編集者“爆笑”のエロス
――太平洋戦争開戦前夜の帝都・東京を舞台とする本作『伯爵夫人』。旧制高校に通う二朗が、自宅に仮住まいしている謎の女性・伯爵夫人とともに過ごした奇妙な半日が描かれます。重大な機密に関わっているらしい伯爵夫人の過去、そして彼女と二朗との関係が明かされていく、サスペンスです。
執筆の契機のひとつとなったのは、昨年、ジャズ評論家の瀬川昌久さんと対談した際にお聞きした話です。
瀬川さんは真珠湾攻撃の日の夜、自室でトミー・ドーシー楽団の『愛のカクテル』のレコードをかけていたところ、ご両親から「今晩だけはおやめなさい。世間の体裁もあるから」と窘められた。しかし、彼がジャズを聴かなかったのはその日だけで、その後は戦争中もずっと聴いていたそうです。
現代を生きる私たちはともすると、戦前・戦中を「暗かった」と考えがちですが、実際は瀬川さんのように、アメリカ文化を楽しんでいた人は少なからずいたのです。そうした戦前の明るさをエンタテインメントとして書きたいと思いました。
私の戦前の記憶も織り込んでいます。作中、「伊勢忠」という魚屋が出てきますが、この店は実際、赤坂にあったもの。二朗の友人・濱尾の家にいる枕崎出身の女中は、かつて私の家にいた女中が枕崎出身だったことを思い出して登場させました。
――本作では、二朗が伯爵夫人に射精させられたり、「金玉潰しのお龍」や「魔羅切りのお仙」が登場したりと、ポルノ的な場面が頻出します。しかし、彼女たちの口からあふれ出る露骨に猥褻な言葉はカラッとしており、思わず笑ってしまうシーンもたくさんありました。
こうした場面を盛り込んだ理由のひとつは中上健次です。私は中上を高く評価していますが、彼がそうしたシーンを「二人は性交した」で終わらせることを惜しいと思っていました。時代も変わったことですし、「性交」の二文字をひたすら豊かにし、それだけを数ページにわたって書くことを試みたのです。
笑われる方もいるかなとは予想していました。原稿をお渡しした編集の方も、新幹線の中で原稿を読み、周囲が振り返るほど馬鹿笑いをされたそうです。爛れた小説というよりは、笑劇として読んでいただけるとありがたいです。