音楽家・守尾崇が語る「ミュージシャンズハッカソン」と、90年代〜現在の音楽制作における変化

2016.08.19 15:00

7月16日(土)〜17(日)に開催された「MUSICIANS HACKATHON 2016 by Mashup Awards」(以下「ミュージシャンズハッカソン」)。アーティストや音楽プロデューサーがチームに加わるというハッカソンだ。このハッカソンに参加した音楽家・マニピュレーター 守尾崇氏に、参加しての感想やご自身のキャリアを踏まえた音楽制作の環境の変化について伺った。

守尾氏はYAHAMAでのシンセサイザーの開発・音色制作に関わったのち、TRF(当時trf)の全国ツアーへのキーボーディストとしての参加をきっかけに、J-POP界へ。ケツメイシ、安室奈美恵、BoAなど様々なアーティストのトラック・ライブなどに携わる傍ら、WebやCM音楽にも参画。幅広い経験を経てきた守尾氏が感じた「ミュージシャンズハッカソン」の感想や、音楽制作環境の変化とは。

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「ミュージシャンズハッカソン」の様子

■Facebookで「共通の友人」が誰もいなかった方々と組むのは面白かった

--まずは「ミュージシャンズハッカソン」の感想についてお聞かせ下さい。

守尾:
最初はどうなるのかな、何が出来るのかなと不安もありましたが、終わってみるとむしろもっと長く時間をかけて開発したいくらいでした。今回は歌詞をテーマにしたプロトタイプを作りました。根本は鼻歌に歌詞を付けたい時に、例えば特定のアーティスト風の歌詞にしたいと設定すると、そのアーティストの歌詞のデータベースからテーマや文字数に合わせて言葉を選んでくれるという内容なんですが、今回はそれをわかりやすく見せるため携帯電話上でのレトロな音ゲーにしました。
僕のチームには企画やデザインが出来る人が一人、プログラマーが二人、歌詞が得意な人が一人、とチーム的にもバランスが良かったですね。チームが決まったあとやり取りするためにFacebookを申請する時、今の時代大体共通の友人が一人はいたりするじゃないですか。ただ今回は誰も共通の友人がいない方もいて。それだけ別のジャンルの方々だなと思いましたし、そういった方々と組んでやるのは面白かったですね。 一方で若い頃YAMAHAさんの仕事をしていた時に開発にも関わっていたので、エンジニアさんとのやり取りはその時やっていたことにも近いなと感じました。

--元々音楽業界入りは、YAHAMAでのお仕事がきっかけなのですか?

守尾:
若い頃からバンドをやっていて、YMOを聴いてシンセサイザーに目覚めて。高校卒業後に楽器屋でアルバイトをしていた時に、その楽器屋さんがYAHAMAさんを紹介してくれたんです。そこからはデモ演奏や、開発に携わったり、プロトタイプに意見したり、どういう楽器や音が欲しいか提案したり、プリセット音色の開発やプリセットの楽曲を書いたり。浅倉大介くんが同い年でちょうど同時期に一緒に仕事をしていました。
YAHAMAさんがEOSという小室哲哉さんプロデュースのシンセサイザーを出したことがきっかけで小室さんと出会い、「trfのツアーをやるから守尾くん鍵盤弾いてよ」と声がかかり(1994年「BILLIONAIRE」ツアー)、アーティストさんとのお仕事が増え、今に至るという感じです。
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守尾崇氏

■約20年前のライブツアー--技術が足りなかった分、工夫した部分も多かった

--当時のライブでのご経験についても伺いたいです。音源を聴かせて頂くと、オリジナルとアレンジがかなり異なる曲もありますよね。ライブ用に音色や楽曲データを作り替えたりしたのでしょうか?

守尾:
今はアマチュアも含めてHDレコーディングが普通で、ライブでの同期も容易ですよね。ただその頃はPro Toolsもまだ一般的じゃなかったし、結局シーケンサーを使ってMIDIで演奏させるのが一番現実的だったんです。ただ当時データが残ってないものも多くライブ用に打ち込み直さざるを得なかったので、音を洗い直して、音色も「ライブだともっとハイが抜けている方がいいよね」といって作り直してみたり、結果レコーディング時のものとは変わって、よりライブ映えする音源になって良かったなと思います。当時は今に比べて出来ないことも多く、結果、工夫した部分も多かったですね。
またマニピュレーターの仕事は元データを引っ張り出してきて、エフェクトを削ぎ落として、音をバンドに合わせるのが仕事だと思っています。最近は受け取ったデータを出すだけの人も多いのですが(笑)、CDで聴くと気持ちいい音もライブで生バンドと一緒に大きな音で出すとコンプやディレイなどの効果がトゥーマッチになってしまうこともあるので。

--当時のご経験から、今の若い世代に伝えたいことなどはありますか?

守尾:
「よく遊べ」ですね(笑)。本来の話をしている時じゃないことが案外重要じゃないですか。例えば「普段どんな曲聴くんですか」とか、そういう何気ない話にヒントがあったりするんです。例えば当時だとDJ KOOさんがやっているイベントに行って、「あ、こういう曲かけるんだな」と知ったり。関わっていようがいまいが色んなところに行って色んな音を聴いて、体験して、色んな人と飲んで繋がって。縮こまっちゃうと作るものも思考も堅くなっちゃうので常にアンテナを広げることが大事なのかなと思っています。
小室さんのプロデュースに触れられたことも大きかったですね。メディアでの露出、例えば雑誌でtrfがどんな記事を書かれているかとか、どこのラジオ局でかかっているかとかもチェックされていましたし、ライブも見に来られていました。プロデュースとはこういうことなんだな、マメにやらないとダメなんだなということを学びました。

--さらにその後数々のアーティストさんの編曲にも関わられていますが、守尾さん流の"編曲術"はありますか?

守尾:
アレンジに関しては歌が一番大事。歌をどう引き立てるか、それに尽きますね。アレンジに悩んだときは、歌だけにして、iPhoneに入れて歩きながらずっと聴くんです。すると「ここにこういう音がほしいな」と見えてきたりするので。

--企業広告にも多く関わられるようになったそうですが、これはどういったきっかけだったのでしょうか?

守尾:
昔バンドをやっていた知り合いが、博報堂アイ・スタジオさんでお仕事していたのがきっかけで。シンセサイザーを使えて、YAHAMAさんでのデモからアーティストさんのライブまで色んなことをやっていたので、音楽ジャンルとしても打ち込みが出来るという技術の面でも、対応力が活きたのかなと思います。
ちょうど当時はネットがブロードバンドになり、企業さんも面白いことをやろうという機運が高まり、好きにやらせてくれた頃なんです。クリエイティブディレクターの佐野勝彦さんと、当時のフラッシュの技術でこんな表現が出来る、ならばマウスをのせた時にこういう音を出しましょう、と相談しながらやっていたことが印象に残っています。カンヌでの受賞作品にも音楽の面から携わることが出来ました。

■次回ハッカソンでは、より長いスパンで開発してみたい

--そういった広告・クリエイティブ事例に携わられたことで、今回のハッカソンでも異業種の方とお話しやすかった面もありましたか?

守尾:
話が通じやすかった面はあるかもしれないです。また、元々シンセ畑なので、ロジカルなことが多いじゃないですか。エンジニアの方と話す時にそれは活きるなと思いました。
音楽の現場でもBoAちゃんのライブくらいからバンマスを務めることも増えたのですが、色んな人の話を聞いてまとめるということにマニピュレーターという立場は向いているのかもしれません。例えばダンスミュージックだとバンドっぽい音過ぎると演出と合わなくなる、ならば演出の人とバンド側の話をまとめてアレンジして、こうしたらいいじゃん、と提案する。そういう意味では、やはり色んな人と楽しく飲めるのが大事、というところですが(笑)。
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「ミュージシャンズハッカソン」の様子

--「ミュージシャンズハッカソン」に参加された今、これからの音楽業界について感じることや、次回参加するならやりたいことなどございますか?

守尾:
音楽業界自体が寂しい状態とは思っていません。もっとみんなオープンにして、みんなで音楽業界がどうなるのがいいのか話せたら、未来は暗くないと思うので。個人的には今はライブでのマニピュレーションと作曲編曲の仕事、それぞれ半々くらいです。平日は自宅やスタジオで制作して、週末はライブで地方にいって、という良いバランスですね。企業の理念を音楽で表現するようなプロジェクトにも多く関わってきましたが、今後は例えば空間音楽等にもチャレンジしてみたいです。
また、今回でハッカソンの進め方を知ることが出来たので、例えば次回は一回顔を合わせてまた一週間後に会ったり、やはり、より長いスパンで開発してみたいですね。
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「ミュージシャンズハッカソン」キャプテン・浅田祐介氏

記事:「ミュージシャンズハッカソン」仕掛け人・浅田祐介に聞く、アーティストがハッカソンに参加する意義 で取材を行った「ミュージシャンズハッカソン」キャプテン・浅田氏(守尾氏とは若い頃からの音楽仲間だそう)も、今回の成果を「3年目、4回目となるミュージシャンズハッカソンですが、実を結んできた実感があります。本当に有難いことに、僕のまわりには守尾くんをはじめ、音楽の才能はもちろん多才な才能を持った方が多いのですが、今回はそういった方々とプログラマーとフックアップして、点と点をきちんと線でつなげることができたな、と思っています。優勝チームをはじめ、海外からの参加もあった事も今回印象深かったことです。これからは、これらの線がどんな絵に仕上がっていくのかを楽しみにしていたいと思います。」と語っている。

取材:市來孝人

SENSORS Web副編集長
PR会社勤務を経てフリーランスのWebエディター・PRプランナー・ナレーターなどとして活動中。「音楽×テクノロジー」の分野は特に関心あり。1985年生まれ。
Twitter:@takato_ichiki / Instagram:@takatoichiki

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