米国の7月のコアインフレ率が予想を下回ったという今週のニュースを受けて、米連邦準備理事会(FRB)が年内は金利を据え置く見通しが高まった。生産者物価が力強さを見せる中国発のインフレという形で、いくらかの上押し圧力は出ているかもしれない。しかし、FRBや他国の中央銀行は、輸入物価の上昇だけでは逃れられない構造的な苦境に直面している。
各国で自然利子率と趨勢成長率が徐々に下がっているとみられることは、政策金利の長期的水準が下がって景気後退局面での利下げ余地が狭まり、ゆがみをもたらしかねない量的金融緩和などの非伝統的な政策手段に頼る必要が生じることを意味する。
サンフランシスコ連銀のウィリアムズ総裁は今週、一つの解決策を提示した。FRBがインフレ目標を引き上げることによって、経済の加速に道を開き、金利を押し上げるという考え方だ。これで景気後退時には、より大きな利下げができるようになる。
しかし、実際問題として、今のFRBが自らの政策の枠組みに行動を縛られているとは言い難い。FRBには、温存している行動の余地がある。FRBの連邦公開市場委員会(FOMC)が昨年12月、2006年以来となる利上げを決めたのは、2%のインフレ目標によって強いられたからではない。利上げは純粋な判断ミスだった。近い将来の利上げも同じことになる。
現時点でFRBの最大の問題は政策の枠組みではなく、インフレ圧力を過大評価し、インフレ目標との乖離(かいり)の拡大に伴う損失を過小評価していることだ。インフレ目標の引き上げは、実勢水準との差がさらに広がってFRBの信頼が損なわれることしか意味しないだろう。
目標を変えるのなら、FRBはウィリアムズ氏のもう一つの提言を採り入れ、インフレ率でなく物価水準に的を合わせるほうが理にかなう。インフレ率が目標を下回った期間の後、それと等しい期間にわたってインフレ目標を上回ることを目指すのだ。それにより経済の加速が促されると同時に、混乱を伴う数値目標の変更は避けられる。イエレンFRB議長も昨年9月の講演で、インフレ目標を変えれば、都合のいい再変更があるのではないかという疑念を引き起こすと述べている。
■現行目標の達成に集中すべき
いずれにせよ、政策当局は目標の変更について語るのではなく、現行目標の達成に集中すべきだ。問題の一端は、インフレに対する責任をすべて中央銀行に負わせていることにある。安定したプラスのインフレ率は、経済の生産力に対して需要が増していく場合に生まれる。もし中央銀行が、ゆがみをもたらしかねない非伝統的な政策手段は控えた状態で、そのような需要の創出に苦慮しているのなら、財務省が財政出動で役割を果たす番だ。
主要先進国では財政政策による刺激効果の兆候がいくらか表れてはいるが、各国の財務省は、需要の押し上げに果たすべき租税と支出の役割を完全に担う状態にはほど遠い。
インフレ目標の達成に関して、金融当局と財政当局が公式に責任分担するようにすることは行き過ぎで、責任のなすり合いを助長するだけだろう。しかし、慢性的な低成長と低インフレの問題に対し、中央銀行のトップは公共支出の拡大か減税、あるいはその両方による刺激の必要性について、もっと率直になっていいはずだ。
ウィリアムズ氏は、インフレ目標をめぐる議論の重要性を高めた点で評価に値する。しかしながら、いま必要なのは、システムの働き方を変えようとするのではなく、既存の枠組みの中で金融と財政の手段をより良く用いることだ。
(2016年8月18日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
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