☆ピンチはチャンスの顔をしている。
私は、渡りに船と転職しました。
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「どこよりも優遇する」‥その言葉を100%信じて転職したのでした。しかも、その会社は業界№1の技術力を誇ると評判の会社だったのです。
○裏と表.
憧れてさらに転職した会社、それはバラ色の環境ではありませんでした。
驚いたことに、どこよりも劣悪な職場環境であり、どこよりも安月給でした。
朝7時に家を出て、帰宅するのは深夜です。
場合によっては、終電に間に合わず、事務所にごろ寝。
過去のどの労働よりきつく、しかも驚くほどの安月給でした。
入社前までは優しい笑顔で接してくれていたのに、入社したとたんに冷徹な反応に変わりました。職場の人々は、上を恐る恐る見上げ、思っていることと言っていることが違うのです。
職場には保身が充満し、戦々恐々としているのです。
顧客への顔と、内部に対する顔との相違があまりにも違っていて、まるで仮面をかぶったような会社でした。
私は1ヵ月後にはすっかり意気消沈してしまいました。
○坂を転げ落ちる.
この悲惨な状況の中、同じような境遇の職場の先輩が私に声をかけてくれました。喫茶店で、先輩は言うのです。
「この会社には将来がない。ビジネスはうまいが社員に還元しない。
どうだろう、菊川さん、俺と一緒に会社をやらないか」
私は再び、渡りに船と思い、その話に乗ったのです。
私は特殊技術を持っていましたから、その技術を生かして会社を持ち、先輩はその会社に仕事を回して利益を折半するという話し合いになりました。
私は先に会社を辞め、会社を立ち上げる準備をしていました。
しかし、その先輩はなかなか元の会社を辞めないのです。
これでは私は収入が得られませんし、もうすっかりくたびれ果てていましたから、この独立開業も叶わぬ夢と気付きました。
このように私は、チャンスを掴んでチャレンジしたことごとくが失敗したのです。
問題は仕事だけではありませんでした。
この転職の渦中で、私の奥さんが家出をしてしまったのです。
転職を重ねるたびに給与は減り、もがく姿に愛想を尽かしたのでしょう。
私は仕事と家庭の崩壊の中、生まれて初めての100万遍唱題をしました。
しかし、全ては崩壊に向かって行きました。
○妻の蒸発.
私が必死で仕事と格闘しているとき、家庭が崩壊したことは致命傷になりました。
転職した夢の会社に花園はなく、荒涼とした砂漠でした。
あらゆる会社が諸問題をたくさん抱えていました。
その中で、「どこよりも優遇する」と声をかけてきた業界屈指の技術力の会社(そのように見せていただけ)はもっとも劣悪でした。
給与は稼げない。焦りました。とにかく浮上するためにもがいたのです。
その苦難の中で妻に言われた言葉は、「仕事きちがい」でした。
奥さんは蒸発し、私は転職を繰り返しながら必死でお題目を唱えました。
5カ月で100万遍を唱え、がりがりに痩せて‥
そうして、一切を失ったのです。
60㎏近くあった体重は50㎏を切りました。
食事もとれず、眠れない日々‥
天国と信じて歩んだ道は、地獄行きの道だったのです。
その中でも、私は生きなければならなかった。負けるわけにいかなかった。
このような地獄の底で、私は4度目の転職をしました。
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