「毒嫁」やら「離婚」やら「いじめ」「モラハラ」などなど、私の夫婦生活にこれらの言葉をぶつけられると私は辛くなる。
私が良い嫁でない自覚がある上に、夫が良い夫過ぎる自信があるからだ。
うちの夫は良い夫だ。働き者で無駄遣いもせず、私のことを溺愛していて浮気の影も見えない。趣味も合う。食も合う。楽しいと思うことが一致している。正反対の性格をしているのに気が合う。性格が合う。生活が合う。凸と凹の間柄だ。
対して私は割とろくでもないエキセントリックアラサー女子だ。
正直、私となんか離婚して若くてかわいい性格の穏やかな嫁をもらった方が絶対幸せなのにといつも思っている。
はっきり言って見た目は全くかっこよくない。寝顔なんかは面白すぎて初めて見た時は驚きのあまりに笑い声も出なかったほどだ。しかしそれは、神様が夫と私が出会うまで夫にきれいな体のままでいてもらうために仕組んだことなのではないかと思う。他の女性を知らない状態で私と出会ったからこそ、今の夫があると思う。
私は外見でちやほやされて生きてきた方だったので、結婚する時は私の方が「メシア」「B専なの?」「本当にあいつでいいのか」と周りに言われたものだった。母親が相当な面食いなので紹介する時は緊張した。生暖かい笑顔だった。けれどその当時から私は「この人でなければダメだ」と思っていた。
今となっては「この組み合わせ以外あり得ないめちゃくちゃ仲良し夫婦」として知り合いの中では通っている。
夫の何が良いか、その一。とにかく私を溺愛している。
「愛されるよりも愛したい」なんてよく言うけれど、愛されるのもいいもんだ。
私はそこそこ身長が高く、肩幅もがっしりしていて、初対面の人には必ず「学生時代、スポーツは何を?」と言われるタイプだ。
夫は、そんな私に対して「ポメラニアンに似てるよね」と言った。私は固まり、その場にいた母親と姉は噴き出した。
何をしていても褒められる。肯定される。このことがどれだけ日常に影響を与えるのか、それは実感した人にしかわからないだろう。日常を送るだけで日常が大変気持ち良いのだ。どれだけ自分が自分を否定しても何の根拠もなく肯定されるのだ。ネガティブ人間にとってこれはとてつもなくすばらしい環境だ。
正直、三十路を超えてしまった今、顔も体も衰え始めている。結婚してから一回り太った。ほぼ化粧をしない。ルームウェアなんて呼ぶのがおこがましいよれよれの部屋着を愛用している。これだけでも、多くの夫は「女を捨てている」と嘆かれるのではないだろうか。
夫はそれをかわいがる。「油断しているのがいい」「健康に支障がなければ太ってもいいよ」と言う。こんな快適な生活があろうか。否、普通にその辺で売っている服が入らないほど太りたくないので、精一杯現状維持に努めているけれど。
「もうちょっと太った方がかわいいよ」と言って仕事帰りによくケーキを買ってきてくれていたのだけれど、これが本当に太る。私が結婚してから太った一番の原因だ。
「頼むから夜にケーキを買って帰ってくるのはやめて花にして」とお願いしたら本当に花になった。なので、デブ専で私を太らせたくて仕方ないというわけではないらしい。ただ、おいしいものは体型を気にせずおいしいと言って食べる生活を送ってほしいんだろう。いい人だ。
出かける時にきちんとメイクや身なりを整えようものなら「天使」と言ってカメラを構える。それは正直やめてほしいが、ちゃんとやった甲斐があったと思うし、今度出かける時もちゃんとしようと思う。
それに対して私は夫の外見を褒めたことがない。内心かわいい(造形がどうとかではなく行動とかが)と思うことがあっても絶対に口には出さない。けれど、私のスマホの写真フォルダのほとんどは夫だ。友人に夫の写真を送りつけすぎて、友人のスマホの中に「あかりの夫写真フォルダ」ができたぐらいだ。
けれど私は一切、それを口に出さない。冷たい態度を取る。ツンデレと言えば聞こえがいいのかもしれないが、99%ツンでできている。
そんな私に文句も言わずに溺愛してくれている。こんな素晴らしい夫が他にいようか。
そしてそんな夫に対してそんな態度しか取れない私が申し訳ない気持ちになるのは当然ではなかろうか。
第二に、勤勉だ。
私と結婚してからというもの、スマホ以外に自分専用の娯楽アイテムを持っていない。そのスマホの中にもポケモン以外のゲームアプリは入っていない。そのポケモンですら、私が始めたから話題にしたくて始めたと言う。漫画は私が買ってきた物しか読まない。仕事の勉強の本ばかり読んでいる。分厚い、面白みもなさそうな本を黙々と。
「もっと稼いでラクをさせてやるんだ!」とか言う。こんな夫、感動しないわけがない。
けれど私は感動を表に出さない。「ふーん」と冷たくあしらう。頭の中は「かわいい」でいっぱいだ。けれどそれをおくびにも出さない。「せいぜい頑張れば?」ぐらいだ。
そんな態度を取れば、ほとんどの人はやる気をなくしてしまうだろう。私だったらとっくに放り出している。けれど、夫のやる気は削がれない。むしろ高まって行っているようだ。マゾなんだろう。
こんな毎日、それは申し訳なくなる。モラハラと言われても仕方ないのかもしれない。けれど、私は生きてきてこの方、素直に好きと言ったことがないぐらい不器用な人間だ。好きと言えなくて失恋してきたタイプだ。結婚して数年経つ今でも夫の名前が呼べない。三つ子の魂百までも、三十路になってからそんな性格が変わるはずがない。
そんな私を相手にしながら家庭のために勤勉に上を目指す。こんな夫、他にいようか?いるかもしれないけれど私の知っている限りではいない。
第三に、あらゆることを許す心を持っている。
これは私に対してだけじゃない。全ての人に対してあらゆることを許す心を持っている。
一緒の職場だった時、いたずら好きの変な先輩がいた。その先輩に好かれてしまった夫は、あらゆるいたずらを受けていた。それは普通の人だったら怒り狂っても仕方がないいたずらを。それを全て笑って許していた。
ある日、私は我慢ができず「どうして怒らないんですか!?」と怒ってしまった。この時点で嫌な女だ。
夫は胸を張って言った。「怒るようなことではない」
そう言って、いたずら先輩と一緒にご飯を食べに行ってしまった。お土産によくわからない缶詰を私に買ってきてくれた。
私はその日から夫のことが気になって気になって仕方がなくなった。恋だったのかどうかわからないけれど、夫によく話しかけるようになった。夫は私にいろんなオタク知識を教えてくれた。正直理解できないこともあったが、こいつはいいやつだという確信はあった。何より、笑いの趣味がすごく合致した。恋人とかじゃなくても、一生友達でいられたらと思った。
こんな慈悲深く優しい人なのに、私はそれが面白くて仕方なくて付き合い始めてからというものいじわるをしてしまうようになった。いじわる先輩の気持ちがわかってしまった。
最新のいたずらは、スマホのボイスメモに「助けて」とか吹き込んでしらを切る、ということをやった。「ねぇ、これ知らない?」と聞いてきたタイミングで遠くの方から「チーン……」という鐘の音が聞こえてきた。(多分、風鈴)
夫はその日、スマホを塩に埋めた。私は腹を抱えて笑った。
例のゲームのあれに関してもこれの延長で、夫の反応が見たかった。泣いてしまったら課金で取り戻してあげようと思っていたのに、「おちゃめさん」ぐらいで終わらせてしまった夫。私としてはものすごく楽しい出来事だった。
あっという間に2000文字を超えた。夫への愛情を語るだけであっという間に2000文字だ。恐ろしい。しかもこれを本人に一切伝えないという毒嫁っぷり。そりゃあ指摘されたら不安にもなるってもんだ。
今私がこれを書き殴っている後ろでも、スマホで仕事の勉強をしていた。この勤勉っぷり、私には到底マネできないし尊敬に値する。
しかし言葉にできない。なぜ言葉にしようとすると全身が硬直してしまって真逆のことを言ってしまうんだろう。誰か私に素直に気持ちを吐露しても体が硬直しなくなる催眠術をかけてはくれないだろうか。
私はいつも体調不良でいつ死ぬかわからないと思っている。なので、そろそろ死んだ時用のエンディングノートを書かなければいけないと考えている。その中には私がどれだけ夫を溺愛していたかを綴ろうと思うのだけれど、手が震えて書けない。万が一死ぬ前に読まれたら私は恥ずかしくて死ぬ。
そんなこんな書いているうちに3000文字を超えた。感情を表に出すときりがない。まだまだ語りきれていないのだけれど、今回はここまでにしておこう。
いつか夫にこれをこのまま伝えられる日が来たらきっとそれは私が死んでいる時だろう。友人にでもURLを託しておこう。