東京オリンピックで食材が足りない?!――21世紀の持続的農業生産

 

東京オリンピック・パラリンピック開催に向けて食でも騒ぎになっている。「豊かな日本食でおもてなし」までは良かったが、実は食材が「足りない」という話である。日本は独自の文化と密接に関係しながら、四季を感じさせる食材、多様な地域食材、夏でも新鮮な魚介類など、世界に誇れる豊かな食に満ちあふれている。

 

そればかりか、もともと外来起源であったラーメンやカレーなども独自に進化する中、日本食として逆に世界に広まっているものも少なくない。牛肉のように明治以前は日本では全く食べなかったようなものですら世界ブランドになっている。日本産ワインが世界で金賞を獲得することもめずらしくない。そのような日本の食が世界に広がるのを誇りに思っていた矢先のできごとである。

 

「足りない」というのはどのようなことだろうか。実は、オリンピック・パラリンピックの求める「要件を満たす」食材が足りないということである。もともとオリンピック・パラリンピックは人類の理想を求める崇高な理念の中で行われてきたが、近年は「人類の持続的発展」が中心的な理念として据えられている。

 

つまり、人畜共通感染症など健康へのリスク、足りない水、足りない食料、生態系や生物多様性の破壊、エネルギー問題、災害、気候変動によるリスクといった、人類にとっての今日的・近未来的課題の解決に向けて、直接的、間接的に貢献することを求めている。では「要件を満たす」とはどのようなことなのか。また、そのためにITが大いに貢献するべきだということを述べていきたい。

 

 

20世紀農業の功罪

 

20世紀における農業は一面では大成功だった。20世紀、近代の錬金術ともいえる化学肥料の発明や化学農薬の開発、たくさん肥料を入れても倒れずに増産できる品種改良、潅漑施設や農業機械の進歩など、さまざまな技術革新が起きた。

 

その結果、20世紀後半だけでも米、ムギ、トウモロコシといった主要穀物の単位面積あたりの収穫高は2〜3倍にも増大し、多くの人々を飢餓から救い、より豊かな食への道を切り開いた。

 

しかし、「緑の革命」とももてはやされた成功は、化学物質の多用による環境負荷の増大、生物多様性の影響、食の安全性への危惧など、負の側面を同時にもたらしてしまった。作物生産の基盤である土壌の塩化は、逆に収量減をも招き、環境を顧みない増産は世界各地で深刻な水不足を引き起こしている。

 

 

足りない食料?

 

21世紀になっても、食料への需要は衰えていない。国連は2050年には大幅の食料不足が到来すると推計している。たびたびその原因として、現在の73億人から2050年には95億人にもなると予想される人口に言及するが、主因は別のところにある。経済成長に伴う中間層の増大である。

 

半世紀前の日本では国民一人当たり年間120キログラムの米を消費していたが、現在は半分以下になり60キログラムを切っている。その替わり、肉や乳製品、油脂類の消費が大幅に増えている。ひとことで言えば西欧的な豊かな食の内容に変化してきた。

 

しかし、残念なことにこのような食の生産効率は非常に悪い。典型的な牛肉の例で述べると、1キログラムの牛肉を生産するのに20キログラムのトウモロコシが餌として必要である。単位重量当たりの摂取できるエネルギーが牛肉とトウモロコシで大きく変わらない事を考えると、トウモロコシを直接食べれば20人養えた分が一気に1人しか養えないことになる。

 

一般的に作物生産には大量の水が必要である。例えば、トウモロコシ1キログラムを生産するのにトータルで2トン程度の水が生育期間に必要とされている。その結果、牛肉1キロ生産するには20トンもの水が必要ということになり、食生活の変化は水不足に拍車をかけていることになる。

 

今、日本で起きたような経済成長が世界中で起きている。カラーテレビや車を購入できるようになると、食も日本と同様に主食への依存度が減り、畜産物など生産効率の悪い食への移行が急激に進んでしまう。これが、中間層の増大により食料が足りなくなる理由である。

 

 

21世紀農業の目指す道

 

20世紀はある意味、食料大増産を目指した時代であったが、21世紀は単に食料を増産するだけではなく、中間層の増大によるより豊かな食へのシフトを満たす食料生産が求められていることになる。

 

しかし、20世紀的に化学物質に大きく依存して環境負荷を増大することや、生物多様性に影響するような農業はもはや許されない。熱帯雨林を伐採して増やすようなことはできないので、使える耕地の拡大も困難であり、使える水にも限界がある。さらに、地球温暖化が原因とされる気候変動も農産物の安定生産に大きな脅威となっている。

 

農業生産は、従来から光合成によって成り立つグリーンな産業と認識されてきたが、近代農業の実態は石油エネルギーに大きく依存したものである。例えば、西欧人の場合、平均で人間が摂取できるエネルギーの5倍程度のエネルギーがその食事のために投入されている。つまり、我々が食事のために農産物を生産し食卓に上がらせること自体が温暖化ガス排出の源になっていることになる。

 

あまり知られていないが、耕地や家畜の呼気から温暖化効果が炭酸ガスの20倍というメタンや200倍という亜酸化窒素が大量に排出されている。これは、石油エネルギーへの依存以外に、作物栽培そのものが温暖化を促進していることを意味している。

 

実際、農業による温暖化ガス排出による温暖化効果は、交通起源による温暖化効果に匹敵するほど大きい。さらに、社会科学的要因も大きくからむが、食の廃棄やロスの問題も無視できなくなっている。例えば米国では毎日国民一人当たり1500キロカリー分が廃棄されているが、これは通常成人半日分の食料に当たるおどろくべき量である。

 

以上のように食にまつわる「不都合な真実」が溢れる中で、農業は21世紀に求められる豊かな食を提供しなければならない。数多くの困難な制約のもと、持続性を担保しながら、人々の要望を満たす食を用意できるかが問題だ。【次ページにつづく】

 

 

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