2016年J1セカンドステージ第9節 浦和レッズ対川崎フロンターレ レビュー「ミラーゲームで起きた”間違い”を探せ」
2016年Jリーグセカンドステージ第9節、浦和レッズ対川崎フロンターレは2-1で川崎フロンターレが勝ちました。
中村が仕掛けた駆け引き
この試合で興味深かったのは、中村と中野のポジショニングでした。中村は守備の時は、FWの左サイドに位置していました。しかし、攻撃の時はするすると中央に動き、エドゥアルド・ネット、大島の前にまで移動します。浦和レッズは、川崎フロンターレが3-4-3でスタートしていると思っているので、同じフォーメーションで戦っていると思っていたはずです。大久保には那須、小林には槙野、といった具合に、フォーメーションが同じ(なはず)なので、FWの他の2人にはマンツーマンでマークがついています。そう考えると、森脇が中村をマークするのが自然です。
ところが、中村は浦和レッズの思惑を逆手にとってみせます。森脇がどこまでついてくるか試すように、左から少しずつ少しずつ中央に移動し、森脇のポジションを移動させます。森脇は中村のマークをしたくないのですが、中村のマークを外すと、エドゥアルド・ネットと大島をマークしている柏木と阿部が中村もマークしなければならず、中盤の中央のエリアで浦和レッズとすると、数的不利な局面が生じてしまいます。そして、中村が移動したポジションには、中野が左サイドから中央に入ってボールを受けようとします。中野の動きによって、さらに浦和レッズとしては、中央で数的不利な状況に陥りました。
浦和レッズは、今まで川崎フロンターレのボランチに対して、阿部と柏木が素早く守備をして、自由にプレーさせないようにしていました。ところが、中村が中央に移動したことで、川崎フロンターレの中央の選手間の距離が縮まり、大久保とボランチとの距離が遠いという、前節まで生じていた問題も解決してみせました。
決まったことが得意な相手には、ルール外の事をさせればいい
もちろん、この戦い方はリスクがあります。中村も中野も中央に移動するので、右サイドの駒井への守備が遅れます。また、川崎フロンターレは大久保、中村、小林といった選手は守備時に自陣深くまで戻さず、前に残すという選択をします。したがって、前半は森脇が何度もフリーになり、中野は1人で森脇と駒井の2人をみなければなりませんでした。本当に大変だったと思います。
ただ、浦和レッズの同点ゴールの後、風間監督は中村を呼んで、何やら指示を与えます。風間監督が与えた指示は、たぶん2つ。1つ目は、攻撃の時にもっとエドゥアルド・ネットと大島の近くでプレーするようするということ。2つ目は、那須から森脇へのパスコースをきっちり切るように、ということだったのではないかと想像します。この指示の後、中村の動きはより自由度を増し、川崎フロンターレがボールを持った時、様々な局面に顔を出し、ボールを受けるようになります。そして、森脇へのパスコースを限定するようになって、森脇の攻撃参加が減り始めました。
浦和レッズのように、場所、人といった決められたルールを守ることが定められているチームと戦うとき、相手が決められたルールを破らないと対応出来ない局面を作り出すと、相手は上手く対応できない事があります。ルールを守る事が「正しい」という感覚でプレーしていると、実際に起こっている問題に対応するために、ルールを破ることが正解だとしても、対応出来ないことがあるからです。これは、日本のチームにありがちな事象ですし、ルールを守ることが良いことだという論調はサッカー解説者やジャーナリストにもいます。むしろ、頭で考えがちなジャーナリストほど、フォーメーションやルールにとらわれがちな気がします。
試合を動かす「さすらい人」
余談ですが、僕はこの試合の中村のように、わざと自分の守備する時のポジションから移動して、攻撃を仕掛ける選手のことは、今まであまり好きではありませんでした。ところが、アレックス・ファーガソンの「人を動かす」という本を読んで、考えが変わりました。アレックス・ファーガソンはこんな事を語っています。
ピッチ上の「さすらい人」は、スペインや南米では背番号10を着けていることが多い。彼らは中盤と前線の間をふらふらとさまよい、中盤に引いても右へ左へと予測不可能な動きをする。ダビド・シルバも、バレンシアCF時代からこの役割を任されていた。こういったタイプの選手はポジションにとらわれず、味方がボールを持った時に備えて体力を温存する。1つのエリアに留まらず、ピッチのどこへでも顔を出す。「さすらい人」を相手にする時は、一瞬の油断も許されなかった。
この試合の中村は、間違いなく「さすらい人」でした。確かに、守備の時の問題はあったかもしれません。ただ、サッカーはポジションを守っていれば正解という競技ではありません。ゴールを相手より多く挙げたチームが勝つスポーツです。だからこそ、意図的に位置を崩し、相手の形を崩し、相手の守備を思い通りにさせないことで、相手の攻撃も崩してしまう。これが「相手を見て戦う」という事です。
サッカーが好きな人は、ゾーンディフェンスの有効性や、ポジションをきちんと守ることの有効性について語ります。ただ、相手を見て「守らなくてもよい」という選択をして、試合に勝てれば、それも正解です。ポジションを守ったことで、相手よりゴールが奪えなければ、それは失敗かもしれません。1対2になっても、守りきれれば正解です。原理原則を理解していない人が多いというのは問題ですが、原理原則を理解していれば、この試合の中村のように、応用も効くということなのです。
相手を「動かせる」ボランチになった大島
この試合で中村が自由にプレー出来たのは、大島がいるからです。川崎フロンターレの攻撃は、大島とエドゥアルド・ネットの2人が仕切ってみせました。2人は縦パスを出すふりをして出さない、横パスを交換しながら、相手の守備を動かすといった、一見すると効果が分かりづらい「遊び球」を駆使して、浦和レッズの守備に揺さぶりをかけました。
浦和レッズの守備は、ボールの受け手に対して素早くアプローチしようとしていたので、相手が動いたタイミングを見計らって動けば、ボールが受けられる状態にありました。相手が動かなければ自分たちで動かなければ崩せませんが、相手が動いてくれるので、相手が空けた場所に動けば、比較的に楽にフリーになることが出来ました。この試合を観ると、川崎フロンターレの選手たちはあまり「受ける」動きを大げさにやってはいないかもしれませんが、それは浦和レッズが「動いている」からなのです。相手の動きを上手く利用し、タイミングを外し、ボールを受ける。前半は苦労していましたが、後半の10分過ぎからは、試合をコントロールすることに成功しました。
大島は、パスの方向、タイミングといったプレーから、意図がよく伝わってくるようになりました。そして、ミスがほとんどありません。もともとボールを扱う技術に優れていたのですが、判断のミスがほとんどなくなり、技術を上手く活かせるようになりました。オリンピックの経験もあり、たぶん浦和レッズの守備のプレッシャーをほとんど感じていなかったはずです。
勝つために個人個人が戦えるチームになった
日本には、これまで「パスだけ」「守備だけ」「ボールを運ぶだけ」というボランチはいました。遠藤はパスが上手いですが、他の2つはあまり上手いとは言えません。長谷部は守備とボールを運ぶのは上手いですが、パスは上手くありません(ヨーロッパでボランチで起用されない理由はこれです)。大島はボールを奪う技術も高まり、パスも上手くなった結果、パスも、守備も、ボールを運ぶことも出来るようになり、いよいよJリーグを代表する選手、そして日本代表に選ばれるにふさわしい選手へと成長したと思います。
この試合は、チーム全員がよく戦っていました。1対2の局面で相手に仕事をさせなかったエウシーニョ、相手のシュートミスを誘い続けたチョン・ソンリョン、相手のクロスを弾き返し続けた谷口など、チーム全員がやるべきことをきちんとやった結果が、勝利につながったのだと思います。相手に勝つにはどうしたらよいか。チーム全員がやるべきことをきちんとやり、相手を見て戦える。そんなチームになったのだと、つくづく感じました。時間はかかりましたが、こういう試合でも勝てるのが、強いチームです。
浦和レッズに勝ったからこそ、大切なのは次の試合です。次の試合は柏レイソル戦。決して楽に戦える相手ではありません。どんな試合をするのか、楽しみです。