英「オーウェル賞」を受賞したコメンテーターのギデオン・ラックマンは、「パックス・アメリカーナ」の全盛期だった1990年代初頭に初めて中国を訪問した。今、アジアの台頭が世界秩序を覆し、西側の優位性に幕を引いている。
中国の歴史上、朝廷を訪問する外国人は往々にして、皇帝に貢ぎ物を納めることを期待される「野蛮人」として扱われた。北京で習近平国家主席と面会した少人数のグループの一員だった筆者は2013年11月、現代の中国の指導者が世界とかかわる方法にも、これと似たところがあると思い知った。グループには著名人がかなりいた。英国のゴードン・ブラウン氏やイタリアのマリオ・モンティ氏といった首相経験者もいれば、欧米の大富豪も数人いた。こうした外国の大物たちは、小学児童のクラスと少々似た扱いを受けた。
我々はまず、人民大会堂の真ん中の音が反響するホールに案内された。次に、国家主席との写真撮影のためにベンチに並ばされた。少したつと、習氏がさっそうと部屋に入ってきて、撮影のためにポーズを取る前に何人かと握手した(著名学者のフランシス・フクヤマ氏は恐れ入ったふりをして、「彼に触っちゃったよ」と息をのんだ)。
数分後、習主席の談話が始まった。宴会場の真ん中に腰掛け、背中には万里の長城の巨大な壁画、頭上にはシャンデリアが飾られ、面前に欧米の元指導者が半円状に座る中で、習氏は「中国は5000年以上の歴史がある古代文明だ」ということを訪問者に思い出させることで話の口火を切った。ある意味では、これは常とう句だ。とはいえ、自国に対する中国の理解の根幹にあるのは、数千年の歴史への認識だ。いくつかの点では必然的に、中国が米国を成り上がりの国家と見なしていることを意味する。要するに、250年足らずしか存在していない、大半の中国王朝より存続期間が短い国なのだ。
■習氏が力説した「ツキディデスの罠」
習氏のスピーチの中心テーマは、中国の富と力を再構築する決意についてだった。外国人の聴衆を相手にすでに何度か試したお気に入りのスローガンの一つは、中華民族の「偉大な復興」である。だが、中国の台頭は外の世界との衝突につながらないと言って聞き手を安心させることにも習氏は力を入れていた。「我々は皆、ツキディデスの罠(わな)、つまり新興勢力と既成勢力の間の破壊的な緊張を避けるために一致協力する必要がある」と彼は強調した。
この「ツキディデスの罠」への言及は、習氏(あるいは、彼のスタッフ)が中国の台頭に関する米国の議論をフォローしてきたことを物語っていた。ツキディデスの罠はハーバード大学のグレアム・アリソン教授が名付けた言葉である。紀元前5世紀のアテナイとスパルタの戦争は、台頭するスパルタに対してアテナイが恐怖心を持ったことで引き起こされたという、古代ギリシャの歴史家ツキディデスの考察を引いた概念だ。教授の計算では、1500年以降、支配勢力と新興勢力が対立したケースが16回あり、そのうち12回は戦争に至ったという。
人を安心させようとする習氏の試みにもかかわらず、米国と中国の戦略的な緊張が高まっているのは間違いない。中国はこの1年間、人工島と軍事施設を建設することで、論争になっている南シナ海の大半に対する領有権の主張を強めようとしてきた。これに対して米国海軍は意図的に問題の海域を航行し、北京からの激しい反論を招いた。
米国と中国の競争関係は国際政治において、最も顕著にして危険なテーマの一つだ。だが、東アジアの緊張の高まりは、より大きな物語の一部にすぎない。