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死に直面して変わった仕事への思い~50歳の体験

2016年8月23日(火)

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 50歳の誕生日を終えて間もなくのころだった。当時、私はある事業部の事業部長を務めていた。事業部として利益は出していたものの品質問題を抱えており、その対応に追われていた。それも一段落ついて、いよいよお客様に再購入をお願いしようとしていた矢先のことだった。

 数日前から高熱が出て、会社の診療所でもらった風邪薬を飲みながら出張などをこなしていた。しかし、症状が一向に良くならず、ついに2日ほど会社を休むことになった。会社員生活で体調不良で会社を休んだのは、この時が初めてだった。2日目の夕方、トイレに行こうとドアを開けようとしたところまでは記憶にあるが、その直後、意識不明に陥ってしまった。後でわかったのだが、昏睡状態は30時間ほど続いたらしい。

 以下は、元気になってから、妻から聞いた話である。私が倒れたとき、妻はとっさに只事ではないと感じ、直ちに119番に電話をし「近くの病院に」と頼んだのだが、症状を重く見た救急救命士は、少し遠いが大学病院に搬送することにした。こうして集中治療室に入れられた。妻は担当医から、「どうも髄膜炎と思われるが、かなり危険な状態です」と説明された。医師はさらに、この病気は致死率が30%位であること、一両日中がヤマであること、親族などがいれば呼んでおいた方がよいこと、などの話もした。妻は、致死率30%ということは、70%は大丈夫なのだから、先ずは一安心と思い、すべては明朝になってからにしようと、危篤状態の私を集中治療室に残したまま、「お見舞いは午後8時迄」の注意書きに従い自宅に帰ってしまった。

 この時医師が説明したように、「髄膜炎」とは発熱や頭痛など風邪に似た症状を示すのだが、重症になると意識障害や痙攣などを起こし、命にかかわることもある病気である。中でも私の場合は細菌性髄膜炎で重症化しやすいものだった。自分が罹患してから20年以上経った今でも、致死率は約19%と言われ、5人に1人は亡くなるほどの危険な病気なのである。

 翌朝、担当医が病室に入ったところ、家族が一人もいないことに気づいたらしい。後刻来院した妻に、危篤の患者の付き添いは注意書きには従わなくてよいことや、致死率30%の恐ろしさを改めて説明した上で、「ご主人は死ぬか生きるかどちらに行ってもおかしくない状態なのです。まずは意識が戻ることが大切です。それには血のつながった家族(従って妻では効果がない?)の呼びかけが一番です。」と丁寧に説明してくれた。妻は慌てて娘たちを呼び寄せた。私が見知らぬ部屋に横たわり、心配げに私をのぞき込む家族の顔が並んでいることに気付いたのは、緊急入院して2日目の夜であった。

 私の意識が戻ると、医師は私に自分の名前、生年月日といった人定質問のほか、ここはどこか、今日の日付は――などの質問を矢継早に投げかけてきた。私は割とスラスラ答えたようで、案外「まとも」だったと妻は言う。しかし日付は丸1日ズレていた。自分はトイレのドアの前で倒れ、気が付いてみれば病室に横たわっていたわけで、意識がなくなっていた30時間、もし「あの世」の淵をさまよっていたのだとすると、あの世は実にあっさりとドアを開ければ行けるところだったのである。

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「死に直面して変わった仕事への思い~50歳の体験」の著者

中鉢 良治

中鉢 良治(ちゅうばち・りょうじ)

産業技術総合研究所理事長

1977年、東北大学大学院工学研究科博士課程修了。同年、ソニー入社。2005年、同社取締役代表執行役社長に就任。2013年より現職。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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