リオ五輪閉幕 懸念乗り越え歴史刻む
約1万人が技と力と美を競ったリオデジャネイロ五輪が終わった。約8万5000人を投入した厳戒警備体制下、最大の懸念だったテロは封じ込まれ、大きな混乱もなかった。南米初の「スポーツと平和の祭典」は五輪の歴史に刻まれた。
政治不安と経済危機を抱え、開幕前はブラジル国民の支持も低かった。だが、大会が始まると結束し、成功につなげた。費用を抑えた開会式のやり方など次期開催都市の東京が学ぶことは多いはずだ。
改めて日本選手団の健闘をたたえたい。後半に入っても活躍は続き、金12、銀8、銅21の計41個のメダルを獲得した。金は目標の14個には届かなかったが、総メダル数は過去最多だった前回ロンドン大会の38個を超え、国別では7位につけた。
レスリングの伊調馨選手は4連覇を達成した。女子個人種目では全競技を通じて史上初の快挙だった。陸上は男子400メートルリレーで初の銀メダルに輝いた。100メートルで9秒台も決勝進出者もいないが、バトンの巧みな受け渡しでジャマイカに迫り、米国より先着した。
ロシアによる組織的ドーピング(禁止薬物使用)が影を落とした大会だった。ロシアは陸上と重量挙げを中心に100人以上の出場が認められなかったにもかかわらず、国別では4位となる56個のメダルを獲得した。だが、選手たちは競技会場で観客のブーイングに迎えられた。
開幕後に一転、出場が認められ、銀メダルを獲得した競泳の女子選手には記者会見でドーピングに関する質問が相次いだ。優勝した米国の選手は「薬物に頼らずとも、努力で1位になれることを証明できてよかった」と皮肉たっぷりに語った。
ブーイングは過去にドーピング違反歴がある米国の陸上選手にも向けられた。観戦マナーとしては感心しないが、観客がスポーツの根幹となる公正、公平さを損なうドーピングに嫌悪感を持っている証拠だ。
日本は五輪では一度も違反者を出したことがなく、「世界で最もクリーンな国」との評価がある。次期開催国として、アンチドーピングへの取り組みを先導する役割を果たさなければならない。
今大会が最後の五輪となる2人のスーパースターに触れておきたい。
陸上のウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)は3大会連続の3冠(100メートル、200メートル、400メートルリレー)を達成した。競泳のマイケル・フェルプス選手(米国)は今大会で5個の金メダルを加え、通算獲得金メダル数を23個に伸ばした。全競技を通じて歴代最多記録だ。
2人の名前は大会とともにリオの人たちの記憶に残るだろう。