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【芸能・社会】SMAP 大みそか解散 独立騒動後も溝埋まらず空中分解2016年8月14日 紙面から 人気グループSMAPが12月31日をもって解散することが、13日分かった。本紙の取材に対し、所属のジャニーズ事務所が解散の事実を認めた。1月に一部メンバーの独立への動きがきっかけで表面化した解散騒動は、いったんは収束したかに見えたが、メンバー間の溝は埋まらなかった。日本の芸能界屈指の人気を誇ったグループは、デビュー25周年という記念すべき年に、空中分解というファンには割り切れない形で幕を下ろすことになった。 SMAP解散は、やはり避けられなかった。ジャニーズ事務所は解散を認め、「デビューより25年間アーティストとしてグループ活動をして参りましたSMAPは2016年12月31日をもちまして解散させていただくことになりました」とコメントした。また、メンバー出席の解散の表明会見や解散コンサートは行わないという。 ただ、9月に期限を迎える各メンバーと事務所との契約は更新が既に決まっている。全員が事務所にとどまった上で、個人活動に移行する。 SMAPは今年がCDデビュー25周年。事務所側はコンサートなどの記念プロジェクトを実現すべく、3カ月ほど前からメンバーとの話し合いを重ねてきたが、「今の状況ではグループ活動をすることは難しい」とテレビの音楽特番への出演辞退が続いていた。 8月に入ると事態はさらに深刻化。事務所側はグループ活動の一時休止を提案したが、今月10日に「休むより解散したい」と複数のメンバーから申し入れがあり、それを受け、11日に事務所が解散を決定した。解散を申し入れたメンバーに関しては、事務所側は「過半数」と明言を避けたが、本紙の取材では香取慎吾(39)、草なぎ剛(42)、稲垣吾郎(42)とみられる。 事務所を通じて公表された5人のコメントにも温度差ははっきり表れている。木村拓哉(43)は「本当に無念」「5人そろわなければ何もできないので、のみ込むしかない」と悔しさをにじませ、「ファンを無視」「情けない結果」と自らの行為を嘆いている。対照的に草なぎ、香取のコメントにはファン、スタッフへの感謝の言葉はあるが、謝罪の意味合いは薄い。「僕たちSMAPは解散する道を選びました」(草なぎ)、「僕らSMAPは解散いたします」(香取)と揺るがない意志が全面に表れている。 1月の解散騒動では、ファンがヒット曲「世界に一つだけの花」のCD購買運動で解散を阻止し、芸能界はもちろん、政財界からも「解散しないで」と応援の声が届いた。メンバーたちも、SMAPの存在の大きさ、価値を逆にファンから教えられたはずだった。それが1月18日の活動存続宣言につながったが、一度離れたメンバーの心が元に戻ることはなかった。 関係者によるとジャニー喜多川・ジャニーズ事務所社長は解散に落胆しているが、「5人は自分が生み、育てた。生涯自分の子。グループで活動しようが、ソロで活動しようが同じように愛情を注ぐ」と話しているという。ジャニー社長の親心、ファンの声に、これから彼らはどうやって応えていくつもりなのか−。 ◆中居正広ファンの皆さま、関係各位の皆さま、われわれSMAPが解散することをご報告させていただきます。ご迷惑をお掛けしました。ご心配をお掛けしました。お世話にもなりました。このような結果に至ったことをお許しください。申し訳…ありませんでした…。 ◆稲垣吾郎ファンの皆さま、スタッフ関係者の皆さま、このたびはご心配とご迷惑をお掛けして本当に申し訳ございません。今の状況で5人での活動は難しいと思い、つらい決断ではありますが「解散」という形を取らせていただくことになりました。どうか僕たちの意思をご理解いただけたらと思います。28年間本当にありがとうございました。 ◆木村拓哉このたびの「グループ解散」に関して、正直なところ本当に無念です。でも、25周年のライブもグループ活動も5人そろわなければ何もできないので、のみ込むことしかないのが現状です。たくさんの気持ちで支えてくださったファンの方々、スタッフの皆さんを無視して「解散」という本当に情けない結果になってしまいました。今は言葉がうまく見つかりません。 ◆香取慎吾ファンの皆さま、そしてスタッフ関係者の皆さま。僕らSMAPは解散いたします。応援して下さったたくさんの方々に心より感謝申し上げます。そして突然のお知らせとなりましたこと、深くおわび申し上げます。 ◆草なぎ剛このたび僕たちSMAPは解散する道を選びました。いつも応援してくれたファンの皆さま、支えてくれた関係者の皆さま、グループ結成から28年間本当にありがとうございました。今後も精進して参りますので引き続き、温かく見守っていただけるとうれしく思います。 ◆ジャニーズ事務所「力不足おわびします」ジャニーズ事務所は、本紙にSMAP解散について「25周年のコンサートやイベントを待ち望み、応援してくださっているファンの皆さま、そして彼らを今日まで支えてくださった関係者の皆さまのご期待に応えることができず、本当に心苦しく、私どもの力不足をおわび申し上げます。彼らの活動を、これまで同様温かく見守っていただけましたら幸いです」などとした。 <解説>「休業はファンに失礼」潔く決意固めた「最初はポジティブな話し合いだったのに、だんだんとネガティブな方向に変わっていってしまった。時計の振り子のように、彼らも悩んだんじゃないか」−。メンバーとの協議に立ち会った関係者は、こう漏らした。 1月にグループ活動の存続を自ら決断し、生放送で表明したSMAP。当然、事務所側は彼らが25周年に向けたグループ活動を再開すると信じていた。6月初旬、騒動後初めてファンの元に届いた会報でも、グループとして前を向いていくというメッセージがつづられていた。 ジャニー社長の「解散はない」との発言を受け、5月から事務所や社長が具体的な話をメンバーと詰め始めたが、皮肉にも、これにより「元に戻れない」という思いが明確になってしまったようだ。 5人そろって協議のテーブルについた時も、どこか遠慮がちで積極的な意見は出ず、3週間ほど前からは「解散」か「休止」かという二者択一の事態になった。事務所側は休養し、海外で語学や演劇を学ぶことも勧めたが、10日に大半のメンバーが「いつ再開できるかというのが、自分たちには見えない。休業という言葉で期待をもたせるのはファンに失礼だ。中途半端に期待させるよりも潔く解散を選びたい」と決意を固めてしまった。 1月の独立協議で1人事務所残留を決め、解散回避のために事務所上層部とメンバーの橋渡しをした木村は、一貫してグループ存続への強い思いを持っていたそうだが、最後には他のメンバーの意向をくんで冷静に対処したという。1月の騒動では独立派のリーダーとみられていた中居正広(43)だが、「ニュートラルな立ち位置で、できればこのままやっていきたい、という感じだった」と関係者は明かす。 誰と誰が独立派で、誰と誰が不仲という単純な構図ではなく、また1月の解散騒動が原因の全てでもなく、昨年からグループでいることの疲労感は隠せなくなっていたようだ。SMAPほどのヒット曲があれば、新曲を出さなくても過去の財産で十分やっていける。しかし名前だけの死に体のグループがファンに夢を与えられるかというと、そうではない。最後には事務所も、デビューから25年間もトップアイドルとして貢献してきた彼らの決断を苦渋の思いで受け入れるしかなかった。 (宮崎美紀子) <SMAP> 光GENJIのバックを務めていた「スケートボーイズ」から選抜された6人で1988年4月に結成。グループ名は「Sports Music Assemble People」(スポーツと音楽のために集められた人々)に由来する。91年、「Can’t Stop!!−LOVING−」でデビュー。96年に森且行がオートレーサーへ転身して脱退。デビュー曲から昨年9月に発表した最新曲「Otherside/愛が止まるまでは」まで、55曲連続で「オリコン」トップ10入りの最高記録を持つ。NHK紅白歌合戦には91年から23回出場(2001年、04年は辞退)した。 PR情報
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