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 科学技術の軍事利用をどこまで認めるべきか。財政改革の一環で国が研究費などの予算を減らす一方で、安全保障に関わる研究に資金を出し始め、大学が揺れている。戦後、戦争に協力した反省から軍事利用を拒否してきた日本の科学界は、大きく舵(かじ)を切るのか。終戦から71年の夏、京都の大学の現状を探った。

 防衛省は2015年度から、民生利用と安全保障への応用を兼ねた研究に資金を出す「安全保障技術研究推進制度」を始めた。7月末に公表された16年度分の公募結果によると、44件(大学23件)のうち10件(同5件)が採択された。関西の大学で採択されたのは、有毒な化学物質などを吸着する素材に関わる大阪市立大の研究だけだった。

 国は、応募したが採択されなかった大学を公表していない。このため朝日新聞は昨年度と今年度について、府内の理工医学系の学部・研究科を持つ国公立大と、科学研究費補助金の配分額が上位の私立大に取材。京都、京都工芸繊維、府立、府立医科、同志社、立命館、京都産業、龍谷の8大学は、いずれも応募していなかった。

 大半の大学が「研究者から応募がなかった」と回答。「先生の研究が公募とマッチしていないのか、避けたのかわからない」(京都工繊大)、「応募の相談が学内からあれば、慎重に検討しなくてはならない」(府立医大)などと説明した。立命館大は、1992年に設けた「学外交流倫理基準」で、「軍事開発や人権抑圧など反人類的内容を目的とする研究教育は行わない」と定めていることもあり、応募がないという。

 ▽「基礎軽視の風潮 学者にも」

 国の財政改革の影響で、国立大を支える運営費交付金は16年度は1兆945億円。法人化した04年度から約1500億円、1割以上減った。私大への補助金も削減の流れだ。そんななかでの防衛省などからの資金について、ある京大教授は「研究費が奪い合いになる中、もう一つの財布が目の前に差し出されるようなインパクトがある」と話す。

 一方、1950年と67年に「軍事目的の科学研究を行わない」との声明を出した日本学術会議が今年5月、大きな一歩を踏み出した。「安全保障と学術に関する検討委員会」を設置し、軍事研究が学術に与える影響などについて議論を始めたのだ。

 この委員を務める京大の山極寿一総長は7月末の記者会見で、「戦後、長い時間が経ち、日本の科学者の意見が変わったのか、一大学の学長として、まだ測りかねている」と述べた。だが、自らの考えについては、「学術会議の結論が出ていない今は話したくない」と明言を避けた。

 歌人としても知られる永田和宏・京産大教授(細胞生物学)は、軍事研究の議論が活発化してきた背景には、基礎研究を軽視するようになってきた科学界の現状があるとみる。「納税者への説明責任が錦の御旗になり、役に立つかどうかで科学を測ろうする風潮が、政府だけでなく科学者自身に出ている。軍事研究もその一端だ」と指摘する。

 ▽「軍学共同反対」学者らに危機感

 「共同研究というと対等のようだが、大学や研究機関が軍事研究の下請けになるということ。金に釣られて研究者が軍事研究に走ることになる」。安全保障関連法に反対する学者の会が5月に京大で開いた「『軍学共同』反対シンポジウム」。科学の軍事利用に警鐘を鳴らす池内了・名古屋大名誉教授(宇宙物理学)は、安全保障技術研究推進制度を念頭に危機感を表明した。

 シンポでは、ノーベル物理学賞を受けた益川敏英・京大名誉教授の「日本を戦争のできる国にするのか、平和な日本を守るのか、の分水嶺(ぶんすいれい)に来ている」とのメッセージも披露。同制度に応募しないと決定した広島大の例などが紹介された。