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ひとりぼっちぞうさん

ひとりぼっちのぞうさんがひとりで悲しく更新します。

気力体力ない僕は肉が食いたい

雑記

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「気力がない人は例外なく体力がない。肉を食え、肉を!」と、旧約の神は天地を御作りになるときに、そう云われた。
 
 

 たしかに神は有能だ。一日目に光と闇、二日目に大空、三日目に大地と草木、四五六日目に星やら獣や人やら作り、七日目に肉を食った。

アダムとイブが蛇にそそのかされて口にした赤い果実は、血の滴るようなステーキの味がするのだろうか。

肉が食べたい。ぜいたくは言わない。十分に熱せられた鉄板に焼き付けられた厚いステーキを、しょうゆとバターの香りが効いたソースにつけて食べたい。国産とかアメリカ産とか、どうでもいい。A5ランクや熟成肉云々のうんちくもいらない。肉をほおばりたい。肉の味で口中を満たしたい。肉のことしか考えたくない。
 
東京には上から下まで肉尽くしのビルがあるという。乳と蜜が流れるという約束の地は秋葉原にある。ステーキも大船に乗って、どんぶらこと流れてくるのだろう。カナンは飛行機に乗って行ける場所にある。
 
ああ肉が食いたい。明日の仕事も、苦しい家計も、安定しない雇用も、孤独な人間関係も、わびしい暮らしも、すべて忘れて肉が食いたい。ニンニクが焦げるにおいがかぎたい。ライスをフォークに大盛りに盛り付け、そのまま口の中に入れて楽しみたい。
 
しかし僕は肉が買えない。サンダルほどの大きさの牛肉が買えない。財布の中に金は、ない。
 
普段僕は、通販で豚肉をまとめ買いする。粗末な養豚場で産まれ、生をまっとうすることなく冷凍され、地球の反対側まで輸送されたブラジル産の豚肉だ。その凍ったままの豚肉をフライパンに乗せ、火にかける。豚肉からは不自然なほどの油が出る。僕はその油を調味料がわりにし、最寄りのスーパーで見繕った、グラム単位で一番安い野菜を炒める。もやしは最近高くなった。
 
牛肉を買う金を稼ごうにも、僕は体の資本がない。同じ非正規社員の中でもずば抜けて仕事ができず、閑職にまわされた僕は、残業をすることができない。無理に仕事をすると疲れがたまり、体調を崩して寝込んでしまう。牛は豚や鶏と比べて高い。僕の給料では牛肉が買えない。
 
神様は残業をせず、22時半には床に着くそうだ。僕は時計の針が22時半を回ったことを確認し、なけなしの金で買ったパソコンのキーボードをたたく。僕が暮らす3万5千円のアパートは、ガスもなければ雨漏りもするが、インターネットはただでつながる。全ての信徒はインターネットの名のもとに平等である。
 
――この前牛肉を食べたのは、いつ頃だっただろうか。最後の審判の日が来たときに、牛肉を食べた記憶を思い出せるのだろうか。天国と地獄と肉が食える場所、どこに僕はたどり着くのだろう。何をして生き、何をして死ぬのか。最近、冷凍パンと親からもらったかぼちゃしか食ってない僕に、肉が食える場所まで走り抜ける脚力はあるのだろうか。
 
肉のことばかり考えたせいか、おなかがすきはじめた。僕はキーボードをたたくのをそっと止め、スクリーンをじっと眺めた後に、ノートパソコンのふたを閉じる。水でも飲んで空腹をまぎらわせ、布団の中で干からびることにしよう。