最近妙に気になるCMがある。
そう、ファブリーズのCMだ。
そのCM見るたびに、僕はなんとも言えない気持ちになり、今もその気持が癒えない。
こんな気持になっているのは僕だけなのだろうか。
いつもどおりテレビを見ていると。。。
あー、CMかあ彡(゚)(゚)
チャンネル変えるか彡(゚)(゚)
ん?彡(゚)(゚)
松岡修造『じゃ!勃起しまーす!』
— 守形レイジ@涙拭けよ (@SugataReiji) 2016年8月18日
連れて行ってくれ、空耳の向こう側へ
これは空耳だったのだろうか。
いや、違う。
宣言している時、明らかに彼のファブリーズはリセッシュしていた。
それは見ていた僕も同じだった。
気がつけば、僕のファブリーズもリセッシュしていた。
むしろファブリーズよりも先にリセッシュしていたと言っても過言ではない。
『ファブリーズが先か、リセッシュが先か』という永遠のテーマがある。
誰にも正解はわからない。
ファブリーズがなければリセッシュは出来ないし、リセッシュがなければ、ファブリーズもない。
でも、いま目の前には確かにファブリーズがリセッシュしている。
躍動するファブリーズ、奮い立つリセッシュが確かにそこにある。
辛い時、悲しい時、僕は修造を思い出す
ストレス社会に生きる僕らは、本当に辛い毎日を送っている。
嫌な上司にこき使われ、クソみたいな顧客の無茶苦茶なクレームの対応を強いられる。
笑顔を忘れ、疲れ果てたファブリーズはリセッシュすることさえ忘れている。
ああ、僕のファブリーズはリセッシュするために生まれてきたんだ。
僕はファブリーズであり、ファブリーズは僕なんだ。
僕らはリセッシュするために生まれてきたんだ。
人はみな、家族のファブリーズに迎えられ、リセッシュすることで成長していく。
僕らは忙しさにかまけて、ファブリーズがリセッシュすることを忘れてはいやしないか。
こんなに清々しいファブリーズがあるものか
日頃僕らは、不意に自己のファブリーズがリセッシュしたときはなんとも言えない気恥ずかしさがあるものだ。
しかし、ウインブルドンベスト8のメンタルというものは非常に強い。
たとえファブリーズがリセッシュしたとしても、笑顔で宣言する。
思えば、誰に対する気恥ずかしさなのだろうか。
社会の目なんか気にせず、ファブリーズをリセッシュさせたい。
いつだって自分の心の声に耳を傾けていたい。
そういう人に、僕はなりたい。
— 守形レイジ@涙拭けよ (@SugataReiji) 2016年8月18日
『じゃ!勃起しまーす!』