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【社説】

終戦の日 戦争は今も続いている

 戦争はさまざまに語られるけれど、ではどれほどの実感をもって私たちは知っているか。防衛はただの外交用語ではむろんない。今も戦争は続いている。

 先月半ば、英国の新首相メイ氏が議会初演説をした。

 議題は英国唯一の核戦力である潜水艦発射型弾道ミサイル・トライデントを搭載する原潜四隻の更新の可否。核兵器の行使は首相のみが命令できる。

 野党議員の質問。

 <罪のない男女や子ども、十万を超す人を殺すかもしれないが、あなたはその(核の)スイッチを押す覚悟があるのですか>

◆メイ首相の核の即答

 メイ首相は、即座に堂々と答える。

 <あります。抑止力とはわれわれにその用意があると敵に知らせることです>

 敵がいるから抑止力は必要だ。理屈はむろんその通りであり、英国を含む同盟国は米国とともに冷戦時代はソ連と、今はロシアと核ミサイルを持ちつつにらみ合っている。

 首相の即答に対し、筋金入りの反戦主義者で労働党党首のコービン氏は問うた。

 <われわれは核兵器なき世界について議論してきました。その実現方法では意見が分かれても目指そうという決意では同じでした。大量破壊兵器による抑止が正しい方法とは思われない>

 採決は、労働党議員を含む断然多数で原潜の更新を認めた。

 二つのことに注目したい。

 一つは、核保有国の中に核をもたなくてもいいのではないかという議論が正面から出てきたことである。原潜基地が地元にある地域政党スコットランド民族党はこぞって反対した。

 原潜更新は、建造の巨費と雇用の創出を伴って国中の話題となっていた。軍事面ではBBC(英国放送協会)は核は必要とする意見と、抑止力は高度な通常兵器で十分という元軍幹部の賛否二論を紹介していた。

 核に対する異論は小さなうねりの始まりかもしれない。

 二つめは、議会で核兵器の使用はおびただしい無辜(むこ)の血を流させるという具体的な指摘がなされたことだ。戦争では兵士の死のみならず住民多数が巻き添えになる。

 戦争について、英国民の記憶になお新しいのはアメリカに引きずられるように参戦したイラク戦争だろう。兵士四万人以上を送り出し百七十九人が死亡した。連日のように盛大な葬列が進み、沿道は黙して頭を垂れた。

 英国での戦争の議論は常に肉薄したものにならざるをえない。

◆実際の戦争のむごさ

 日本の昨年の安保法議論を振り返るのなら、流血のまるで見えないような、法文言のうえでの理非整合を問うだけのような国会のやりとりは、果たして実際の戦闘のむごさをどれほど国民に意識させたであろうか。戦争を知る世代は、戦争を知らない世代たちの戦争議論をはらはらしながら聞いていたのではないか。

 想像すべきは、戦争の実相である。想像を超える戦場の現実である。核の非人道性はかつて広島、長崎に実在し、核の恐怖は核を持つ者に潜在し、中東で進行中の戦争は刻々命を奪い、テロは世界のどこにでも起こりうる。

 話を英国に戻せば、イラク戦争参戦の英政府の誤りを調べつくした独立調査委員会の報告書は先月公表され、内外でおおむね称賛された。

 しかし、英兵の死者は記しつつも、住民を含め十万人規模というイラク人死者にほとんど言及がなかったのはどういうことか。

 委員会の目的が自国政府の責任追及だったといえばそうでもあろうが、その政府の誤りによっていかに多くの無辜の人が死んだのかということに口をつぐんでいいものか。

 英国はもちろん特段に好戦的な国ではない。優れた議会制民主主義国でもある。それでも戦争をはじめてしまえば、味方にも敵にも、また住民にも多数の死者を出すことになる。戦争は悪ということである。英国という優れた「普通の国」が、平和と正義の名の下に戦争に突き進んでしまう。

 そこに戦争のワナはあり、世界の国々がそのワナにはまり、人類はそれを繰り返している。

◆英国とイラクの嘆き

 イラク戦争で英兵士の息子を亡くした父親は「無駄死にした」と嘆き、同じ嘆きはイラクには無数にあるだろう。

 戦争をなくすのは容易ではないが、なくそうという決意は増やすことができる。一人の決意は集まれば大きな力になる。

 八月十五日は先の大戦の犠牲者を悼む日である。同時に戦争の罪過をかみしめる日でもある。世界では戦争は今も続いている。

 

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