こんにちは。水野仁輔(みずのじんすけ)です。「東京カリ~番長」というグループを主宰しています。
僕は普段、ずうっと、カレーのことを考えています。カレーについての本も、これまでに40冊近く出版していますし、それどころか、自分の好きなカレーの本を出すためのカレー専門の出版社まで立ち上げてしまい、これまでに50冊以上のカレー本を自費出版してきました。
カレーの魅力は、みなさん御存知の通り、おいしいことです。そしてもうひとつの魅力は、いろんなカレーがあること、つまり、バリエーションが豊富なことです。だから、僕達もずっと飽きずに、カレーについて追求していけるのです。
よく取材などで、いちばんおいしいカレーのレシピを教えてほしいと聞かれます。僕はその質問には、「あなたはどんなカレーが好きなんですか?」と答えてきました。自分の好きなカレーが、そのひとにとっていちばんおいしいカレーだからです。それに、僕に言わせれば、すべてのカレーはおいしいのです(もうすこし正確に言うと、どのカレーにもいいところがある、ということです)。
……という前提があったのですが、cakesの加藤さんに、「それはそうなんでしょうけど、現時点の水野さんのイチ推しのレシピを教えてもらうことはできませんか? 日本人の好きの最大公約数になるカレーって、水野さん、わかってるんじゃないですか? カリ〜番長が一推しの、家で簡単に作れる、最高においしいカレーのレシピ、みんな知りたいはずですよ!」と言われました。
なるほど。そう言われると、ちょっと悩んでしまいます。連載の初回は、そういうわけで、僕のカレーについての考えを共有できればと思います。お付き合いいただければ幸いです。
水野仁輔(みずの・じんすけ)
1974年、静岡県生まれ。大学進学で上京、インド料理店で働いて経験を積み、1999年「東京カリ~番長」を結成調理師免許を取得して全国各地のイベントでカレーのライブクッキングを実施。今年の春に、本格カレーが作れるスパイスセットを届けるサービス、「AIR SPICE」をスタート。
たくさんのおいしいカレーと
おうちで作れるたったひとつのカレー
おいしいカレーを作れるようになると、いいことがいっぱいあります。
当たり前のことですが、おいしく食べられます。しかも、ただの“おいしい”ではありません。とびきりおいしい。抜群においしい。下手したら、外に食べに行くよりも、おいしい。だって、自分の好みに合わせて自分のために作ることができるわけですから。
今回は、おうちでできる最高のカレーを考えるにあたって、発想を転換しました。おいしいカレーの方程式をひっくり返してみたんです。
どういうことか。そもそも、おいしいカレーが何か? は、人によって違います。だから、10人いたら、10通りのおいしいカレーがある。
でも、10人のために30種類のカレーのレシピを提案しても、その10人が30種の中からとっておきのひと皿にたどり着ける保証はありません。しかも、30種類も試してみるほどヒマではありません。
つまり、おいしいカレーは星の数ほどあるから、自分のべストを見つけるのは大変だけれど、おいしいカレーを作るためのコツは限られている。だったら、限られたコツを詰め込んだカレーを1種類だけ紹介すればいいんじゃないか、ということです。
ここで大事になるのは【材料】以上に【作り方】のほうだと思います。おいしくするためにどんな材料をどのくらい使うのかは、好みによるところも大きい。でも、どう調理するかのコツは普遍的なものなのです。おいしいカレーを作ってコツを覚えるのではなく、コツを覚えておいしいカレーを作りましょう。
たとえば、ひとつのコツを活かしたカレーを7種類覚えるよりも、7種のコツを詰め込んだカレーを1種類覚えたほうが得した気分になりますよね。なにより効率がいい。効率がいいことはみんなが好きなことです。非効率なことは僕がこれまでのカレーライフの中でいくらもやってきましたから、その努力と失敗の数々を糧に“いいとこどり”をしたレシピを開発することができるというわけです。
家庭でできる3つの究極のレシピ
この本では、ひとつひとつ、身近なスーパーでも買える、材料選びからお伝えします。長年僕がいろんなところでつちかった経験は、そういう身近なところから始まります。途中で調理器具についてもお話しますよ。
そして、僕が家庭でできる究極のレシピを3つ、お伝えします。
おなじみカレールーをつかった牛肉の究極の欧風カレー
1つ目のレシピは、みなさんに馴染みの深い、牛肉とカレールーをつかった「欧風カレー」。 特徴は、トロッとしてうま味やコクがあります。作り方は、野菜を刻んで煮込んで、カレールーをいれればできあがりというものとは違います。カレールーを入れる前にすでにおいしいスープを作るのがポイントなんです。カレー好きでない人も、お子さんが食べても、誰もが口をそろえておいしいというカレーです。
4つのスパイスだけでつくる鶏肉のインドカレー
2つ目は、鶏肉とスパイスをつかった「インドカレー」です。香り高くて刺激的なカレーです。スパイスが食材の持ち味を引き立てるから、シンプルでストレートな味わいなのに奥深いおいしさがあります。
カレールーを使わないので、なんだか大変そうに思えるかもしれませんが、使うスパイスは4つだけ。だけど、とってもおいしくて、毎日食べても飽きないカレーです。
そして、3つ目は、欧風カレーとインドカレーのいいとこどりをした、「ファイナルカレー」です。日本人が大好きなとろっとした欧風カレーのよいところと、スパイスをつかったさわやかで本格的な風味をあわせています。お肉は、梅酒で下味をつけた豚肉をつかうんです。このカレーの写真は、あとまでお楽しみにとっておきましょう。
そんなカレーを“究極のカレー(ファイナルカレー)”と呼ぶことにしました。
日常にあるカレーを楽しく作り、おいしく食べたいみなさんにとって、このカレーが究極のひと皿になったら嬉しいなと思います。ひと皿だけ作れれば十分、と言いましたが、ちょっとだけ欲張ってみましょうか。インド風と欧風の2種類のカレーを作れるようになってほしい。
とびきりおいしいカレーライフを送れるようになったら、次に歩むことになる道は、おそらく2通りあるんじゃないかな。
ある人は、カレーの奥深い魅力にどっぷりとハマってしまい、例えばスパイスを買い集めたり、週末ごとにキッチンに立ったり、カレー屋さんを食べ歩いたりするようになる。ようこそ、カレーの世界へ。この場合は、僕とも当分、長い付き合いになるかもしれません。
またある人は、「カレーのことはもうわかった!」と満足し、サクッと別のジャンルに興味を移す。さよなら、また会う日まで。これもありですね。究極のカレーという素晴らしい道具を手に入れたわけだから、どこへ行っても人気者になれることは約束されています。
「カレーね、まあまあ好きですよ」とか、「一時期ハマったことがあったなー」なぁんて言いながら、とびきりおいしいカレーを披露しちゃったりして、ああ、ズルい……。その場合は、水野に教わったことは隠しておきましょう。
カレー屋さんのカレーもいいけれど。
カレー屋さんのカレーは、プロの味。でも、プロは、すべてのお客さんにとっておいしいカレーを作らなければなりません。100人のお客さんがいたら、 80人とか90人から「80点」がもらえる味を目指します。でも、残念ながら、「100点」にはなりにくい。
自分で作るカレーは違う。お客さんのことを考える必要がないんですね。自分1人にとって「100点」のカレーを目指すことができるんです。だから、自分のために作るカレーは、とびきりおいしい。
次にいいこと。それは、おいしいカレーを作れるようになると、モテるってことです。いい響きですね。モテる。男性なら女性に。女性なら男性に。いや、異性だけではありません。同性からもモテるし、家族や子供や友人、知人からもモテます。
なぜか。身近にいる誰かのためにカレーを作ることができるからです。あの人に食べてもらいたいな、あの人が喜んでくれたらいいな。この点もカレー屋さんのカレーと違います。お店では、今日、どんなお客さんがやってくるのか想像がつきません。顔の見えないお客のためにカレーを作らなければならないんです。プロは大変ですね。
食べてくれる人のことが具体的にイメージできるから、腕が鳴る。だから、誰かのために作るカレーも、とびきりおいしい。
自宅のキッチンにて
自分自身がとびきりおいしく食べられて、身近な誰かもとびきりおいしく食べられたら、もう言うことないですよね。日本人はみんなカレーが好きですし。
じゃあ、どんなカレーを作りましょうか。僕は、何種類も作れるようになる必要はないと思います。自分史上最高のひと皿が作れれば、それで十分。「春夏秋冬、季節に合わせて旬の素材をアレンジしたカレーが10種類作れます」というよりも、「年がら年じゅう、いつ食べてもおいしく、いつまでたっても飽きがこないカレーがひと皿だけ作れます」というほうが、断然、魅力的だと思いませんか? だって、カレーのほかにも作りたい料理、食べたい料理はたくさんありますから。別にカレー屋さんをやるつもりではないわけですものね。
ここで紹介するカレーは、家で作ることを前提にしています。しかも、できるだけ多くの人に作ってもらいたい。「とにかくカレーが大好きだ!」という人だけでなく、「たまにはカレーもいいよね」くらいの人にもとびきりおいしいカレーが自分で作れることを体感してもらいたい。だから、特別な材料は使いません。お金もそんなにかかりません。玉ねぎをつきっきりで炒め続けるとか、2時間、3時間かけて煮込むとか、ひと晩寝かすとか、眉間にしわが寄ってしまうような手間もかけません。
ただ、ちょっとした工夫やコツを覚えることで、なんでもないようなカレーがとびきりおいしくなる。素敵じゃないですか。ひと皿のカレーが出来上がるまでに、その工夫やコツが次々と登場するんです。
では、始まります。
次回「究極の『欧風カレー』のレシピ」は8/24(水)更新予定
更新が待ちきれない方は、この企画の元になった
「インドカレーVS欧風カレー!究極の家庭料理対決」
を併せてお楽しみください。
水野仁輔さんのnoteがはじまりました! 多彩なカレーのコンテンツをお楽しみください。