2015年11月27日 09時00分00秒
大人になってからでも脳細胞を育てることができる、「神経新生」のメカニズムを科学者が解説
大人になって神経細胞を成長させることはできるのでしょうか?
チュレ氏は知人のがん専門医であるロバート氏から、「サンドリン、これは不可解な話なんだけど、僕の患者の何人かはガンから回復したにも関わらずうつ病なんだ」と相談を受けたことがあるそうです。この時チュレ氏は「私の観点からすると、それはとても自然なことであるように思えるわ。あなたが患者に渡した抗ガン剤がガン細胞が増えることを抑止した代わりに、脳内で新たに生まれる神経細胞の生成も止めたのでは」と言ったそうですが、ロバート氏は「でもねサンドリン、患者は全員成人だったんだよ。大人の脳では新しい神経細胞が成長しないだろ……。」と返答したそうです。
医師でも「大人になると神経細胞が生成されなくなる」と思い込んでいることがあるわけですが、実際には大人の脳内でも新たな神経細胞が誕生しています。これは、「Neurogenesis(神経新生)」と呼ばれる現象です。
ロバート氏は神経科学者ではなく医者で、「大人の脳でも新しい神経細胞が生成される」ということを教わることがありませんでした。なので、チュレ氏の語った内容に興味を抱いたようでチュレ氏の研究室に来て神経新生について知りたがったそうです。
この「神経新生」というのは、脳の海馬と深い関わりを持っています。以下の画像のグレーの部分が脳の海馬で、学習・記憶・気分・感情などと深い関わりを持った部位として知られています。この海馬は「成人の脳内で独特な機構として働き、新しい神経細胞を作り出す」という働きを持っていることが最近の研究で明らかになったわけです。
海馬をスライスして拡大すると以下のようになっており、青色の線が大人になってから「神経新生」により誕生した神経細胞だそうです。
チュレ氏の知人でカロリンスカ研究所で働くヨナス・フライセン氏は、「人間は1日当たり700個の新しい神経細胞を海馬で生成している」と推測しています。人間の神経細胞の数は脳細胞が何百、何千億個とも言われているため「そんなに多くないな」と思うかもしれません。しかし、50歳になれば、脳の神経細胞は生まれたときに持っていたものから成人してから生み出されたものに全て取り替えられる、とのこと。
ところで「なぜ新しい神経細胞が重要なのか?そもそも神経細胞はどういった機能を持ち合わせているのか?」という疑問があります。
神経細胞が「学習」と「記憶」において重要な役割を果たすことはよく知られています。また、チュレ氏は研究で「海馬が新しい神経細胞を生成できないように機能をブロックすると、一定の記憶も同様に遮断されてしまうこと」を発見したそうです。
チュレ氏は「我々は現在も神経細胞について研究を進めていますが、記憶容量だけでなく記憶の質においても神経細胞は深く関わっていることが判明しています。また、神経細胞は記憶を維持する時間や似たような記憶を区別することにも有用です」と述べており、例えば、どこも似たような見た目の駐輪所で「自分の自転車が置かれている場所」を見つけ出すことができるのは、神経細胞が空間認識においても重要な役割を担っているから、としています。
また、ロバート氏が神経新生とうつ病に関する研究を行った際、うつ病の実験動物は通常よりも神経細胞を生成する量が少ないことが判明しました。さらに、この実験動物に抑うつ薬を投与すると、神経新生が活発になったことも確認され、その後うつ病の兆候が減少したとのことです。つまり、神経新生とうつ病の間には明確に何かしらのつながりがあることがわかった、というわけ。従って、ロバート氏は自身の患者がガンから治癒したにもかかわらずうつ病に苦しんでいたのは、抗ガン剤が神経新生を遮断していたから、ということに気付いたそうです。
続いて、「神経新生はコントロール可能か?」という疑問について。その回答は「イエス」で、人為的に神経新生をコントロールすることは可能とのこと。
実際、学習・セックス・ランニングは神経新生を活性化し、反対にストレス・睡眠不足・老化は神経新生を不活性化することが研究により明らかになっています。
以下の写真は実験用のハツカネズミの海馬を観察した写真。黒色のドットが神経新生により新しく生まれた神経細胞で、左の写真はかごの中に回し車を設置しなかったネズミの、右は回し車を設置したネズミの神経細胞の数を示しています。回し車が設置されたかごにいたネズミの方がはるかに多くの神経細胞(神経新生により生成された)を有しており、ランニングがいかに神経新生と深く関わっているかが分かります。
つまりは、運動は神経新生と深い関わりを持っているわけです。しかし、神経新生と関係性のある事柄は運動だけではありません。「何を食べるか」も神経新生に強い効果を与えることができます。
以下の文字群は白色で囲まれた文字が「神経新生を活性化するもの」で、囲まれていない方が「神経新生を不活性化するもの」。例えば、「20~30%程度のカロリー制限」や「断続的な断食(食事の感覚を一定間隔にすること)」「ダークチョコレートなどに含まれるフラボノイドを摂取すること」「青魚や緑黄色野菜、豆類などから摂取できるオメガ3脂肪酸を摂取すること」は神経新生を活性化し、反対に、「飽和脂肪酸を大量に摂取すること」「エタノールを摂取すること」は神経新生を不活性化する模様。なお、ブドウやブルーベリー・クランベリーなどのベリー類、ワインなどに含まれる抗ガン性物質の「レスベラトロル」は新しく生まれた神経細胞の生存期間を長くする効果があるそうです。
他にも、日本の研究グループが食べ物の食感と神経新生の関わりを調べたところ、「やわらかい食事」は神経新生を不活性化し、「咀嚼」を求めるような食事やバリバリした食べ物は神経新生を促進することが明らかになっています。
なお、現在のところランニングが神経新生に効果的であることは明らかですが、他にどのような運動が効果的なのかははっきりと言えない模様。ただし、運動により血液が脳に渡ることが影響していると考えられています。