アピタル・酒井健司
2016年8月15日06時00分
前回は、原発性胆汁性肝硬変という病名が、医学の進歩によって実態と合わなくなり、原発性胆汁性胆管炎という病名に変わったという話をしました。
改めて考えてみると、病態と合わない病名ってけっこうあります。みなさんがよく知っている病気でいえば、「糖尿病」。その名の通り、もともとは糖が尿に出てしまうことから名付けられました。おしっこの検査にも、尿糖という項目があります。
正常の尿には糖は含まれていません。糖は栄養源になりますので、尿と一緒に排泄するのはもったいないです。そこで腎臓には、原尿の中に含まれている糖を再吸収する仕組みがあります。しかし、血液中のブドウ糖濃度(血糖値)が高くなると、糖の再吸収が追い付かなくなり尿の中に糖が混じってきます。
糖尿病の本質は尿糖ではなく血糖値の上昇です。血糖値を正確に測れるようになった現在では、糖尿病の診断は尿糖の有無ではなく、血糖値で行います。なので「尿糖は出ていないけど糖尿病」という状態もあります。
病態と合わない病名として、他にも「悪性貧血」があります。悪性貧血は、赤血球を造るために必要なビタミンB12の不足によって起こります。悪性貧血の原因がわからなかったころは、治療法もなく、たいへん予後が悪かったそうです。なので病名に「悪性」とついています。
原因が判明し、治療法のある現在では、悪性貧血はそれほど悪性ではありません。ビタミンB12を注射で投与することでほとんどが治ります。胃がんや大腸がんからの出血による貧血のほうが、よほど悪性と言えます。
現代風に病名をつけるなら、糖尿病は「高ブドウ糖血症」、悪性貧血は「ビタミンB12欠乏性貧血」になるでしょうか。しかし、もはや糖尿病も悪性貧血も使い慣れた病名ですから、いまさら変更する必要性に乏しいと思います。ただ、「悪性貧血」については、予後が悪いという誤解を招きかねないので、患者さんに対しては丁寧な説明が必要です。
<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信>
1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。
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