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終戦記念日 歴史に学ぶ力を蓄える

 私たちはどういう道をたどって今ここに立っているのか。日本赤十字の従軍看護婦の話から始めたい。

     野村田鶴子さんはフィリピン・バギオの第74兵站(へいたん)病院で働いていた。そこが米軍の猛攻撃を受けたのは1945年1月23日だ。屋根に大きな赤十字の標識があったにもかかわらず、米軍は容赦なく爆撃した。

     彼女は「白衣の看護衣を血で染めた若い看護婦達がいた。自分達と同じ赤十字の看護婦が、しかも年頃も同じ若い看護婦が、息もたえだえになっている。骨の髄まで氷るような思いだった」と衝撃をつづっている(「紅(くれない)染めし」77年刊)。

    年々減り続ける体験者

     バギオが大空襲を受けた後、日本軍が8キロ離れた鉱山の坑道内に設けた臨時病院もむごかった。

     「下半身ギプスをしている患者が足の指の間が焼けるように痛いという。見ると油虫にかじられ、白い骨が見えていた。カンテラで照らしてみると、足を切断された患者の傷の中にも油虫が食い込んでいた」(同書掲載の清水直子さんの手記)

     37年に始まる日中戦争から終戦までに、日赤は延べ3万3000人の救護看護婦を戦地や病院船に派遣した。兵士と同様に、赤い「戦時召集状」で強制的に送り出され、殉職者は約1100人に上っている。

     その記録の数々は、戦争の愚かさや非人道性を伝えて余りある。

     日赤青森支部の花田ミキさんは、中国山西省の陸軍病院に勤務していた当時、憲兵の目を盗んで日記をつけていた。こんな記述がある。

     「風呂敷包み一つの私物をもって幼な児のように輸送されてくる人たちの、お母さんたちの心情のせめて万分の一でも我が心にそなわれ、我が手よ、母の手となれと願う」

     かつて日赤看護学校の出身者には「卒業後満十二年間戦時又ハ天災ニ際シ本社又ハ其所管地方部ノ召集ニ応シ救護ニ従事スヘキモノトス」という義務が課せられていた。

     このため、従軍看護婦には10代後半から20代の若い女性が数多く含まれている。結婚したてで乳飲み子と生き別れた母親も少なくなかった。

     戦後71年。終戦時に20歳だった人も91歳になる。殺し合いの最前線で命を守るという、究極の矛盾を体験した生存者の数は急速に少なくなっている。花田さんも2006年8月に91歳で亡くなった。

     政府は1998年から2013年にかけて、元従軍看護婦の人たちへの顕彰事業を実施した。申請に基づき約6600人に「その御労苦に対し衷心より敬意を表し慰労します」という首相名の書状が贈られた。ただ、窓口の総務省も日赤も現在の生存者数は把握していない。

     辛酸を極めた当事者の声が年々か細くなっていくからこそ、過去を知り、語り継いでいく必要がある。

     一人一人の人間は弱く、目の前の状況に流されがちだ。中国や北朝鮮の露骨な軍事力強化を見せつけられると、勇ましい声に引きずられる。その時に私たちを支えるのは過去との対話を通した理性だろう。

     安倍晋三首相の戦後70年談話をめぐって論争がわき起こった昨年に比べ、歴史認識の議論は落ち着いてきたように見える。だが、安倍談話は当面の摩擦を避けることに力点が置かれ、近現代史について国民の共通認識を形成したとは言い難い。

    現実と理想の懸け橋を

     A級戦犯が合祀(ごうし)されている靖国神社を主要閣僚が参拝すれば、再び歴史が強い政治性を帯びる。靖国問題の根底には戦争責任を裁いた東京裁判観の分裂があるからだ。

     300万人を超す戦争犠牲者への追悼はどうあるべきか。政治家はこの困難な課題を克服する勇気と信念を持ち続けなければならない。

     戦後70年から71年にかけて特筆すべき出来事に、オバマ米大統領の広島訪問(今年5月27日)がある。

     1960年代に広島を訪れた米国の社会学者は、中学生から「平和の象徴」として千羽鶴を贈られ、「何とナイーブな」と驚いたという。米国の信奉する核抑止理論と、折り鶴がかけ離れていたからだろう。

     しかし、オバマ氏は4羽の鶴を折り、それを展示した原爆資料館の来館者は昨年より4割増えた。冷徹な国際政治と広島の祈りとの間の、ささやかだが意味のある懸け橋だ。

     政治には、高度なリアリズムが求められる。同時に、政治が理想への情熱に突き動かされる営みでなければ、人類は前に進めない。

     20世紀の2度にわたる大戦に打ちのめされ、安定と共存を求めたはずの国際社会で、再び国家のエゴが強まりつつある。米国のトランプ現象や英国の欧州連合離脱の背後に、排他的な「自国第一主義」が見て取れる。国連安全保障理事会による国際平和の理想も揺らいで久しい。

     今はリオデジャネイロ五輪の真っ最中だ。開会式では五輪旗を掲げた「難民選手団」にひときわ大きな拍手が送られた。ただし、難民選手団を結成する必要がなくなってこそ、五輪は真に平和の祭典になる。

     71年続く日本の平和は至高の財産だ。これが80年、90年と続くようにするには、やはり努力がいる。歴史に学ぶ力を蓄えること。きょうはその大切さを確認する日である。

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