• 作家、慶應義塾大学
    文学部教授
  • 荻野 アンナ氏 Anna Ogino
VOICE

2016.5

よりよいモザイクのために

総合月刊誌でエネルギーのページを数年間担当していた。おかげさまで大は原子力から小は波力発電まで、全国の現場を体感することができた。
驚いたのは、技術者のコミュニケーション能力だ。小学生のような質問をする私に、何度も説明を繰り返すうち、誰にでも理解可能な表現を見つけ出してくれる。原子炉はポットのようなもので、湯気を出すための燃料がウラン。ウランが石炭になれば石炭火力。そんな当たり前を簡潔に語れるようになったのは、この連載のお蔭だ。
エネルギーの現状を、私はよくファッションに喩える。原子力や火力などの大きなエネルギーは、大量生産のプレタポルテ。風力や太陽光など、地産地消型の小さなエネルギーは、一点物のオートクチュール。それぞれが補い合うのが、今のところは理想だ。
エネルギーの規模の違いを目の当たりにしたのは、愛知県の武豊(たけとよ)だった。同じ敷地に火力とメガソーラーが存在する。「名古屋ドーム3つ分」の面積を占めるメガソーラーは、最大出力が7500キロワット。4基ある火力設備はいずれも古く、1号機はすでに廃止されていた。休止していた2号機は、震災後の浜岡原子力発電所の停止に伴い、いったん再稼働させていた(2016年3月31日廃止)。引退していた90歳が再就職したようなもので、実物の外観は錆びだらけ。
お爺さんの2号機を立ち上げるには、燃料を燃やすための空気をファンでボイラーに送る。そのためには、約8500キロワットが必要、と聞いてわが耳を疑った。メガソーラーが全力を出しても、2号機のファンのモーターを回すのには不十分なのだ。
一方、停止中の浜岡原子力発電所は、すっかり変身を遂げていた。万里の長城のような防波壁。バックアップ用電源も複数用意している。これでもか、と畳み掛けるような安全への執念を感じた。
同時に、自然エネルギーも進化する。山形県の雪対策で生まれた雪冷房システムは、最初は一部屋を冷やすのが精いっぱいだった。数年後、北海道の美唄のそれを見学したときは、ヒートポンプの導入で、ビルの全館冷房が可能になっていた。
大と小の描くモザイクは、日々変化して、目が離せない。

PROFILE

神奈川県生まれ。慶應義塾大学文学部仏文学専攻卒、同大学大学院博士課程修了。パリ第四大学にて文学博士号取得。1991年『背負い水』(文春文庫)で第105回芥川賞受賞。2002年『ホラ吹きアンリの冒険』(文藝春秋)で第53回読売文学賞受賞。07年フランス教育功労賞シュバリエ叙勲。08年『蟹と彼と私』(集英社)で第19回伊藤整文学賞受賞。近著『電気作家』(ゴマブックス)。