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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

五章 ローレル迷宮編

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危険こそ確実な正解の一つ


 第一層エントランス。
 すべての分岐の始まり、最初なのに実は以降の難易度を大きく左右する重要な場所でもある。
 いつもお祭り会場。
 食べ物臭がやばい。
 人の数もやばい。
 危険度も低く観光客のヤソカツイ大迷宮といえばココ。
 むしろ出没する魔物が哀れになるレベル。

 第二層ガーデン。
 一つ一つの広さはエントランスほどじゃないけど、見渡す限りまるで外のような空間。
 地形や出現する魔物にはそれぞれ特徴があり二層目ながら難易度の幅が恐ろしく広い。
 一番難易度が低い入門編はその名もわかりやすいビギナーズガーデン。
 僕らが二日目にホクト達に先陣を任せながら駆け抜けたのは初日と同じドレイクガーデンってとこだった。
 まあ、一言でいえば竜の巣みたいなとこか。

 第三層パス。
 ここは狭い。
 その分、多くが一本道であるこのフロアは戦闘そのものの回避が難しい。
 戦闘回数が増え消耗も激しくなる為、複数パーティでの共闘や戦闘経験の蓄積に使われる事も多いんだとか。
 分母が大きくなるんだから当然の様にここでの死者は前二層よりも遥かに多く、初心者達にとって最初の壁になる層でもある。
 ホクト情報によると、エントランスからビギナーズガーデンに進むとこの三層目がビギナーズパスになり、ここで行き止まりになるらしい。
 オルタフロアの所為で僕は初めてだったけど、巴達にとっては二回目でもあり、トライブパスと呼ばれるフロアを通過した。
 直線とホールがいくつか続く単調なフロアで直線部分での雑魚戦とホール部分での大物戦の連続だった。

 第四層バリー。
 まんま谷状。谷底を進むフロアで視界がやや暗い。
 パスみたいに行動範囲が制限されつつ、ただ敵やトラップが谷である分立体的になってた。
 空からの襲撃ってやつだね。
 翼のある魔物がメインで、時折地面からもワーム系のが奇襲を仕掛けてきた。
 トラップも落ちてくるものがメイン。
 と思ってたら最後には谷そのものが狭まってきて結構な迫力があった。
 ネグリジェバリーってフロア名を聞いた時にはちょっと色々と好奇心が湧いたのは否定しない。
 大体谷ならバレーって呼べよと。
 いや実際の発音なんて覚えてもいないよ?
 でも日本人的正しいカタカナとしてはバレーだろうと。
 ちなみにピンクな要素は一切なく、フロア全体に全能力を下げるデバフ効果みたいなものが付与されてた。
 ……どこがネグリジェなんだか。

 第五層メイズ。
 これぞダンジョン。
 迷路だ。
 憂鬱なフロアだけど通路や天井がそれなりに広いから閉塞感はなかった。
 それだけが救いだね。
 あとはホクトがきっちり次の層までのルートを構築していてくれたから迷わずついて歩くだけで良かったのも大きい。
 武装したゴブリンやらオーク、リザードマン他獣人系の魔物が多く出現し、こちらを見つけると全速力で襲い掛かってくる感じの好戦的なフロアでもあった。
 ソードメイズってフロア名の割には鈍器っぽいのを持ったのはそんなにいなかったな。
 名前を信じるなら剣の迷宮なのか。
 ボスっぽいのも大きな剣だったし。
 剣だけが宙に浮いて踊る様に斬りかかってくるのは軽くホラーに通じるものがあると思いました、まる。
 しかしソードメイズ、ソードメイス。
 ああいう特殊な鈍器ってかなりカッコいいと思ってるのに残念……。
 地味に地上とのリンクを作るオベリスク、ポータルの場所がスタート地点から遠いのが嫌らしかった。

 第六層ヒル。
 丘じゃねえよ。
 こんなの山だ。
 マウンテンに改名しろと思った。
 舗装はしてない登山道程度に均された道を生い茂る樹々に囲まれながら延々上っていく。
 うねうねしてるは魔物は気配を感じさせずに奇襲ばっかだわ。
 森鬼のシイだけは樹木が沢山の空間にご満悦でこれまで以上にハイテンションで一番槍ならぬ一番鈍器で襲い掛かってくる獣達のミートをチョッパーしてた。
 ハイドハイドヒル。
 その名の通り敵の気配が掴みにくいフロアで、だからきっと名前にも二回繰り返してあったんだろう。
 大事なとこだからね。
 でもシイには相性抜群でしたと。
 樹々から情報を強制収集できる上位の森鬼に一応属している彼女からすれば、気配を断つのが上手い獣達も物理的に丸見えだったようです。
 合掌ものの悲劇だ。
 そういえばゴンゾウはどんな五層と六層を見て、何に絶望を味わったんだろうな。
 通過した層も違うだろうけど……よくわからなかったな。

 第七層ホール。
 マップを買わなかったり、事前に情報集めを怠ったまま辿り着くとまずパーティが半壊、もしくは全滅するフロア。
 まあここまで進んだ中でそういう輩は相当レアだと思うけど。
 入った瞬間でっかい落とし穴である。
 とっかかりも何もない。
 ポータルさえもない。
 ただ落ちる。
 そして飛行する魔物に襲撃される。
 底には次の層への陣がポツリと。
 何らかの手段で落下を制御しないと運よく魔物を振り切って底についてもグシャっとなって終わりって訳だ。
 どこかにそういう装置が浮いてたり壁についてたりもしなかった。
 マップ情報によるとスイッチで浮遊効果を生み出すギミックや、ところどころに足場があるホールが殆どなんだとか。
 このフロア、グレートホールに関しては完全に自力でそれをやれって事なんだろう。
 どっちかと問われれば、そこが見えない大穴で次の足場があの辺にあるはずだからと自分の意志で助走をつけて毎回飛び降りる方が、問答無用で延々落とされるより遥かに怖いんじゃないかと思ったっりした。
 ともあれ僕らに関しては特に問題なし。
 出オチである大穴以外に大したギミックもなく、全員無事着地して先に進んだ。
 なんとなく、こここそ精神的な意味で大きな壁のような気がした。

 第八層レイク。
 地底湖。
 つまり探検隊の浪漫。
 異論は全部認めます。
 改めてここが地下の奥深くなんだと認識させられるむき出しの土と岩と、閉塞感たっぷりの岩盤製だろう天井。
 そんな空間に湖の底から蛍の光みたいな優しくぼんやりとした光が放たれていた。
 空間全体を見るなら薄暗い程度の、まばゆいとまでは表現できない決して強すぎない光だ。
 ただ湖から広がるソレは、強い存在感を放っていた。
 広く深い地底湖の水面みなもには人ひとりが乗れるような石が大量に浮き出ている。
 石柱の頭部分じゃなかった。
 浮石だ。
 それらは鈍器込みならパーティ最重量クラスのシイが乗っても沈む事のない強い浮力を持っていた。
 次点のベレン、ホクトももちろん大丈夫。
 ただ面積の部分で同時に二人乗るのは難しい感じだ。
 ポータルはこれまでの大体の層と同じくスタート地点からほど近い場所に。
 そして湖の中央には次の層に続く陣。
 この辺りに関してはシンプルなフロアだ。
 やるべき事がわかりやすい。
 浮石を辿って中央の小島に到達して先に進めって事だろう。
 魔物は湖に生息する水棲系ばかり。
 地上からの攻撃はなかった。
 気配はともかく、湖から水面の羽虫でも狙うが如く飛びかかってくる魔物達はその体の殆どが透明。
 擬態の一種だろうか。
 それを足場の悪い中、行動もかなり制限されている状況で捌いていかなくちゃいけないのは中々の作業だった。
 しかも中盤からは外見じゃ見分けがつかない癖に乗ると沈む浮石まで登場してくる始末。
 一気に奥まで飛ぼうとした巴が、中継地点にするはずだった足場で水も滴る良い巴になった。
 そこでカチンときたのか巴が水の中で何かをしたらしく……その後の水中からの襲撃は一切なくなった。
 まあ僕もその心境には共感できる、ストレスが溜まるフロアってのが一番の感想だ。
 クレイドルレイク。
 次があれば正解の足場を一気に駆け抜けて終わりにしたいとこだ。

 第九層ゲート。
 要はワープフロアだった。
 これも正解さえわかっていれば道筋はどうとでもなる。
 この大迷宮を攻略してきた先人達にただただ感謝だね。
 ……本当に。
 こんな気が狂いそうになるワープの繰り返し、とても一つ一つ試すなんて気にならない。
 何故かホクトが残念そうにしてたのも完全にスルーだ。
 基本、それほど広くもない小部屋で四択を繰り返す仕組みになっていて、それぞれの部屋も大して変わり映えしない。
 いずれかの扉を開けるのがスイッチのようで、対応した次の場所に移動させられる。
 キューブゲート、単調だからこそ迷いやすくもある厄介な場所に感じた。
 しかも魔物が待ち構えている部屋も結構あって、移動後、即戦闘になるケースは多かった。
 ここは澪にはあまり楽しい場所ではなかったようで、待ち伏せしていた筈の魔物の多くは彼女のストレス発散の尊い……。
 何十回かの移動の後、前方に見慣れない下に降りる通路を見つけた時には、思わず安堵でため息が出たね。

 第十層パレス。
 ここのポータルにはこれまでの層とは比べものにならない程人で溢れていた。
 驚きの光景だった。
 もちろんエントランスとは比較にもならないにしてもだ。
 数十人がポータルで幾つかのグループに分かれて話し合いや商談に興じている。
 一体どういう事なのか。
 僕らがポータルに近づいていくと集まっていた面々の視線が一斉にこちらに注がれ、若干の居心地の悪さを感じた。
 これは……なにか、奇異なものでも見る目のように思える。
 フロアのイメージも全くダンジョンっぽくない。
 いやこれまでもそういう層はあったけど、ここは何か違う。
 そうこれは、豪華な室内。
 そんな感じだ。
 くつろげそうという意味合いならここは確かに人が集まるだけの意味があるのかもしれない。
 十層まで来られるという事はそれなりに経験も豊富な人たちだろうし……エントランスよりは役に立つ情報が期待できるかな。
 恒例の作業になったポータルの登録。
 これまた恒例になったオベリスクから返される赤い光。
 登録終了の合図だ。
 よし、これでいつでも十層には来られる。
 六夜さんからの課題も無事達成。
 皆は……あんまり疲れている様子もないけど、情報収集も兼ねてここで一度休憩するのもいいな。
 時間もちょうど昼頃だ。
 食事にするのも良い。
 これだけ人がいるんだから何か買えればサプライズで一品増える。
 こういうのは、例えここが迷宮の地下十層でも地味に嬉しかったりする。

「共通十層パレスにようこそ。久しぶりに新人の顔を見た、よろしくな」

 僕らに視線を向ける人垣から一人が進み出て歓迎の言葉と握手を求める右手を出してきた。
 なるほど、久々の新顔が珍しいって訳か。
 納得。
 ここで顔を合わせるクラスになると、やはりあまり変わり映えもしなくなるんだろうな。
 いなくなるって方は別にして増えるって方の変化は少ない、か。
 それに共通十層って言葉。
 ここのポータル周辺に妙に人が多いのはひょっとして……。
 差し出された男の手に応じ、握手を交わす。
 同時にホクトに視線を送ると、彼は頷いた。
 つまりここパレスはどのルートと通っても十層目として到着する場所。
 だから全てのルートでここまで到着した連中が集まるフロアになってる訳か。

「はじめまして。クズノハ商会、代表のライドウと申します。同行者は皆従業員で巴、澪、ベレン、ホクト、シイ。時間はかかりましたが何とかここまで来られました。こちらこそよろしくお願いします」

「商会? いやここまで来たんだ、実力はあるんだろう。もしここで商談中心で立ち回りたいなら――」

「いや、彼らにそのつもりはないよ。そうだろう、ライドウ君」

 ここにいる冒険者達の中でも立場が強そうなその人が僕と話を始めた直後。
 人の壁をモーゼよろしく切り裂いた人物が割り込んできた。
 聞き覚えがある声。
 彼だ。

「はい、少なくとも今回はここで商売をしに来た訳じゃないです。まさか待っていてくれるとは思いませんでした、六夜さん」

「っ、六夜!? 林檎の……嘘だろ、ガキの頃見た肖像と全く同じ……本物、なのかよ」

 見たところ若く見積もっても四十程に見える目の前の男が六夜さんを見て目を見開いている。
 外見は相当長い間変わってないんだな、本当に。
 六夜さんの登場で周囲のガヤは更に大きくなっていった。

「なんの、来たばかりさ。早めにきて、君らの事をここの連中に知らせておく予定だったんだがね。まさか半日で踏破するとは完全に予想外だったよ。正に規格外、化け物だ」

 当の六夜さんは僕ら以外をまるで気にする事なく話を続ける。

「はは……」

「確かに、これでは並みの冒険者は愚か荒野の果てに挑む一線級の強者達でさえ、君らの背から学ぶなど難しかろうな。おそらく丁寧に導いてやったとて、そこには学び追いつく気概よりもおそれが先に顔を出す。なるほど、なるほど……。いや、納得した」

「……」

 どこか憐れむような光が、六夜さんの目に少しだけ浮かんだ。
 それに、それと同じくらい少量の共感?
 表情の読みにくい六夜さんの柔和な笑みからは、やはりあまり多くの事はわからない。

「さてここにいる事が全ての証明であり課題は合格だが。参考までに通ってきたフロアを教えてもらってもいいかな?」

「わかりました。ドレイクガーデン、トライブパス、ネグリジェバリー、ソードメイズ、ハイドハイドヒル、グレートホール、クレイドルレイク、でキューブゲートです」

 周囲のざわめきが、僕が六夜さんに伝えていくフロア名毎に小さくなり、静まっていく。

「……そのルートを設定したのはライドウ君か」

「いえ、このホクトに」

「なるほど。何か意図があっての設定かね? ああ、糸じゃないよ」

 ホクトが僕に発言して良いかを確認する視線を送ってくる。
 黙って頷いておく。
 既に課題は果たし、彼の協力は得られる。
 特に問題はないと思う。
 にしても六夜さんは……ホクトがアルケーだと、暗に気付いていると伝えてきているんだろうか。
 怖いな。
 巴も初見で正体を知られていたようだし。

「……この迷宮は難易度が高い層ほど、次の層も難易度が高い場所に繋がる陣が存在している事に気付いた。もちろんそうでない層への移動も可能になっていたが、危険が増すほどに確実に次の層に進める。ならば若様と我々ならそこを進むのが最短にして最善と判断しただけだ」

「だから、か。謎解きやトラップ回避がメインになるルートもあったのだがね。それらは不得手か。きっとここにいる連中の半数以上はそうしたルートを踏破した者達だぞ?」

 六夜さんが楽しそうにホクトへの問いを続ける。

「別に不得手ではない。ただそれらのルートを選ぶと層の行き来が多い。無駄な時間だ。例えば二層を四つ踏破して石板を揃えてから特定の三層に挑み、その後七層までに四回、ここまでには十回以上そんな調子で上層とのやり取りを必要とする。通過するフロアの数も膨大だ。私が設定したルートならただ進むだけ、一フロアずつ攻略すれば済む。そちらが今仮定したルートで一日以内でここまで到着するのはほぼ不可能だ」

「……いや、言葉もない。完全な回答だ。それはヤソマガ、ああいや、ヤソカツイの迷宮の確実な攻略法の一つだ。どうやら君たちは私のアドバイスなどなくとも無事に二十層まで辿り着けそうだな」

 幾つか試されていた事に、ホクトはやや憮然とした態度で六夜さんに応じていた。
 別に六夜さんに気にした様子もなかったから僕も何も告げる事なく。

「では六夜さん。昨夜のお約束通り、交渉の席で私どもに味方していただけるという事で、お願いできますよね?」

 一応、確認しておく。

「もちろんOKだ。約束は守るとも。しかしながらあれから問題の仔細がわかってね、これが中々に難題だ。無論『交渉の席』において私は君らにつく。つくが……その席を設けるまでについては味方とはいかないかもしれない」

「どういう事でしょう?」

 六夜さんは困った風に苦笑を浮かべ、返答に詰まる。
 こちらとしては彼の答えを待つしかない。
 巴と澪をはじめ、連れは六夜さんの態度に少しずつ苛ついているのがわかる。
 彼の方に何かイレギュラーな事態が起きている、って事だろうか。

「はぁ、いかんな。どうにも難しい。どうだろう、時間も頃合いだ。飯でも食いながら、少し私に時間をくれないか?」

「……わかりました。昼時ですしね、そうしましょう」

 予定外の人物を一名追加。
 ポータル付近の一角で用意を進めた僕らは、他のパーティからの強烈な好奇心全開の視線を向けられながら。
 休憩兼昼食を取る事にした。


次回は7/3更新予定です。
ご意見ご感想お待ちしています。

なお、月導のコミック版第一巻が6/22より電子書籍化され配信開始されている模様です。
何件か質問を頂きましたkindle版につきましては当面予定はございませんが、ブックライブ、ブックウォーカーなどを利用されている電子書籍派の方は是非ご覧いただければと思います。
宣伝でした。
それでは失礼いたします。
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