東京大学大学院博士課程在学中の2002年からDeNAにエンジニアとしてアルバイトとして参画し、モバオク(2004年)、そしてモバゲータウン(2006 年・現Mobage)という日本のモバイルインターネット環境を変えた大きなサービスを、ひとりだけで設計・開発したトップエンジニア。取締役就任後は、Mobageの海外展開に力をふるい、現在は再び現場に戻り、DeNAの次代を担う新サービスの開発に奮闘している。
川崎さんは、まさにDeNAの現在の屋台骨となっているMobageの生みの親であるわけですが、サービスがすっかり世の中に浸透した昨今は、どのようなテーマに取り組んでこられたのですか?
川崎:ここ2年ほど力を注いできたのは、海外のMobageの立ち上げですね。DeNAはグローバル展開の大きな布石として、アメリカのモバイルゲーム開発企業のngmocoを買収して傘下に収めたわけですが、両社が持っている強みを融合してプロダクトを作り出す体制づくりを図ろうと、私がその指揮を執りました。しばらく東京からコントロールしていたのですが、やはりリモートだとスピード感が足りないので、ngmocoの本拠があるサンフランシスコに自ら乗り込んで、現地のエンジニアと協業しながら開発をリード。向こうで仕事をしてみると、実はいろいろと見えてきたことがあって......。
アメリカでMobageを展開する上で、どのような課題があったのでしょう?
川崎:当初は、ゲームづくりのシステムをグローバルで統一しようと考えていたんです。でもDeNAとngmocoはそれぞれ強みが違っていて、すべて足並みを揃えてしまうと、お互いの良さをつぶしてしまうんじゃないかと。たとえば、向こうのエンジニアたちは「瞬発力」があるんですね。自分たちが面白いと思ったモノは一気に作り上げて、クオリティも高いんですが、一方で、彼らの腑に落ちないと平凡なエンジニアリングになってしまう。私が上から方針を与えるだけでは、彼らのパフォーマンスは最大化しない。だから、現場で意思決定して自由にモノを作ってもらう体制にしたほうがいいと。
アメリカにはアメリカのやり方があると。では、そうした体制をつくるために川崎さんは現地で何をされたのですか?
川崎:彼らの自由なモノづくりを阻害する要因を取り除いた、ということでしょうか。ngmocoは、もともと「plus+ Network」というプラットフォームを持っていて、ゲーム開発もそのコードベースをそのまま使っていました。が、このプラットフォームが作られたのはかなり前のことで、設計者もすでにいなくなっていたので、現地のエンジニアたちも「よくわからないけど、これは触っちゃいけないコードだ」と思って手を入れられない得体の知れないコードがたくさんあったんですね。それで、余計なコードを8割ぐらいバッサリ省いて、その上でDeNAが得意としているWeb系のコンテンツに差し替えて展開する形にアーキテクチャ全体を再構築。半年間ほど現地に滞在し、だいたいの見通しをつけて日本に戻ってきました。
日本に戻ってから、現在の川崎さんのミッションは?
川崎:実はいま、現場に入ってサービスの開発をやっているんです。アメリカから戻ってきたら、社長の守安から「また新しいモノを創ってよ」と。そろそろまた自分の手で何か創りたいと思っていたところでしたので、渡りに舟でした。それで、少数精鋭で新規事業を手がけるエンターテイメント事業本部に席を置き、自分のプロジェクトを持ってリードしています。
CTOが自ら新しいサービスの開発にチャレンジされているのですね。
川崎:いまDeNAを牽引しているのはソーシャルゲームですけど、そもそも我々はゲームだけの会社じゃない。これまでのDeNAの歴史を振り返ると、オークションをやって、アフィリエイトをやって、そしてmobageを立ち上げて......と次々に新しい事業に挑んで成功させ、ここまで大きく発展を遂げてきました。そして、ちょうどいまは次の成長ドライバーを創らなければならないタイミング。まあ、私がいちばん力を発揮できるのは、少人数でテンポよくサービスを創り出していくことなので、自らそれを担い、周囲に「サービスというのはこうやって創る」というのを示していこうと。もともと大人数をマネジメントするのはあまり得意なほうじゃないので......。
川崎さんも自分でプロダクトのコードを書いたりされているのですか?
川崎:ええ。CTOになってからプロダクションコードを書いていなかったので、最初は「本当にできるのか?こんな老兵が現場戻っていいのか?」とちょっと不安だったのですが、でも実際にやってみるとすぐに勘が戻ってきて、いまは楽しくてしょうがない。エンジニアになったばかりの頃、自分が書いたコードが動いて感動した、という思いをいまあらためて味わっています(笑)。
しばらく現場を離れて事業の指揮を執っていたのに、エンジニアとして復帰してすぐにバリバリとモノを作れるのは、ある意味凄いことだと思います。川崎さんがいつまでもエンジニアとして第一線で活躍できるのは、どうしてなのでしょう?
川崎:私の場合、「技術」が先にあるわけじゃないんですよ。新しい技術を身につけることが楽しいわけじゃなくて、どうすればもっと良いモノが作れるのか、を必死で考えるのが楽しい。そうした経験こそが、エンジニアとして本当に自分の身になっていくのだと私は思っています。これまで遭遇したことのない問題に、自分の頭を使って一生懸命対応していく。そんな経験を重ねていけば、ブランクがあってもエンジニアリングの感覚なんてすぐに戻ってくるものです。たとえ、いままで触ったことのないAndroidのアプリを作れと言われても、どうアプローチすればそれが実現できるのか、自分の中ですぐにイメージできる。
きっとそうしたエンジニアが、世の中でも高く評価されるのでしょうね。
川崎:やっぱりエンジニアをやるからには、他人にすぐに置き換えられてしまうような存在にはなりたくないじゃないですか。そのためには、自分が持っている技術を、世の中で活かせる形にきちんとできる人材にならなきゃいけない。それが果たせる場がDeNAなんです。自分が培ってきたスキルを、本当に活きた技術にしたいと志す人が、ここでは幸せになれるんですね。実際、ここには技術を究めているだけじゃなくて、その先にあるビジネスまでちゃんと見渡して、開発に取り組んでいる人が多い。こうしたカルチャーのなかでキャリアを積んでいけば、きっと、エンジニアとしてどこに出ても通用するような人材になれると思いますね。
DeNAはいまや企業規模も大きくなり、かつて川崎さんがMobageを開発した時のように、個人が大きな裁量を持って自由にモノづくりするのは難しくなっているのではありませんか?
川崎:もしかしたら、モノづくりが好きな人が活躍できる場が少なくなっていると思われているかもしれませんが、けっしてそんなことはありません。エンジニアが心から「これを創りたくてしょうがない」と思うものを、自分が倒れるまで創り続けてしまうような、そんな「魂」のこもったプロダクトこそが、DeNAの次の成長ドライバーになると思っています。モノづくりに関わる全員がぶれずに魂をこめるには、やはり少人数のチームのほうがやりやすい。それをあらためて私が率いているという感じですね。
かつてご自身がMobageを立ち上げた時のような状況に戻って、また大胆にチャレンジしていこうということですね。
川崎:当時は本当にエキサイティングでしたからね。Mobageをリリースするや物凄い勢いでユーザーが増えていって、毎週毎週トラフィックが倍になっていくんです。新たにサーバーを発注しようにも、納品が間に合わない。その膨大なトラフィックを既存のインフラでどう捌いていくか、必死で知恵を絞って......週末にやってくるトラフィックのピークを乗り切った時は、いつも異常にテンションが上がってましたからね(笑)。でも、その頃といまを比べると、DeNAのエンジニアリング力は格段にアップしています。
現在のほうが、新しいサービスを成功させる可能性は高いということですか?
川崎:何か新しいサービスがヒットすると、物凄いボリュームのトラフィックが発生するわけですが、いまはそれをきちんと捌けるスペシャリストが揃っています。本当にレベルの高いエンジニアしかわからないようなポイントをすぐに発見して、そこに手を入れて短時間で最適化していく。そうした専門性の高い尖った技術者をたくさん抱えているのも、DeNAの強み。ですから、多少スキルが乏しいエンジニアであっても、面白い発想でプロダクトを生み出せば、それをサービスとしてきちんと仕上げてくれる。自分の手で新しいサービスを創り出したいという人には、こんなにチャレンジしがいのある場はないと思いますね。
では、また世の中にインパクトを与えるような新しいサービスがこれから続々と生まれてくるのですね。手応えはいかがですか?
川崎:いま、いくつか新しい企画が走っているのですが、どれも感触はいいですね。社内のエンジニアだけで企画開発しているものもありますし、外部の有力な企業と組んで開発しているサービスもあります。どれもビジネスとしてかなりスケールが大きく、面白いサービスを世の中に送り出せると思います。期待していてください。
ソーシャルゲームの今後はどうなのでしょう? 川崎さんご自身もゲーム好きだとおうかがいしましたが、まだ伸びる余地はあるのでしょうか。
川崎:そもそも「ソーシャルゲームとは何か?」という定義が難しいのですが、ソーシャル性の中からお面白さが生まれてくるゲームだとするならば、まだまだ新たにチャレンジできる余地はまだまだ残されていると思っています。いまヒットしているのは、ソーシャルゲームの中でもひとつの文法を踏襲しているものに過ぎなくて、世の中の人々を魅了するような新たな文法は、他にいくらでもあるはず。新たなアプローチで一本大きなヒットを飛ばせば、この世界は一瞬にして変わりますからね。多くの人の心を動かすためにも、もっと魂をこめてサービスを開発していきたいです。
川崎さんは創業以来DeNAに関わってこられたわけですが、この企業の魅力をいまどうとらえていますか?
川崎:会社のカルチャーが私はとても気に入っています。技術も大切にするし、ビジネスのセンスもいい。とてもバランスのいい企業だと思いますね。個人的には、小さな組織でコツコツ当てていくのが好きなんですが、せっかくいまこうして大きく成長したDeNAで主要な立場にいるわけですから、ここでしかできないことをやっていきたい。
DeNAに身を置かなければできないこととは、いったい何なのでしょう?
川崎:ひとつは、優秀な人材と一緒に仕事ができるということ。先ほどお話しした専門性の高いエンジニアが揃っているということもそうですし、いま現場に戻ってみると、自分で考えてサービスを創れるエンジニアが意外に多いということにもあらためて気がついて、けっこう刺激を受けています。もうひとつは、DeNAという会社のブランドを使うということですね。最近は知名度もとてもアップしましたし、優れたコンテンツを持つ外部の企業とコラボレーションして大きなビジネスを仕掛けようと思うと、やはり相応の影響力のある企業でなければできない。DeNAはとても利用しがいがありますね(笑)。
ちなみに川崎さんご自身の将来のビジョンはいかがですか?
川崎:特に将来やりたいことというのはなくて、何か情熱もって打ち込めるものがあれば、それでいいんです。いま、いちばん打ち込めるものがあるのが、このDeNAだということですね。