「パワハラ」といえば、職場内の優位性を背景にした上司から部下への嫌がらせなどが一般的ですが、職場の状況によっては部下が上司に嫌がらせをする「逆パワハラ」も起こりえます。実際、そうした状況に陥った会社の事例と解決策を特定社会保険労務士の井寄奈美さんが解説します。
◇人事に振り回された事務職社員の「逆パワハラ」?
ある専門商社の子会社に、実質的に営業部の管理業務を仕切る社歴25年の女性社員Aさんがいました。Aさんは、一般職として専門商社に入社し、数年後、子会社に転籍しました。その際、当時の上司BさんがAさんを総合職に転換させました。それが、一般職で唯一転籍を命じられたAさんへの説得材料でした。
転籍したとき、子会社には営業で外回りなどをする総合職の女性社員はおらず、結局、Aさんは一般職と同じ内勤事務を担当することになりました。その後、業績が低迷した子会社は、人件費削減のために事務を契約社員や派遣社員に担当させるようになり、総合職の給与体系が適用されるAさんの処遇が問題になりました。
今さら、Aさんに総合職として外勤の営業を担当させるわけにもいきません。そこで、「昇格させないこと」で昇給を最小限に抑える方法がとられ、親会社から出向した代々の管理職に引き継がれてきました。
Aさんは、昇格もせず役職にも付かないことに不満を抱き、それを逆手にとるようになりました。業務改善などを命じられても「それは私の仕事ではありませんから」と積極的に関与しないようになったのです。上司から部下ではなく、部下から上司への言わば「逆パワハラ」のような状況になりました。
そればかりではなく、他の女性社員も、数年で親会社に戻る管理職よりもAさんの指示を優先したそうです。皆がAさんの顔色をうかがいながら仕事をするようになってしまったのです。
◇当時の上司の安易な対応が問題をこじらせた
そうした状況で、子会社の業績立て直しを命じられた管理職Cさんが親会社から出向してきました。Cさんは着任早々、Aさんの処遇問題に対応しました。
Cさんは、本社人事部と相談した上でAさんと面談しました。そして、「Aさんの担当業務は派遣社員や契約社員がこなしている。総合職であれば外勤の営業を担当してもらいたい。内勤を希望する場合は一般職に転換してもらいたい」と伝えました。
Aさんは、すごいけんまくでこう言い返したそうです。
「私はそもそも一般職として本社勤務を希望して入社しました。会社の都合で子会社に転籍させられたのです。当時、同期の女性社員は本社に残りました。私を総合職に転換してくれた上司Bさんからは、内勤事務のままでいいと言われました。25年以上事務をやってきたのに今さら納得できません」
転籍当時の上司Bさんは、本社の上席役員になっていました。面談後すぐに、BさんからCさんに連絡がありました。「Aさんの処遇についてはこれまで通りで何とかならないか」とのことでした。AさんからBさんに直接、相談があったのです。
実はこれまでも、管理職からAさんに処遇変更の打診をしたことがありました。しかし、そのたびにAさんがBさんに相談し、Bさんから管理職に処遇を変更しないよう指示が出ていたのです。
Aさんの転籍当時、その会社の女性社員の平均在籍年数は5年程度でした。Bさんは総合職に転換しても「辞めるまでの数年のこと」と考えていたそうです。Aさんに転籍を納得してもらうための安易な対応であり、結果的にそれがAさんの処遇問題を引き起こしてしまったのでした。
◇しかるべきポジションで能力を発揮してもらうことに
結局、会社は逆の対策を取りました。Aさんに役職をつけ、事務のとりまとめを任せたのです。役職と給料に見合った業務を担当してもらい、より積極的に部署の運営に携わってもらいました。もともとAさんの処理能力は高く、会社の業績に良い影響を与えました。
子会社がいくつもあるような大企業では、本社から管理職が異動してきては去っていきますが、子会社採用の部下の実務担当者は長年、同じ部署で同様の業務を担当し続けるケースもあります。管理職に積極的に協力せず、むしろ嫌がらせをする部下もいるかもしれません。Aさんのように管理職よりも社歴が長かったり、経営幹部と直接つながりを持っていたりする場合もあるでしょう。
そうした部下を「扱いにくいから」と冷遇したり、見て見ぬふりをしたりしていては職場の運営に支障を来す可能性もあります。部下の不満を聞き出して解消し、しかるべきポジションで能力を発揮してもらえる環境を整えることが、「逆パワハラ」の防止につながるでしょう。