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Outward Matrix

戦略コンサルタントのブログ。コンサルティング業務、英語、戦略策定、採用、育成等について書いています。

部下に信頼されるための4つの方法を整理しておく

おススメ本

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こんにちは、Shin(@Speedque01)です。ぼくは社会人になりたてのころは自分のあまりの能力の低さに夜も眠れないほど悩んでいました。

そのときのことについては、下記の記事で書いています。

そんなこんなで半泣きになりながらなんとかこなしていき、悪夢のような時期を何とか乗り越えました。なんとか一人で上司の指示を汲み取ったり、クライアントに満足してもらえるような動きができるようになり、ほっと一安心・・・したのもつかの間、次の難関が降ってきました。そう、部下の育成です。

部下がついた経験がある人には共感していただけると思いますが、自分自身で仕事をこなしていくのとはまた違った難しさ、悩みがあります。部下を見ていて、「自分だったらこうするのに」「ぼくが1年目のときはもっともっと苦労したぞ」などなどと思ってしまうこともなかったといえばウソになります。

しかし、そこで「死ぬほど働いてこそ成長できる」「こんなこともできないんだったらやめてしまえ」というようなことを言う上司には、ぼくは決してなりたくなかったのです。なぜなら、ぼく自身そのようなことをいわれた中で必死に働いた経験があり、そこで一歩間違えたら社会人人生が終わっていた危険性があったからです。

トイアンナさんのすばらしい記事を拝見しました。
社会の底辺から階層を上ると、努力しない底辺が許せなくなる - トイアンナのぐだぐだ

努力は無駄と言いたいのではない。たとえば中学受験で努力したのは私だ。繰り上がりの足し算すら嫌いなのに中学受験を乗り越えた。当時の自分に会えたら思い切り褒めてあげたい。けれど私立中学が近隣にあったことや、進学費用があったことは?

初恋の子は今も人とうまく話せない。中学校へ通っていないので学力は小卒レベル。今から高認を受けるにせよ死ぬほど忍耐が必要となる。彼女と私を分けたのは努力ではなく運だろう。

努力は運をつかむための入場券のようなものだ。努力なしに結果は手に入らない。だが努力する力すら奪われている人を罵倒しても何も生まれない。彼らを責めても、かつての自分を傷つけるだけだ。

もしあなたが、自分の運命は努力で変えられると思うなら、その感覚は生存者バイアスの始まりである。自分の人生はある程度変えられる。けれど結果にはいつも、周囲の人や運が必要で、それを持っていない人もたくさんいるのだ。 

これは非常に頷けました。

ぼく自身はある程度厳しい環境でなんとか生き抜いてこれたからいいものの、少し歯車が違っていたら、体や心を壊していたかもしれません。そうならなかったのは、「単に運が良かった」というそれだけなのです。

だからこそ、ぼくは部下を無理やり働かせたり、ネチネチした精神攻撃で追い詰めたりしたくはなかった。そんなことをしたら、その部下やその部下の友人、両親、恋人、さらには半泣きになりながらも運良く生き延びることができた過去の自分に顔向けができません。

・・・とはいえ。部下をほうっておくこともまたできません。コンサルティングファームはそこまで人をたくさん採るわけではないので、一人にかかる負荷はそれなりに大きい。新人であれなんであれ、なるべく早く一人前になってもらわなければ困ることもまた確かなのです。

具体的にどのようなスキルを教えているかについては、下記の記事で紹介をしています。

しかしながら、その前段階として「部下といい関係を築く」ということができていないと、いくらこちらがいろいろ教え込もうとしても、まったく意味がありません。

そういうときには、もちろん上司のアドバイスも受けていましたが、「ゼロ秒思考」で有名な赤羽氏の著書「世界基準の上司」が非常に参考になりました。

今日はこの「世界基準の上司」から、「部下に信頼される」という章を中心にご紹介しますね。
※ゼロ秒思考については、下記で詳しく書いているので、よければあわせてお読みください!

話をしっかり聞く

部下に信頼される最も簡単で確実な方法がある。部下の話をしっかり聞くことだ。ほとんどの上司が部下の話の腰を折ったり、早わかりしたり、そもそも話をいっさい聞かなかったりする。

したがって、部下の話を聞こうとする姿勢をきちんと持つだけで、部下の上司を見る目が大きく変わる。簡単なことであり、自分がそう決めれば、今すぐ確実にできる。

部下の話を聞く時間がないとこぼす上司がいるが、大した時間ではないし、かえって時間の無駄遣いをしている。部下の話を聞かず、信頼を得られていないと、コミュニケーションがきちんとできない。仕事は当然うまく進まない。そうすると、悪循環で部下をくどくどと叱責したり、途中から挽回のための方向修正をしたりで、膨大な時間を浪費している。

したがって、最初から部下の話を聞き、状況をよく把握して、チームとしての生産性を上げれば、部下の話を聞く時間が取れない、という状況に陥らない。組織がうまく回り始めると、上司としてはむしろ暇になるくらいだ。暇になるので、三歩先、五歩先のことを考える余裕が生まれる。

今までぼくが下についた上司を思い返してみても、「この人にならついていきたいな」というように思えた人は、みんなちゃんとぼくの話を聞いてくれました。逆に「この人と働くのはつらすぎる・・・」と思ったのは、話を聞くどころか「話しかけるんじゃねえ」オーラが出ていたり、いつも舌打ちをしたりしている上司でしたね。

部下とうまくコミュニケーションが取れていないと、彼らがやっていることを把握できず、知らぬ間にヤバい状況に陥ってしまいます。日ごろから気軽に話しかけ、悩みがあればいつでも相談できるような雰囲気を醸成しておく、そうすることで部下も働きやすくなりますし、プロジェクト全体の成果も上がりやすくなるでしょう。

ぼくも自分から積極的に話しかけにいったり、「何か気になること、質問があればいつでも来てね」とは言っていますが、忙しくなって自分に余裕がなくなると、話しかけづらいオーラを出しているときもあるような気がします。反省。

裏表のない態度を取る

部下の信頼を得るには、話を聞くだけでは不十分だ。話をしっかり聞くことで第一関門は突破するが、部下は、上司のその後の態度の変化をじっと観察している。少しでもぶれがあると、最初の印象をすぐ修正し、「態度が変わったぞ。ちょっと気をつけよう」となる。

裏表があるというのは、自分の上司にはへいこらし、部下には厳しくあたるとか、お気に入りの部下にはやさしく接し、それ以外の部下には厳しくあたったり意地悪をしたり……とかだ。あるいは、明らかに心で思っているのと違う態度で人に接していると、「裏表がある」と思われる。本人はうまく使い分けうまく隠せているつもりでも、周囲には完全にばれている。

感情的な上司は、部下から見て非常に扱いにくい。いつも通りのコミュニケーションをしているだけで叱られたり、同じ書類の作り方に対してけちをつけられたりする。触らぬ神に祟りなしということで、上司との距離を置くことになる。

感情的な上司は子どもだなと思われ、リーダーシップに大きく傷がつく。「感情的になるならどこかよそでやってほしい。会社で出すのはやめてほしい」と部下なら思う。

したがって、本気で成果を出そうと思うのであれば、間違っても部下に感情をぶつけないようにしなければならない。部下から見て安心できる上司になる努力が必要だ。

「感情的になるのは人だからしょうがない」「感情がなくなったら面白みがない」と訳知り顔で言う人がいるがこれはおかしな話だと思う。そういう人は自分の上司に感情をぶつけるだろうか。そんなことは多分しない。不適切であり自分にとって損になると知っているからだ。上司に対してはコントロールできる。それなのに部下にはぶつけていいという話は全くない。ただのわがままだ。

特に、「感情がなくなったら面白みがない」という言い方は、雑な表現だし詭弁と言ってもいい。誰にでも感情があるのが当然だが、その感情とここで言う「感情的」という言葉は全く別物だ。「感情的」とは、自分でコントロールしない感情を人にぶつけることであり、周りは非常に迷惑する。

感情的になって部下に感情をぶつけることはしなくても、「一人で落ち込んでしまう上司」「過剰に盛り上がって騒がしい上司」も部下からはけっこう面倒くさいと思われる。前者は、一々、フォローしなければもっと落ち込み、あやさなければならなくなる。後者はあれこれ合わせるのが面倒だし、しょっちゅうだと不愉快になる。どちらにしても、「この人は子どもだ」と思われ、疎んじられる。

ぼくの経験則ですが、女性はどうしても感情をぶつけがちな人が多いな・・・と感じます。(当たり前ですが、男性でもそういう人はいますし、女性でも常に冷静沈着な人はいますよ。)

仕事をしていて、「なんなんだよいったい!」「こいつ本当にもういい加減にしろ」と思うことは良くあります。しかし、それをいちいち態度や言葉に出して、何かいいことがあるのでしょうか。

すぐ感情的になって人を攻撃したりブツブツ文句を言い続ける人がいますが、正直そういう人と一緒に働きたくはありません。何か想定外のことが起こったときでも、「おーまじかー笑」ぐらいのノリで受け止め、原因分析、打ち手の実行ができるぐらいの器は持っておきたいところですね。

自分の仕事やプライベートでイヤなことがあったとき、その捌け口として部下に当たるような上司は最悪です。気持ちはわからなくはないですが、そんなことを毎回していたら誰もついてこなくなります。仮にも上司となったのであれば、気分で態度や言動を変えることは厳に慎まなければなりません。

首尾一貫した言動

部下の話を聞き、裏表のない感情的でない態度で接していても、部下からの信頼は、その後の言動の積み重ねがあって初めて得られる。

話をしっかり聞いてくれて、「あ、今度の上司は少し違うぞ」と思ってもらい、裏表がなく感情的でない態度でやや信頼を勝ち得たとして、本当の信頼を得るには、その後の言動が常に首尾一貫しており、裏表がなく、上司にこびることなく、好き嫌いをすることなく、組織をリードして大きな成果を出すことが何回か続くことが必要だ。

人間的にいかに信頼できても、あまり有能でないと思われたら、「いい上司なんだけど」「応援したいけれど、頼りない」となってしまい、完全な信頼にはならない。その上司が話を聞いてくれ、裏表がなく、感情的でもなく尊敬できるうえ、仕事ができて、その部署で仕事をすることで成功体験が得られ、成長できることが必要だ。

いくら「いい人」でも、結果を出せない人には部下はついてこないよ、ということですね。人は、大きく分けて「話を聞いてくれる」「自分を理解してくれる」"いい人"上司についていきたいと思うタイプと、「成果を常に上げている」「能力値が高い」"すごい人"上司についていきたいと思うタイプがいます。

ゼロイチではなく、結局はこの双方を高いレベルで有していなければ、部下はついてこないよ、というのが赤羽さんのメッセージです。そのためには、コロコロと方針を変えるのではなく、ある一貫した自分の仕事観やプロジェクトへの深い理解をベースに、一貫した指示を出し、ときには自ら手を動かしてプロジェクトをがんがん前に進めることが大事だということです。

外圧から部下を守る

最後に、いちばん大切なことを述べておく。上司の上司、他部門、モンスター顧客等からの不当な攻撃から部下を守った時、本当の信頼が生まれる。

仕事をするうえでチャレンジはいろいろある。新商品の開発、新機能の市場導入、新たな大規模顧客開拓、大幅なコスト削減、急速な海外展開など、どれも容易なことでは進められない。それは部下はよくわかっているし、がんばって何とかやり遂げようとする。

ところが、部門の外からの不当な攻撃があると、仕事にチャレンジしようという気持ちが失せてしまうし、もっとひどいと心が折れてしまう。そういう攻撃に敢然と立ち向かい、体を張って闘い、自分たちを守ってくれる上司こそ、本当に信頼できる上司だ。

危急の際、「俺は知らない。お前のせいだ」とばかりにするっとよける上司を往々にして見かけるが、これでは上司としての役割を全く果たしていないし、築きかけた部下からの信頼は一気に失われる。

不当な攻撃に対しては、部下より上司のほうが情報力、政治力、交渉力等が強い。部下への攻撃はその部署への攻撃に他ならない。そう考えれば、よけるどころか、「私が上司ですが、かわいい部下が何かしでかしましたか?」と助けに入るのが本来だ。

こういうことで落ちてしまった信頼が挽回されることはなく、むしろ一生恨まれる。本人にとっても損なことだし、そういう上司がいるということ自体、組織として残念なことだ。

いますよね、普段えらそうなのに何か困ったことがあるとすべて部下に押し付ける上司・・・。そういう人についていこうとする部下は、残念ながら皆無といっていいでしょう。

コンサルティングファームのパートナーや事業会社のマネジメント層、大事なクライアントなどを怒らせてしまうことは、そこまで頻度は多くないですが、全然有り得ることではあります。そのようなときにどういう態度を取れるかで、上司としての器が決まります。

自分の指示下にいる部下が何かやらかしたとき、「私は知りません、すべてあいつがやりました。おい、なんであんなことをしたんだ、ちゃんと説明しろ、そして土下座しろ」的なことをいったらどうなるでしょう。その部下はもとより、その場にいる全員からの信頼を失います。

そうではなく、「全責任は私にあります」と言い切れる上司のほうが、明らかに適性はあるといえるでしょう。(もちろん口だけでなく、その後の尻拭いもちゃんとやるという注釈つきですが。)

「いい上司」への道はまだまだ遠い

ぼくはまだまだ上司として半人前にも到達していないと思います。上記で解説したポイントをもとに部下に信頼され、かつクライアントフェーシングやスコープ定義、タスクのアサインなどに熟達し、名実ともに立派なマネージャとなれる日が早く来るといいな。