出世街道をまっしぐらの女性が、コピーライターの糸井重里氏が手がける人気ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」に入ったらどうなるのか――。運営会社、東京糸井重里事務所(東京・港)の最高財務責任者(CFO)、篠田真貴子さんは帰国子女で元マッキンゼー、外資系企業の幹部と華々しいキャリアを歩んできた。その篠田さんが遭遇した摩訶不思議(まかふしぎ)な世界とは?
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人生のある時点まで、「大きいことはいいことだ」とばかり思っていました。規模拡大を目指すのは当たり前。利益は大きければ大きいほどいいんだという世界で、より高いポジションを目指すことが「出世」なんだ、と思い込んでいました。
本当にそうなのかという問いを突きつけられたのは、東京糸井重里事務所に来てからです。それまで所属していた外資系大企業とはまったく違う組織文化に触れ、利益とは本来、人間にとっての体温や血圧みたいなものだったんだ、と気づかされました。
健康のために体温や血圧を知ることは重要ですが、それを意識しながら生きていくのは、どこか不自然ですよね?
だから、今ではこう理解しています。人間(会社)としてあるべき健全な生活を送ることができていたら、結果として財務も正常に保たれるのだ、と。
みなさん、「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」はご存じですか。広告のコピーライターだった糸井重里が1998年に開設したウェブサイトで、月間訪問者数は現在140万人ほど。私がCFOを務める東京糸井重里事務所は、この「ほぼ日」を運営している会社です。
従業員数約60人と規模としては小さいのですが、売上高約30億円で約4億円の利益を出しています。記事はすべて無料で、広告は一切掲載していません。それでどうやってこれだけの利益をあげているのかと言えば、オリジナル商品の企画・販売です。直販比率が65%と非常に高い。
それまで勤めていた外資系企業から2008年にこの会社に移って来て、何に一番驚いたかと言えば、その数字がロジカルにたたき出されているようには、とても見えなかったことでした。
例えばこんなことがありました。会社に入ったら、個人用のパソコンとメールアドレスをもらいますね。「はい、これでセットアップできました」と言われてメールを開けたら、いきなりどどーっと大量のメールが届いているんです。
初日ですよ、初日!
驚いて「どうしてこんなにいっぱいあるの!?」って聞いたら、「ほぼ日」の公式アドレスに届くメールがすべてCC(カーボンコピー)で送られてきていたのです。また、「誰それさんからお電話がありました。折り返しお願いします」と伝言メールがあったとしますと、それが当人だけではなくて、CCで全社員に送られてきていました。
加えて、こんなこともありました。
これも初日か2日目の出来事ですが、倉庫のような小部屋が通用口の横にあり、簡易な棚に売れ残った商品が置いてあるのが見えました。
過去に私がいた食品会社では在庫管理はとても厳しく、サンプルを渡すのも、ものすごく気を使わなくてはならない世界でした。ですから、私にとっては売れ残りがポンと棚に並んでいただけでも十分に驚きだったわけですが、「ほぼ日」の人たちは当時「お土産」と称し、打ち合わせに来るお客様などに、わりとカジュアルに商品サンプルを渡していたんです。
心配になって、思わずこう聞きました。
「ねえ、これ台帳付けてる?」
そしたら、「台帳ってなんですか?」くらいの反応が返ってくるわけです。
ちょうど基幹商品の手帳が売れ始める時期でもあったため、前年同月比の数字を調べようと思い、社内システムの速報値を見てみました。そしたら下がっていた。これも心配になって、「下がってるけど、要因はわかる?」と担当者に聞きましたが、返ってくるのは「えっ、下がっていましたか?」という言葉だけ。
「もしかして、ぜんぜん数字を見ていないの~!?」って、のけぞりそうになりました。
数日かけて確認したところ、速報値には反映されていない受注があり、実際は下がっていないこともわかったのですが……。
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