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夏のホラー2016 作者:神部 大
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四。


姉の様子が最近変だ。
キッチンのテーブルに腰掛け、口をポカーンと開け、空ろな目つきで視線を泳がせている。
以前は風呂場や自分の部屋をうろついていたが、この何日かはキッチンにいつもいる。

去年母方の祖母が亡くなったが、あの時のことが本当だったのだろうか。
祖母は意識が混濁する前に僕を枕元に呼び寄せ、確かに言った。
「あの子(姉)もかわいそうだけど、逆恨みされるおまえも不憫だよ。
 おばあちゃんが一緒に連れて行くから、それまで辛抱してな」



――――


姉と僕は異父姉弟だった。
四つ年下の僕は両親から可愛がられたが、姉はそうじゃなかったのだろうか。
十代後半には家を出て男と暮らし始めたが、両親は真剣に将来を考え必死に引き止めた。
高校も中退し、警察から補導されるまで荒れていた姉は、
両親に反抗して聞く耳を持たなかったというのが事実だと思う。

その姉が再びうちに戻ってきたのは、自身の葬儀のときだった。
深夜に同乗していた男の車が交通事故を起こし、即死だった。
お通夜が終わり、弔客がすべて引き上げ、家族だけで過ごした夜のことを僕は忘れられない。



真夜中、客間の六畳で誰かの声がした。
僕は疲れきって寝ている両親をそのままにして、一人で部屋へ行った。
そこには姉がドライアイス入りのお棺に安置されている。
怖くはなかった。
十年以上一緒に暮らして、家族仲の良い時期もあった。
姉は中学に入った頃くらいから僕と口を聞かなくなったが、激しく反抗したのは母親だった。
僕は姉のことが嫌いじゃなかった。
憧れみたいなものもあったような気がする。

僕は好きだった姉に、最後の挨拶をしておこうと思った。

姉は事故の際ひどい怪我を負い、顔半分に包帯が巻かれていた。
それでも、奇跡的に右半分はかすり傷ひとつなかった。
お棺の開き扉をそっとあけ、昔の面影が脳裏によみがえろうとする刹那、信じられないことが起こった。
姉の閉じられた瞼がぱっちりと開いた。
白濁した瞳がゆっくりと僕を捉え、口角が震えている。
僕は思わず顔を横にして聞き耳を立てた。
姉が生きている。その奇跡を確かめたかったからだ。

「おまえも連れて行く」
呪詛の言葉が姉の口から漏れた。
僕は驚いて後ずさりし、少し離れた所から姉を見つめた。
姉は目を閉じたままだった。

僕は両親が寝ている部屋に戻り、がたがたと震えていた。
明け方になって気持ちが落ち着き、幻覚を見たのだと思った。



今では、それが幻覚じゃなかったことが分かっている。
姉は僕の前に時々現れ、にらみつけることもあるし、悲しげに見つめることもある。
僕に何かを言いたいのだろうが、声をかけられないようだ。
それでも、姉は僕に会いたがっているような気がしていた。

・・・その姉が最近変だ。
やはり祖母が連れて行こうとしているのだろうか。

姉の姿がフェードアウトするのを確認して、僕は真夜中のキッチンから立ち去ろうとした。
イスをテーブルに戻して振り返ると、そこに祖母がいた。



「今すぐこの家からお逃げ」
祖母は僕にそう言った。
「あの子はおまえを連れてくつもりだよ」

僕が唖然としていると、最後に一言。
「ごめんよ。あの子を怒らせたみたいだ」
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