英国による欧州連合(EU)からの離脱決定は、多くの経済部門に試練をもたらしている。だが、今後数年間、同国の農家ほどプレッシャーを感じている人々はそういないだろう。
英国の農業部門は何十年もの間、EUの「共通農業政策(CAP)」の下で気前の良い補助金を受け取ってきた。昨年CAPで英国に支払われた金額は総額約30億ポンドで、これは農家の収入の55%にあたる。英国がEUを離脱すれば、こうした補助金は打ち切られ、同国中の事業主が危機にさらされる恐れがある。
メイ新政権はこの影響を認識している。ハモンド財務相は今月初め、EUとの関係を再定義するこれから2020年までの間にEUからの農業補助金が減らされた場合は、そのすべてを財務省が補填すると発表した。
だが、ハモンド氏の提案は短期的な一時しのぎにすぎない。農家にとって20年以降の展望は非常に不透明なままであり、メイ氏と閣僚らはポストCAP時代に農業部門への支援をどう見直すかについて取り組む必要がある。
自由市場の推進者の中には、英国のCAP離脱は、農業補助金の削減あるいは廃止をも一気に押し進める絶好の機会だとみる向きもある。こうした人々の主張では、CAPは生産量に基づいて農家への助成金を決めるため、(市場を)大きくゆがめてきたという。その結果、同国の農家はすすんで技術革新を行わなくなり、農業生産性で米国などに大きく後れを取っている。
また、補助金の大幅削減を支持する人々も、EU加盟国以外の国と新たな貿易協定を結ぶためにはそれが必須条件だと考えている。EUは、EU以外の国に対して関税障壁を設ける一方で加盟国の農家には補助金を出すなど、あまりにも深く農業保護主義に関わっているため、長く発展途上国と貿易協定を結びにくい状況になっている。英国が異なるアプローチを取り、例えば、旧植民地などの英連邦諸国が食料を同国に輸出できるよう市場を開放すれば、サービスの販売を模索する英国企業は新たな市場にアクセスする非常に大きな機会が得られるだろう。
だが、政治家は慎重に歩みを進めるべきだ。強い国内農業部門を維持することは国益であり、政府は食料安全保障をリスクにさらすべきではない。農業は先行き不透明な職業であり、気候変動でその困難さは増している。それがEU内外の先進国の大半が農業部門への公的資金投入を続けている理由だ。
英国の進むべき道は、CAPに代わる、より賢明かつ革新的な公的支援制度を確立することだ。英国は、食料生産に対する補助金ではなく、それよりもさらに具体的で直接的な支援制度の導入を検討すべきだ。例えば、英国政府は今後、特定の環境問題への取り組みや、研修や技術向上の取り組み、生産性を高める研究開発プロジェクトへの投資などでの農家支援により一層力を入れるべきだ。
英国の農業は新たな厳しい時代に差し掛かっている。同国の農家は長い間、自由な往来が可能な安い欧州の労働力や、大陸の消費者に対する直接のアクセス、EUによる気前の良い補助金などで栄えてきた。皮肉にも農村地帯の有権者の多くが支持した英国のEU離脱は、この事業モデルを危うくしている。英国でCAP体制が終わることは何ら悪いことではない。だが、閣僚は、英国の農業部門がEU離脱後のすばらしい新世界で生き残るために必要な支援を確実に受けられるようにしなければならない。
(2016年8月22日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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