスポーツ達成力の優れた礎となる」と述べています。
ここで重要なのは「全面的基礎」という部分で、マイネルは「全面的基礎」の習得がスポーツ選手としての上達には欠かせないと言っています。
この「全面的基礎」とは「全面的運動能力」、分かりやすく表現すると「基礎的運動能力」です。
「運動スキル」と「スポーツスキル」の違い
↑「運動スキル」と「スポーツスキル」は違う
基礎的運動能力は「運動スキル」とも言えます。
似たような言葉に「スポーツスキル」がありますが、「運動スキル」と「スポーツスキル」の違いを理解できると、「スポーツをするとスポーツが下手になる」ことの意味をご理解いただけると思います。
まず「運動スキル」は「スポーツスキル」の基礎となります。したがってスポーツをする前に運動スキルの習得が必要となります。
端的に言うと、運動スキルをしっかりと習得しないままでスポーツをやっても、「なかなか上達しない」、「偏った身体・体力や技術になってしまう」場合があり、その結果「怪我や障害の恐れ」、さらには「スポーツが面白くなくなってしまう」といった可能性もあります。
↑基礎となる運動スキルの上にスポーツスキルが積み上がる
さらに「運動スキル」と「スポーツスキル」に関して詳しく説明をしましょう。
まず「運動スキル」の理解には言葉の整理が必要です。
「運動」とは「身体による活動」、「スキル」は「技能、上達した能力、個人の熟練により到達されるもの、勘やコツを含む」と定義づけされ、これらをまとめると「運動スキル」とは「身体活動のためのコツなどを含む熟達した能力」と言えます。
これは「身体操作性」とも言え、「自分の身体を操り、さまざまな運動を巧みにこなす技能」と説明できます。基本的な運動能力と言えばわかりやすいでしょうか?
これに対し「スポーツスキル」は「特定の競技に必要な技能」です。
例えばバレーボールのトス、バスケットボールのレイアップシュートなどがそれに当たります。
運動スキルとは?
「運動スキル」は具体的には、走る・跳ぶ・投げる・捕る・泳ぐ・蹴る・打つなどの基本的な運動です。
これらはラグビーボールを持ってのランや、野球のピッチングなどのスポーツ的な運動ではありません。あらゆるスポーツスキルの基礎となる基礎的運動です。
「ランもピッチングも走る・投げるといった運動スキルじゃないか!」という声が聞こえてきそうなので、「運動スキル」と「スポーツスキル」の違いについて、「ピッチング」を具体例にして説明しましょう。
ピッチングは「ピッチャーがバッターと対戦して投げる時のスキル」
↑ピッチングはピッチャー特有の動作
野球の「ピッチング」という動作。これはピッチャー特有の動作ですよね?
例えばキャッチャーが二塁へボールを投げることを「ピッチング」とは呼ばず、ピッチャーがゴロを捕球して一塁へ投げることもピッチングではありません。
つまりピッチングスキルは「ピッチャーがバッターと対戦して投げる時のスキル」です。
そこにはただボールを投げるのではなく、「バッターとの駆け引き」・「ストライクゾーンぎりぎりに投げるコントロール」・「キレのいい変化球」・「バッターのタイミングを外す変則投法」などの戦術が含まれます。
そのためこれはスポーツに必要なスキル、「スポーツスキル」となります。
これに対して運動スキルである「投げる」という運動は、野球に限らないボールなどを投げることと、それに類似した運動です。
↑ものを投げるための運動
運動スキルとスポーツスキルの違いがわかってきたでしょうか?
運動スキルの上にスポーツスキルが成り立つ
野茂投手のトルネード投法、あるいは渡辺俊介投手のようなサブマリン投法、最近ではヤクルトの小川投手がノーランライアン投手を真似た独特の投法を見せます。これらは運動スキルである「投げる」ことの基礎の上に成り立っている「スポーツスキル」です。
独特の投法を見せる3名の投手ですが、基礎となる投げ方は共通しています。例えば肘を肩よりも高い位置から投げたり、身体を捻って投げるための力を作ったり、しっかりとフォロースルーをしたり……など、これらはピッチング(スポーツスキル)だけではなく、基礎的な投げる運動(運動スキル)に共通しますよね?
↑投げるという動きの基礎は共通している
メジャーリーグのピッチャーも、高校野球やリトルリーグの選手であっても基礎である「投げる」という運動スキルがしっかりと備わっているために凄いピッチングができるのです。
運動スキルこそ重要
繰り返しますが、運動スキルはスポーツスキルの基礎です。
速く走れなければサッカーやラグビーなどでボールや相手を追いかけて走っても負けてしまいます。同じようにボールを投げられない、打つことが下手であれば、野球に限らずバスケットボール、ハンドボール、テニスやバドミントンのサーブやスマッシュ、バレーボールのアタックなどの類似した動きが上手にできません。
跳ぶことが苦手であったらサッカーのヘディング争いに勝てない、バスケットボールやバレーボールには不利、当然ながら陸上競技の跳躍系種目や器械体操はできなくなります。ボールを捕ることができなければ、ほとんどの球技を諦めることになります。このように運動スキルは非常に重要なものなのです。
↑得意な運動スキルにあわせてスポーツを選択することもアリ
運動スキルを教えてくれるスクールはない
では,これらの運動スキルはスポーツスクールやチームでは教えてもらえないのでしょうか?残念ながらスポーツスクールやチームではしっかりと運動スキルを指導してもらえません。
例えば、サッカースクールでボールを使わずに走る、跳ぶばかりの練習をしていたらサッカースクールとして成立するでしょうか?また、野球チームで投げる・捕るばかりの練習をしていても試合に勝てません。
以前、ジュニアユースの野球スクールに携わっていましたが、ボールを捕ることは非常に難しいスキルです。一週間に一度や週末のチーム練習だけで上手くなるものではありません。
さらに子どもの運動発達は個人差があります。覚えのいい子、時間をかけて練習をしないと習得できない子などさまざまですから日々の練習が必要です。
スクールなどは年間運営予定の問題もあり,すべての生徒が等しく上手になるように指導することは困難です。
多くのスポーツスクールに潜む問題
前回の記事でもご紹介したように、多くのスポーツスクールはゴールデンエイジ理論を誤って解釈しているために高度なスポーツスキルを教えるプログラムが中心となっています。
加えて指導者の多くがスポーツスキルを教えることには長けていますが、運動スキルの指導は経験が少ない指導員が多いように思えます。
↑多くのスクールがスポーツスキルのみを教える
また、サッカースクールでは施設やトレーニング時間など制限があり「走るトレーニングをしない」、「安全のためヘディングを禁止している」といったスクールもあり、ボールを高く蹴ること禁止しているため、高く上がったボール(野球で言うフライ)への対応ができない選手が増えていると聞きます。
スキルは「…勘やコツを含む…」と定義されているようにコツの習得が大事です。コツは「勘所」や「要領」、あるいは「キーポイント」と言い換えられ、それは全ての人が同じではありません。同じ運動を習得するにしても子どもによって,その習得ポイントが異なります。
要するに運動体験や、身体形態や体力などによって習得するための前提条件が違えば、その過程、そしてキーポイントも異なります。したがって個別的に異なるものを丁寧に教えることは困難です。これはさまざまな運動体験の中で培うしかありません。
トップレベルにも蔓延する「運動スキル」不足
現在、私が携わっているフィジカルトレーニング教室には、さまざまなスポーツをやっているジュニアユースの選手が通ってきています。
その中で特にサッカーをやっている子ども達にはスポーツ経験がサッカーしかない子どもが多く,サッカー以外のスキルや基礎体力が備わっていない場合が多いです。
リフティングやドリブルが上手くても......
↑運動スキルが不足すると
彼らはリフティングやドリブルは上手ですが、ボールを投げられない、捕れない、走るフォームが酷い、蹴り足側の筋力が弱い、常に前屈みでプレーするために猫背やへっぴり腰(及び腰)で身体背面が硬直している。さらに上半身の運動をしないため上半身の筋力が弱く、腕立て伏せはおろか、握力が学年平均の50%にも満たない選手もいます。
小学校にしてすでにサッカーしかできない身体形態や体力になっているのです。今後、中学校から高校とサッカーを続ける中で体力勝負やコンタクトを伴うサッカーになった場合,多くの選手が脱落することが考えられます。
要するに小学校レベルのサッカーでしか通用しないサッカー選手になってしまうということです。その後、他のスポーツに移ろうにも走れない、投げられない、捕れないでは競技転向も難しくなるでしょう......。
Jリーグにも基礎作りできていない選手が
Jリーグのフィジカルトレーニングコーチから聞いたことがあります。
Jリーグの選手でさえ猫背やへっぴり腰、身体剛性(身体に力を入れる)が低く、腹圧を高められないため高強度のフィジカルトレーニングをできない選手がいるそうです。
子どものころにさまざまな運動経験を通して基礎作りができていないことが要因であると言われていました。
目指せ「スポーツ万能」
↑いろいろな運動が子どもの未来をつくる
これまでにあげた事例は、低年齢でスポーツを始めたことよって起こっている問題です。
運動学習的視点、運動能力養成という側面からは、特定のスポーツに絞って低年齢時に始めることは決していいことではありません。
重要なのはいろいろな運動(スポーツではなく)を偏りなく経験し、自分の身体を自分のものとして操作できる能力を培うことです。
特定のスポーツスキルが上達することが優れた運動能力ではありません。運動スキルを高め、死語になりつつある「スポーツ万能」になることこそが、子ども達の未来を育むための指針なのです。