広島県福山市の未来に挑戦する枝広(えだひろ)なおきのオフィシャル・ウェブサイト

挑戦③活力ある産業と防災対策

2016年08月12日 15時09分 活動報告

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―「若者にとって魅力的な仕事が地元にない」という声をどう思いますか?
 
まず魅力的な仕事が本当にないのかということも見直すべき部分だと思います。
福山はオンリーワン、ナンバーワンの企業がたくさん存在します。
地場産業が元気なまちの姿を、子どもたちが幼いときから知る機会が増えれば、
ものづくりを魅力的に感じると思います。
そうすれば、将来は地元のこんな企業に就職したいという気持ちに繋がると思いますし、
ものづくりの価値を評価できる大人が育つ。
そうすれば地元産業の発展に貢献してくれる人材が増えると思います。
 


―若者がどうやったら地元で働きたいと思えるでしょうか?
 
企業が学校の教育現場にどんどん出向いて行って、
モノづくりの重要性や、自社の素晴らしいところ、
将来展望を熱く子どもたちに語りかけて欲しいと思いますね。
逆に、学校側も、企業の職場や工場に教育の現場を広げて、
子どもが工場の匂いや音を直接感じる機会をつくってあげてほしい。
子どもは感性が豊かですから。心に届くものがきっとあると思います。
 
私自身の経験としてもそうです。父が鞆で鉄の仕事をしていたものですから、
小学校の時に毎週のように自転車に乗って、鞆の浦に遊びに行っていました。
今でも鉄の感触や匂いが、懐かしい思い出として蘇ってきます。
それは、決して汚れて汚いという印象ではなく、
この鉄が「私たちの生活を支えてくれているんだな」という、深くて優しい印象として残っています。
この体験があるからこそ、鉄鋼商社で働いたときも、
身近な仕事として、すんなりとものづくりの業界に入っていけたと思います。
地元のために何かしたいという気持ちを今日まで忘れずに
持ち続けていることにも、繋がっていると思います。


 
―官民両方経験してみて感じる、行政と企業の違いは何ですか?
 
あることを実現するために多角的に検討しながら
最善のものを選んで実行するというのが基本的な行政マンの仕事の進め方。
一方、民間で学んだのは「いまあるものを奪い合うだけでは何も生まれない」という考えでした。
民間の産業界のリーダーたちは、
自分たちのパイを大きくすることに大きなエネルギーを注いでいます。
「ライバルも成長すれば、市場が大きくなり、自分たちも成長できる」
という考えを大事にしているのです。
実はこの考え方は、行政にも応用できると考えています。
近隣自治体との連携、民間の知恵の活用など、これまで行政が陥りがちだった自前主義から脱して、
みんなで地域の活力を最大化していくことに力を入れていきたいと思います。
 

 
―行政に応用できる、民間企業の考え方とは?
 
石川県に出向し、商工労働部長を経験した際の話です。
石川県は繊維と機械の中小企業が本当に力を持っているまちなんですね。産業構造が福山とそっくりです。
そこで見たのは、繊維不況のなか苦労しながらも、新たな分野へ進出しようとする、
企業リーダーたちの姿です。企業同士でノウハウを共有して取り組んでいるところがあり、
それがとても参考になると思いました。
福山はどちらかというと、一匹オオカミでしのぎを削ってきたトップが多いまち。
とても大事な力ですが、これからは自分たちの力やノウハウを互いに共有することが産業発展の近道。
それによって、今までにない、新たな発想を生み出すことが可能になると思います。
 
―産業発展のために具体的にやりたいことはありますか?
 
具体的にやりたいのは、地域の中小企業が連携し、受注先に提案する力をつけること。
下請けとして生きていくということを抜け出す力を育んでもらいたいですね。
 
例えば、3Dプリンターを使って受注し、生産するという新しい仕事があります。
「試作品を作る段階で解析能力を高め、検証できれば、
注文があった試作品よりも効果の高い製品をつくることができる」。
そういう、業界をいち早くリードする“提案力”をつくっていきたいんですね。
 
それには、測定器、検査機器、検査能力がある人材の確保が必要。
単独の中小企業で抱えるのはとても大変なことです。
地域や市の専門分野や試験場とも相談しながら
場所や人材を確保していく。あるいは提案のための企画を皆が一緒になってつくる。
そんなやり方が、産業業界を活気づけるために大切だと確信しています。
 


―行政を経験したうえで、今の行政マンをどう変えたいですか?
 
言われたことだけをやるという考えを捨てて、
何かにチャレンジしようという気持ちをぜひもってもらいたいですね。
私も行政マン時代、様々な部署を経験しましたが、
そのときも1年に1つだけは、クリエイティブな仕事をしようと思って30数年やってきました。
職員一人ひとりがその思いを共有すれば、市政は発展していく。
地元の人との絆も増えると思います。
そんな気持ちを福山市の皆さんと共有していきたい。
発想を変えれば、新たなチャレンジをしていける組織だと思います。


 
―市長が変われば市政が変わる?
 
変わるか?ではなく、必ず変えたいですね。
私は特に強くそういう想いをもっています。
 


―組織が変わったと実感した体験エピソードを教えてください
 
大きく雰囲気を変えることができたと感じたのは、近畿財務局長時代での経験。
財務局は会社でいう支店です。東京の本社、つまり本署から指示を受けて、
その仕事だけをやるという考えが強かったのですが、
指示がなくてもやろうという視点をもたせることで、
どんどん組織が変わっていくということを経験しました。
そして、行政マンのモチベーションは、トップの期待のかけ方で大きく変わる。
部下を信頼し、何もやらずに無難に過ごす人よりも、
失敗しても動いた人を評価していきたいと思います。
トップが変われば一人ひとりが応えてくれると思っています。



 
―ほかに、福山の産業発展のためにやりたいことは?
 
まずはインフラの整備ですね。
例えば設備立地のための用地の確保。これはヒアリングするなかで、
要望が強いと感じました。新たな投資のための用地確保を検討したいです。
 
それから渋滞の解消。これは経済損失が相当あるのではないかと思います。
南北東西の交通網が、円滑な流れになりきっていない。
2号線のバイパスの問題も、東からは笠岡まできていて、
西からは福山の手前まですぐのびている。
福山中心街はじゃあはどうなのか。まだまだ進んでいませんね。
これは国としっかりと協議をしながら、
現在の道が今日なお有効なルートなのかをよく議論し、最善策を見出したいです。
主計局時代に、交番や空港、海と空と山の公共事業に関わってきました。
道路予算に直接は関わってないのですが、
その際にも産業発展に重要だと感じたのは、交通網の整備でした。



 
―予算を出す側(財務局)を経験したからわかる、予算を取るコツとは
 
そうですね、やり方はわかっているつもりです(笑)。
まずは現状と投資整備後の効果の測定が客観的に説明できるか、ということに尽きます。
よって、円滑化が必要なのは、そもそも東西なのか、南北の交通なのか。
そういうところに立ち戻って、丁寧に課題解決にむけて取り組んでいきたいです。
国土交通省の理解も必須なので、しっかり理解を求めてやっていきたいです。
 
 
 
―産業にも直結する、福山の防災計画についてどう考えますか?
 
まず防災計画をつくれば備えができた、という気持ちを改めることですね。
石川県庁時代、ナホトカ号というロシアの巨大船が真っ二つに割れて、
原油が能登半島に漂着するという苦い経験をしました。
ゴルフ場のグリーンのようなサイズの分厚い原油が次々と沖合をめがけて流れてくる。
そこで気づいたのは、災害はいつも想定外のものだということ。
備えが十分ということはありえないということです。
 
だから計画があっても、不幸にして災害に見舞われたときは
行政と民間が力をあわせ、適切な役割分担をし、
復旧にむけたアクションをいち早く起こせるかがカギ。
それには信頼関係が勝負だと実感しました。
行政は自分たちの持ち場でどれだけ災害を未然に防げるか。
起こった時はどうすれば二次災害を免れるか、
イマジネーションを働かせることも大事です。
そのためには普段から地域全体をよく知っておかないとけないと思います。
地域を知る中で出会ったのは、消防団の皆さんの素晴らしい活躍。
彼らは日頃、会社勤めをし、疲れて帰ってきた後
小学校の校庭に出向き、週に2、3日の訓練をするわけで。
彼らの「地域を守る」という気持ちを大切にしたい。
企業もいざという時は快く送り出してほしいですね。
今回も福山の消防団は全国大会へいくということで彼らを評価したいです。
でも意外とそのことを皆さん知らないんですよね。
そういう方々の再評価や周知を行政としても行っていきたいです。
 
しのぎを削る時代から
ノウハウの連携と共有の時代へ
行政と民間のいいとこ取りで
強いまちをつくります