「軍靴の音」は中国から響いている
中国のモードチェンジ
50年後、100年後の将来。2016年現在は「戦前期」と定義されているのではないか。いや、すでに戦中なのかもしれない。
終戦記念日の8月15日、海上保安庁は尖閣沖中国船の映像を公開した。8月11日の漁船沈没事故のほか、中国船がひっきりなしに近海に現れるのを危惧してのことだ。だが映像公開後の8月17日にも中国公船は4隻、領海に侵入した。
6月には中国軍艦が日本の接続水域に続いて、領海をも侵犯した。日本政府が抗議をした矢先、今度は北大東島周辺の接続水域に侵入。日本政府の抗議に対し、中国側は「国際法の概念に合致している」「日本側の対応は不可解」と述べた。
その傲慢さは度を越している。
少し前にエリザベス女王が英国来訪時の習近平主席一行の態度を「とても失礼だった」と批判する映像が世界に流れた(おそらく中国を除く)。経済力をつけ、軍事力を蓄えてきたにもかかわらず、尊大な振る舞いが仇となり、中国は国際社会から「いっぱしの国扱い」をされていないことに不満を持っている。
ならば今まで以上に強い国家としての威厳を示さなければならない。でなければ、国内の権力闘争にも勝ち残れない――。米国の軍事戦略家、エドワード・ルトワック氏が『中国4・0』で示したように、中国は「穏健的台頭」という選択肢を捨てたのである。南シナ海に関する国際仲裁裁判の判決に対し「紙クズ」などと言い捨てたのもそのせいだろう。
この中国のモードチェンジを、日本人はもっと強く頭に叩き込むべきだ。10年の尖閣沖衝突事件は将来、教科書に「あれが戦争の端緒だった」と明記されうるのである。
今さら「困り顔」の朝日新聞
にもかかわらず、「平和を愛する」懲りない面々は、このような中国の強権的対応に危機感を強く示さずに来た。朝日新聞の紙面がその象徴であることは言うまでもない。
6月に接続水域を侵犯されて朝日が書いたのは〈日中の信頼醸成を急げ〉(6月11日付社説)。領海にまで踏み込まれてようやく17日に〈これを偶発的な出来事とは、片づけられない〉〈静かであるべき海を荒立てる艦艇の動きに加え、法の原則まで我が物扱いしようとする中国政府の姿勢を憂慮する〉と書いたが、その批判の度合いはいかにも弱い。
驚くべきことに、同日の新聞では中国軍艦領海侵入の記事よりも、安倍政権の黒幕と彼らが目す「日本会議」の教義(家族観)について、大きく紙面を割いていたのである。
中国よりも、日本政府やその支持者に警戒せよ、とメッセージを送っていたのだ。
中国非難の声を「危険を煽るな」と制し、「無害通航権がある」と言って中国を招き入れる。では仮に日本の海上自衛隊の艦船が中国の領海内に侵入したら、朝日新聞は「無害通航権がある」「中国は日本を刺激するな」と書くのか。書くわけがない。そうして中国船が大挙して押し寄せてくる段になって〈中国の不透明さ、予測の難しさという性質こそ、周辺国にとって深刻なリスク〉(8月10日)などと眉間にしわを寄せ困り顔を見せているが、いかにも遅すぎる。
それどころか、CSIS日本部に客員研究員として出向中だという朝日新聞の林望記者が、「日本はいまこそ中国の南シナ海での無法な行動に理解を示し、中国抑止の国際的な動きに加わらず、対中関係を改善すべきだ」と主張しているとして話題になっている。
朝日新聞や記者が日々「平和のために」と書いていることは、実際は中国を招き入れる誘いの言葉である。さらに言う。朝日新聞がやっていることは、いざことが起きた時、「やはり日本に非があったのだ」「相手を挑発したのだ」「日本人は戦争をしたかったのだ」とするための証拠づくり、アリバイ作りなのではないかとさえ思う。
「戦前真っ暗論」のアリバイ作り
朝日やリベラル勢力は、この2、3年、「軍靴の音が近づいている」としてきた。〈「二度と戦争を起こさないぞ」って言うけど、いや、もう起きてるんじゃないの?〉という対談も公開され、話題にもなっている。
確かにその通りだ。ただし軍靴の音の主は中国人民解放軍である。ところが朝日他は「日本の自衛隊の軍靴の音」であることを臭わせる。
10年以内に軍事衝突が起きた場合、その戦前期にあたる「今現在」はどう描かれているか。
朝日新聞によれば、日本は戦前回帰上等のヒトラー顔負けの独裁政治が誕生し、特定秘密保護法によって言論の自由が規制され、安保法制の成立で解釈改憲が行なわれて戦争への準備を整え、自衛隊の軍靴の音が高まって、平和を愛する勢力が爪弾きにされた暗黒期、ということになる。一方、中国の横暴は過小に書かれている。
安全保障や政府関連の記事だけではない。「戦前」は排外主義が横行し、戦前回帰を目論む組織が国民の間で台頭し、愚かな日本人が望んだからこそ戦争が起きたのだ、と受け取られかねない記事を、朝日は毎朝せっせと印刷しては配っている。
それらの記事を、いずれ中国側が「日本の世論が支持する新聞が、我々よりも日本政府を批判してきた」と自己正当化の材料とするだろう。
あるいは50年後、これから起こる衝突を未来の日本人が精査する。当時を知るためにと朝日新聞を読めば、先のような文言を目にすることになる。「〝戦争〟の前から、日本は少しずつおかしくなっていたんだなあ」「朝日は必死に中国との融和を説いていたのに批判されたんだなあ」と思うだろう。こうして「戦前真っ暗論」は出来上がる。意図的か、あるいは無自覚なのか。
まだしも現代はネットやデータベースなどの情報が豊富でよかった。他紙や朝日以外の論調と比較すれば、それが作られたものであることは明らかだからだ。将来の日本人のリテラシーに期待したい。
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