頭の切れる男子生徒との「舌戦」

クラスにひとりはいる、論理的で頭の切れる生徒。都内の某私立高校で教師をしている海老原ヤマトさんは去年の7月、そんな生徒と激しい「舌戦」を繰り広げたそうです。いったい、2人の間に何が起こったのでしょうか? 手に汗握るやりとりの一部始終をお届けします。

「なんでダメなんすか? 誰だって、アップしたい写真をアップしてます。新聞記者も火事場に駆けつけてツイートするし。同じことをやっちゃいけないって、おかしい」

昨年7月、そう言い放った男子生徒と僕は、ある事件について話をするため談話室で向かい合っていた。挑戦的な目をした彼は、雄弁だった。目の前の教師がどう出てくるか、お手なみ拝見という感じ。

しょうがねぇなぁ。一つ、お手合わせといきますか。

生徒と教師の「舌戦」開始。

今の高校に勤めはじめた昨年4月、僕は生活指導部に配属された。20代〜30代の新任男性教師は、だいたいどの学校でも生活指導部に送られる。理由は単純、体力があるから。

悪さをしてスゴんでくる生徒を叱り、諭し、悪質な場合は処分を検討する部署。

いやだなぁ……。僕は野球をやってたから見た目はがっしりしてるけど、実際は末っ子ならではの天真らんまん、ハートは優しく、温和(=自称)。そんな僕に、この部署の仕事は重かった。

幸い、勤めはじめの4月から7月まで、大きな事件はなかった。このまま無事に1学期を乗り切れますように……。

そう念じた矢先、事件は起きた。

SNSにアップされた1枚の写真

教室で野球拳(じゃんけんして、負けた方が一枚ずつ服を脱ぐゲーム)をやってる男子グループがいる! 放課後、ある女子生徒からそんな通報が入ったのは1学期の終わりころ。野球拳をしている最中の写真が某SNSにアップされたのを偶然見た彼女は、自由な校風とはいえさすがにマズいと思ったらしい。

こういうとき生活指導部の出動は早い。火事場へ走る江戸の火消しさながら。先輩教師と僕は、現場とおぼしき2年の教室に急行した。

「どアホウどもが 夢のあと」。もぬけの殻だった。

翌日、「犯人」グループが判明。
「放課後の教室で野球拳……そしてパンツいっちょう……これは何ごとだ大バカ者! 恥を知れっっっ!」
生活指導部主任がドスをきかせた大声で雷を落とした。

この年ごろって、どこまでバカをやれるかが命って子も多い。僕は神妙な顔つきをしつつも、高校生たちの反省一色の姿がほんの少しだけ微笑ましかった。

さて残るは、踊るアホウを撮ってその場でSNSに上げたアホウ。

主任に指示され、その生徒の授業を受け持っていない第三者として、I先生と僕が聴き取りを担当することになった。

情にうったえるI先生

談話室での聴き取り開始早々、その生徒は冒頭のフレーズを、あいさつがてら言い放った。そして、ああでもないこうでもない、自己正当化の弁をよどみなくつづけた。

たしかに、生徒の野球拳のシーンが世界に広まっても、アップした者をどこまで責めるべきかは微妙。この社会には、ネタを見つけたら即座にアップするならわしがある。

論理につよい人間は、論理によわい。生徒の打ったジャブに同調したのが、僕のとなりのI先生。

「まぁ言いたいことはわかる。面白いもの見たらアップしたくなるしな」

I先生はため息まじりにそう言った。そして、こうつづけた。

「けど、やっぱりダメだろ。だってお前、新聞記者とかジャーナリストみたいに汚いことやってうれしいか? うだつの上がらないオトナにはなってほしくないし、少しは反省してほしい」

かつてメディア業界の片隅で働いていた僕は、ジャーナリストの執念や意地に触れてきた。フォロワーの注目を集めるためだけの所業と彼らの仕事を、一緒にはできない。それだけに、I先生の「汚い」という言葉はかなり軽率だと思った。

ともかくまずい流れになった。I先生ばりの“情にうったえる”作戦では、頭の切れる雄弁な生徒の胸には何も響かない。反省したフリして、教師側もそれを見てホッとして、終わるだけ。

その生徒は、反省色を出しつつ、I先生に向かって「はい」と一言。これでそろそろ解放されるか、との打算がその生徒からは臭った。

ここで終わりにしてたまるか。茶番劇はまっぴらごめん。僕はちょっと勇んだ。

答えられないなら、君の言い分はくずれる

僕:「新聞記者を見習って同じようなことをしたって?」

生徒:「はい。やってることは同じですよ」

僕:「ふ—ん。でさ、君は、アップしてからたかだか30分でその写真と文を削除してる。なんで?」

生徒:「それは、センパイが、先生に見つかるとやばいよって教えてくれたからです」

僕:「君が言うとおり、火事場に駆けつけた新聞記者は、堂々とその事実をアップする。それ、消さないよな? でも、君は消した。後ろめたいものがあったっていうこと? あるいはほかに理由が?」

生徒:「…………(長い沈黙)」

僕:「答えられないなら、君の言い分はくずれる。本当に君が使命を持ってアップするなら、先生“ごとき”に見つかるからってビクつくな。ビクつくくらいならアップするな。たかだか30分で消しちゃうなら、君が“ちっちゃいヤツ”って思われるだけだし」

頭の切れる生徒には、声を荒げて叱ってもだめ。かといって同調するだけでは相手の思うつぼ。その間を行くのがとてもむずかしい。

彼はたぶん反論できたはずだけど、「こいつ、面倒くせーな…」とあきらめたようだった。

生徒が見せた照れ笑い

その生徒と向き合いながら、僕は同僚のベテラン教師がくれたアドバイスを思い出していた。「生意気な生徒にムカっとするときはある。そんなときは怒っていい。追いつめてもいい。けど、“逃げ道”だけは絶対に用意しといてやれよ」

この言葉を胸に、僕は消沈ぎみの彼と話をつづけた。

僕:「指導はこれでおしまい。でさ、学校楽しくやってんの? 部活は?」

生徒:「部活はやってません。でもロックとか好きで、ベースやってます。バンド組んで文化祭も出るつもりです」

僕:「待てまてまて。今回の一件、全然“ロック”じゃなくねーか?」

生徒:「……定義にもよりますけど、まぁ“ロック”じゃないっすよね」

僕:「古い人間ですまん、けど一言。お前、ちまちましてないで“ロック”に生きろよっ!!!! (ベースを弾く)指先でファンを増やせって。よし、2学期の文化祭、I先生と一緒に絶対見に行くから、覚悟しとけよ〜」

照れ笑いの彼、苦笑いのI先生、そして“にわかロック”な中年教師。奇妙な指導空間だったけど、笑顔で終わる生活指導もたまにはありだろうと思った。

去年の2学期。文化祭のライブで見たそいつは、きらきらしてたと思う。演奏技術はよくわからないけど。

あの一件以来、生活指導部の教師としての心がまえができはじめた。自分なりの指導の形を見つけたいとの欲求。

おかげで、少なくともあと数年はこの部署で「修行」しなきゃとまで思うようになってしまった。

この連載について

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教室では言えない、高校教師の胸の内

海老原ヤマト

一般企業に就職した後、私立高校で先生をすることになった30代前半の新米教師が、学校内で起こるさまざまな出来事を綴っていきます。教室や職員室での悲喜こもごも、そして生徒の言葉から見えてくる、リアルな教育現場とは?

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