Fate/Souls apocrypha 作:変態学者
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一話その日、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアはいつになく気を張っていた。
生まれついて動かぬ足の代わりとなる車椅子を操る手も、普段以上に力が篭る。
それも無理のないことだろう。
これから、彼女が行うのは、自身の、そして一族の未来を決する大決戦――――聖杯大戦だ。
六十年前に冬木で行われたオリジナルの聖杯戦争は、七騎のサーヴァントと彼らを使役するマスターが最後の一人になるまで殺しあうものだった。
しかし、此度の聖杯大戦は魔術協会からの妨害もあって聊かそのあり方が変容してしまっている。
集結するのはかつて冬木で行われたそれの二倍、十四騎のサーヴァント。
ユグドミレニアと魔術協会。
各々が、七騎のサーヴァントを使役し相対する七騎のサーヴァントを滅する。
古今東西に名を馳せた無双の英雄達が一同に会しかつてない規模で行われる【戦争】。
それこそが、聖杯大戦だ。
フィオレ達ユグドミレニア一族はこの戦いに未来のすべてを託している。
敗れれば、一族は滅亡する。
故に足踏みや後戻りは許されない。
ユグドミレニアが魔術協会から離反した以上はこの戦争に勝利する以外に生き残る術はない。
フィオレはその手に宿った令呪をしげしげと眺めた。
胎動する魔力が三つの印を形作っている。
傍から見れば刺青のようにも見えるそれはフィオレにとっての切り札であり命綱であり戦争へのパスポートである。
マスターの手に宿る令呪は三回限りの強制命令権。
魔術師とはいえ一介の人間に過ぎないフィオレがサーヴァント――――すなわち英霊を統べるための唯一の手段なのだ。
それがあるということはフィオレは聖杯に認められたマスターの一人ということで間違いない。
無論、ユグドミレニアの中で序列第二位に位置する彼女は次期当主でもあり、そしてユグドミレニアの中にあって数少ない一級品の魔術師である。
選ばれない道理はなく、この話を当主であるダーニック・プレストーン・ユグドミレニアより聞かされたときから自身の参戦はほぼ内定していたといってよい。
その為、フィオレは生き残る為にそして一族の命運を背負った責任を果たす為、方々に手を尽くして最高の英霊を迎える準備を整えた。
膝に乗せた包みの中には世界最高のアーチャーを呼び出すための触媒がある。
神代より残る青黒い血のついた古い鏃。
この鏃から召喚される可能性のある英霊は二人だけ。
一人はこの矢を放った張本人。
ギリシャ最強最大の英雄ヘラクレス。
そして、もう一人はこの矢で射られた大賢者ケイローン。
両者共に神話に名を残す最高の弓兵だ。
どちらが呼ばれるにせよアーチャーのクラスで間違いはなく、そしてアーチャーに据えるのであれば考え得る限り最高の英霊だ。
人の手の届かぬ高みにある彼らを、現世に呼び寄せ使役することに対して恐ろしさや不安がないわけではない。
先に召喚を済ませた当主たるダーニックのランサー。
そして【黒】のマスター最年少の天才ゴーレム使いロシェ・フレイン・ユグドミレニアのキャスターは、ともに邂逅そのものが奇跡と呼べる偉人である。
キャスターは、一般には知名度が低いと言わざるを得ないが魔術師であるフィオレにとっては無視できない存在であり、ランサーに関してはここルーマニアの大英雄ヴラド三世だ。
世界的に有名な上、この国においては知名度補正が最大値にまで膨れ上がる。
ランサーのステータスはほぼ最大でありサーヴァントとして最高水準にある。
彼の姿を見たときの衝撃は忘れようがない。
これまで経験したことのない圧倒的な威圧感。それはまさに王者の風であり、人を超えた存在のみに許される他の追随を許さない確固とした自我に他ならない。
意志一つで人を跪かせる力の持ち主。
それが、彼女達の当主が王と仰ぐ【黒】の陣営の旗頭なのであった。
儀式場にはすでに複雑精緻な魔法陣が、溶けた黄金と銀の混合物で描かれている。
召喚者はフィオレをいれて四人。
【黒】の陣営には残り五つの召喚枠がある。
この日その召喚枠のうち四つを一斉召喚によって埋めてしまおうとしているのだ。
一人は生まれ故郷の極東の島国で召喚を行うためにこの場にいない。
つまり、その極東で召喚された一騎が合流しなければどうあっても数的不利な状況なのである。
だからこそ、魔術協会が陣営を整える前にこちらの駒をそろえなければならない。
ただでさえ、地力では向こうが上なのだから迎え撃つ準備に抜かりがあってはならない。
これから、フィオレもまたサーヴァントを召喚する。
狙うはアーチャーのクラスただ一つ。
ざわめきが消え、見計らったように当主が立ち上がる。
玉座にはランサー。
高みから儀式を俯瞰している。
「それでは、各自が集めた触媒を祭壇に配置せよ」
ダーニックの指示に、マスター達が頷いた。
一人、また一人と触媒を祭壇に配置していく。
俄かに緊張が高まり心臓が飛び跳ねる。
フィオレは慣れた手つきで触媒を操って祭壇に配置し決められた場所に戻った。
胸が張り裂けそうになる。
魔力は全身を循環し、魔術回路が備わる両足を責め苛む。
「告げる」
この一瞬、四人の召喚者達は、ランサーの重圧すらも忘れてただ極大の神秘に触れる感動を味わった。
詠唱は終わり、一層強くなった風と発光の末、白い閃光が一瞬で建物の内部を覆った。
きっと外にいるものからは、教会に天使が降臨したように見えたことだろう
フィオレが引き当てたのはその狙い通りアーチャーのサーヴァントだった。
彼女の身体からはそれなりの魔力が抜け落ちていたし、目の前の存在がこの世のものではないということは降霊科に在籍していた彼女の目から見て明らかだった。
よって、フィオレは滞りなく召喚が成功したと思ってほっと一息つき安堵した。
しかし、彼女の高揚感もこのときまでだった。
彼女が見たのは床にぐったりと倒れ伏す黄金に輝く鎧を着た騎士。
彼女が抱いた感情は、まさに困惑の一言である。
騎士が目を開けると見たことのない天井が目に入った。
優美な模様に立派な木材だ。
神の都アノールロンドや不死院に送られる前ぐらいにしかこの手の物を見たことのない彼でもその値が張るのは理解できるが、竜やデーモンに偉大なるソウルを宿し者に果ては用済みとなった神を殺すことに命を賭けてきた彼には装飾美などは無価値に等しい。
上半身を起こした彼は自身が鎧を身に着けていないことに気付いて忌々しそうな顔をした。
あの【聖騎士の鎧】は彼が気に入り、【光る楔石】という貴重な鉱物のような物を使用した秘宝級の物なのだ。
素材を手に入れるのにトカゲを追い回し、いささか苦労したこともあって思い入れは強い。
かといって、見知らぬ場所を裸で動きまわるまでの気は無い彼はベッドから立ち上がると【上級騎士の鎧】をソウルから取り出しその身にまとう。
彼からすれば――元より不死の呪いを受け旅をする者などには当たり前の事だが、いきなり鎧が現れたような様は人をひどく驚かせるだろう。
ただ、不死人と言えどある程度の訓練を積まねばそれは出来ぬことだ。
そして鎧を着る際に自分に肉体があるという事に気付き、召喚されたという可能性を彼は排除した。
もしや【別世界の不死の英雄】に召喚され霊体となっていたのではないかとも思っていたのだ。
もちろん、彼に召喚される側の施すべき術、いわゆる白サインを行使した覚えがないので当然なのだが。
壁と比較した家具の質から推測すれば自分がいるのは使用人が使う部屋らしいが、それでも廊下に接する場所には上質な木の扉を使ってある辺りここは城だろうかと彼は推測する。
そして、警戒しつつもノブに手をかけた途端、不意にドアが内側へと開かれた。
気配がしなかったわけでは無い。
が、何らかの大きな負担が自分にかかった影響で鈍っているようだ。
彼は飛びのいて反射的に右手に【銀騎士の直剣】を、左手には【紋章の盾】を出現させる。
その両方とも限界まで強化してあるが未知の地で使用するには少し心許ないが、慣れ親しんだ武器であることや謎の敵に素手で挑むよりはマシである。
「落ち着いてください。私は貴方の様子を見に来ただけです」
現れた車椅子に座った少女がそう言うも、彼は瞬きすらせずに盾を構える。
ソウルを取り込みもしていないただの人間だと一目で分かった彼だが、少女自身の脚とその車椅子に不自然なソウルの輝きが見て取れたからだ。
少なくともソウルの扱いがわかっているということは警戒すべき類いの人間だ。
盾を構えたまま、騎士は自分に何をしたかという言いがかりのような問いをかける。
介抱してくれただけなら失礼な問いだが、少女の眉は少し動いた。
「……貴方には説明しなければならないことがあります。私の後に着いて来てくれますか?」
そう言うなり背を向けた少女を訝しげに見る彼だが、
事態を進展させる為に直剣を腰の鞘に戻し少女の後ろを歩く。
どこか不機嫌そうな少女を見て、かなり警戒しているのか素なのかを考えた。
とにかく、武器を持っている相手に背を向けたというのは戦う気は無いということに違いはない。
「聖杯大戦という言葉に聞き覚えはありますか?」
歩きながらそう一言問う少女に、彼は聞き覚えなどまったく無いと返す。
すると、それを聞いた少女はそれ以上話すこともなく無言で歩き続けた。
ただの人間が大嫌いの彼もまた一言も話しはしなかった。
そうして無言で歩を進め続けると廊下の突き当たりへとたどりついた。
そこは壁で無く大きく上質な金属の扉が鎮座している。
「ここです」
扉の前で立ち止まった少女は振り返って言った。
「私達は貴方の敵ではありません。くれぐれも礼を欠くことは控えてください」
少女がそう言い切った途端、大扉が内側から開けられる。
彼はそれに返答せずにただただ扉を睨みつける。
もし相手が自分がここに来た理由を知っているのなら解決策だけを聞いて立ち去ろうと心に決めて。
「来たか、フィオレ」
偉そうな、と言い表すのが最も容易で適切な声を発した王のような雰囲気を醸している男が二人を待っていたように大きな椅子に座していた。
しかし、彼はその男よりも桃色の長髪が特徴的な騎士や大剣を背負った騎士のソウルの輝きが気になった
あの騎士達は誰だ。
そう、彼は男を無視して少女に聞いた。
しかし、彼は答えない。
自らの主が話している以上は当然ではあるのだが。
「……セイバーやライダーに気づくか。やはり、ただの兵士というわけではなさそうだ。身に着けていた鎧も大したものであった」
そう言う男の態度は自らが万象の王であるようなもの。
どうも、そのような人物は好きになれない。
この男は騎士を完全に見下しているのだ。
だが、その座す椅子から見ておそらくはこの城の主だろう。
その城の主の隣に立つ男が口を開く
「さて、貴方は聖杯大戦に参加しに来たわけでは無いというのは、真か?」
男のその問いに、聖杯大戦とはそもそも何かと彼は問い返す。
「ふむ……」
彼はそう言い、フィオレと呼ばれた少女に目配せをした。
それに従い、少女は口を開く
「簡潔に言えば願いが叶う器を魔術師が英霊をサーヴァントとして召喚、使役して争うもの。そして貴方はアーチャーのサーヴァントとして呼ばれて今ここにいるのです」
フィオレのその説明を聞きながら、騎士の視線は目の前の男に集中していた。
この男が聖杯大戦とやらを行ったのかは不明だが、この者達の意志で召喚が行われたのは確かだろう。
欲に塗れた眼をしている。
そして、騎士の意識は、殺意は完全に男へと注がれている。
連れてこられたと思いきや召喚されたというのだ。
肉体があるにせよおそらくここは別世界だろうと彼は思い、男の肩を揺さぶって「戻せ」と迫りたくなった。
なんせ、自分が途中で抜けた事によって向こうでは世界を照らす【最初の火】のくすぶっていた種火が今では消えているかもしれないからだ。
そうなれば、変えの利かない世界を照らす光を失った世界には【闇の時代】が到来する。
それを防ぐために戦ってきた彼の――同じ目的を持った者たちの行いが、すべて水泡に帰すことになるのだ。
騎士は男へと歩む。
そして、お前がこの俺を呼んだのかと問い何度も声を上げて問うた。
「――――止まれ」
そんな彼の歩みを二人の間に入って阻んだのは、先ほど注意を惹いた大剣を背負った騎士だ
荒々しく退くように訴える彼を、その騎士は睨み返した。
「マスターにあなたが彼に近づかないようにするよう、命じられている」
しかし、彼はそれをお前は事態を分かっていないと鼻で笑って更に近づくと、だったら元の世界に戻せと言い、目の前の騎士を殺す様な勢いで睨み付ける。
「君が呼ばれたのは我々にとっても予想だにしなかったことだ。本来なら、アーチャーには別の者が呼ばれるはずだったのだからな」
つまり、自分たちが願いを叶える物を手に入れるために行ったことで、自分がここに来たというのだ。
彼は、ならばそんな争いに関係のない自分を元の世界に戻せ、と尚更大きな声を出した。
「生憎、英霊を呼ぶ術すべを持っていても召喚された者を帰す術を持たない。だが、自害でもすれば帰れるかもしれんぞ?」
王座に座る男は悪びれる様子もなくむしろ嘲笑うようなことを言う。
それに憤慨した騎士は男を睨みつけ、自分を帰すつもりは無いのか、と先ほどまでの露わにしていた激情と真逆の冷たい声で言った。
まるで最後通告のように。
「我々には無い」
男の言葉に、彼は「ならば死ね」と低い声で述べた。
今の彼の思考は「最初の火の薪になるのを邪魔された」ということから煮えた鉛のように音をたてており、彼の人生において数少ない感情任せの行動に出た。
なにせ、彼は呪いによって不死人になって以降その使命である【最初の火の薪になる】ことを何度も繰り返してきたのだ。
それは人の世を救う方法であり、不死人にしかできないことだからだ。
人の理から外れ、全てを失い、永遠の時に囚われた彼にはそれしか残っていなかった。
腰に差していた銀騎士の直剣を引き抜き盾を構えながら王座に座った男を叩き斬らんと走り出す。
「通しはしない」
彼に反応して同様に一瞬で鎧をまとった大剣の騎士は、背中の大剣を引き抜き両手で構えて立ちふさがる。
しかし彼はそれを想定内と眉一つ動かさず、障害である大剣の騎士へと走る。
「止まれ!」
彼は当然応じず、走る。
警告が無駄だと判断した大剣の騎士は腰を低くして剣を振った。
勢いを止めるため、という目的で襲いかかってきた一撃をその盾で走りながら逸らし、間合いの中に入った上で直剣の柄先を頭めがけて叩き付ける。
刃を使わなかったのは加減ではない。
間合いの中に入り込んだ上での攻撃手段として選んだだけである。
そして、勢いを止めるだけ、という考えで振られた甘い一撃。
ソウルの業によって鍛え上げられた騎士にそれを逸らせぬ道理はない。
しかし、剣をそらされた勢いに体を乗せて身を躱した大剣の騎士は、その回転を乗せた返す剣で足を薙ごうとする。
両足を切り落とすことも辞さないといった勢いの剣を、彼は身体を前に放り出し避けた。
騎士は足を付ける地を失い、勢いと重力に身を任せながらもその護手に包まれた手で大剣の騎士の頭を横から鷲掴みにした。
「――――ッ!?」
しまった、と目を見開く騎士の顔を睨めつけながら、彼は鎧の重さに身を任せて倒れこんだ。
もし大剣の騎士の剣がもっと取り回しやすければ彼の腕を切り飛ばせもしたであろう。
しかし、大剣とは両手で持つような大型の物であってそんな取り回しはできない。
苦しそうな声を上げる騎士と共に倒れこんだ彼は左手で顔を掴んだまま、剣を右手のみで持つ形となった騎士の右手を手で上から包み込んで、馬乗りになる。
一瞬、彼と騎士の視線が交差した。
だが、彼は躊躇いもなく、騎士の頭を床に思いっきり打ち付ける。
馬乗りという、防御がほとんど不可能な体勢での頭部へのダメージ。
彼は騎士を死なないまでも無力化した、と確信して目の前の男へと視線を移す。
男は危険の迫る玉座から彼へと冷ややかな視線を送り付ける。
「どうした、貴様はそれで終わりかね?」
そう嘲笑する男を、気でも触れたのかと思いながら彼は立ち上がり――――否、立ち上がろうとした。
突如、彼の視界が反転し玉座が一気に遠ざかった。
床を鎧で削りながら滑りつつ、反射的に四肢を使ってブレーキを掛ける体が訴える痛みで理解した。
自分は吹き飛ばされたのだ、と。
勢いを殺した彼の周りに、同様に吹き飛ばされて剥がれた床の破片が落ちる。
ソウルの奔流のような、そんなもので吹き飛ばされたようだ。
「悪いが、そのような攻撃は効かない」
彼を吹き飛ばした騎士は立ち上がると、先程まで纏っていた雰囲気以上の気迫を放つ眼と大剣を向けた。
もう、手加減をするつもりはないようだ。
そして、騎士にも衝撃のダメージはあるようだが、どうもおかしい。
先程の衝撃ならば並みの不死人だろうと昏倒は免れぬ筈である。
「もう容赦はしない。騎士ならば、名を名乗って剣を構えろ」
全身からソウルのような青い気を立ち上らせながら宣戦布告を行う騎士。
目の前に立ち塞がる騎士を倒し、奥に座す男に不可能でも自分の世界に戻させる。
そのために彼は駆け出した。
玉座の間に障害物はなく、騎士までは一直線。
彼はカウンターを受けることを一切恐れず、両手で握ったその直剣を騎士へと叩きつける。
「――甘い!」
騎士は正面からその剣を受け止めると、流れるような動きで剣を返しその勢いを真横に流した。
その剣の重さから受け止めた際に僅かに呻くも、受け流しを実行できることから騎士の技量は相当に高いのが窺える。
姿勢の崩れた彼は騎士が剣を構え直す直前に脚力任せのタックルを行う。
鎧同士がぶつかる大きな金属音と共に騎士は小さく弾き飛ばされたが、彼は追撃をせず剣の構えを下段に変える。
騎士もそれを見てか中腰にまで構えを降ろした。
二人は睨み合い、次の一手を予想し合う。
このままでは、二人はどちらかが死ぬまで戦うだろう。
お互いの鎧を砕きあいながら、その心臓を引き摺りだしそれを裂くまでずっと。
「待ってください!!」
だが、それを止めるためにこの計り合いを好機と見た少女の声が上がる。
騎士をここまで案内した車椅子の少女、フィオレだ。
「君を元の場所に戻す方法があるかもしれません」
障害とすら考えていなかった少女の言葉に彼は騎士から注意を外して勢いよく振り返った。
「この聖杯大戦が終われば英霊は元いた場所に還るので、貴方が元いた場所に帰れるのではないのでしょうか?」
それを聞いた彼は少女に問う。
終わるまで自分は何をすべきか、何をして欲しいのか、少女に彼は問う。
「その力を聖杯大戦において貸してください。その代わり貴方には衣食住、その他の必要な物を支援すると約束します」
彼は少女を見ながら口を緩めた。
生まれついて動かぬ足の代わりとなる車椅子を操る手も、普段以上に力が篭る。
それも無理のないことだろう。
これから、彼女が行うのは、自身の、そして一族の未来を決する大決戦――――聖杯大戦だ。
六十年前に冬木で行われたオリジナルの聖杯戦争は、七騎のサーヴァントと彼らを使役するマスターが最後の一人になるまで殺しあうものだった。
しかし、此度の聖杯大戦は魔術協会からの妨害もあって聊かそのあり方が変容してしまっている。
集結するのはかつて冬木で行われたそれの二倍、十四騎のサーヴァント。
ユグドミレニアと魔術協会。
各々が、七騎のサーヴァントを使役し相対する七騎のサーヴァントを滅する。
古今東西に名を馳せた無双の英雄達が一同に会しかつてない規模で行われる【戦争】。
それこそが、聖杯大戦だ。
フィオレ達ユグドミレニア一族はこの戦いに未来のすべてを託している。
敗れれば、一族は滅亡する。
故に足踏みや後戻りは許されない。
ユグドミレニアが魔術協会から離反した以上はこの戦争に勝利する以外に生き残る術はない。
フィオレはその手に宿った令呪をしげしげと眺めた。
胎動する魔力が三つの印を形作っている。
傍から見れば刺青のようにも見えるそれはフィオレにとっての切り札であり命綱であり戦争へのパスポートである。
マスターの手に宿る令呪は三回限りの強制命令権。
魔術師とはいえ一介の人間に過ぎないフィオレがサーヴァント――――すなわち英霊を統べるための唯一の手段なのだ。
それがあるということはフィオレは聖杯に認められたマスターの一人ということで間違いない。
無論、ユグドミレニアの中で序列第二位に位置する彼女は次期当主でもあり、そしてユグドミレニアの中にあって数少ない一級品の魔術師である。
選ばれない道理はなく、この話を当主であるダーニック・プレストーン・ユグドミレニアより聞かされたときから自身の参戦はほぼ内定していたといってよい。
その為、フィオレは生き残る為にそして一族の命運を背負った責任を果たす為、方々に手を尽くして最高の英霊を迎える準備を整えた。
膝に乗せた包みの中には世界最高のアーチャーを呼び出すための触媒がある。
神代より残る青黒い血のついた古い鏃。
この鏃から召喚される可能性のある英霊は二人だけ。
一人はこの矢を放った張本人。
ギリシャ最強最大の英雄ヘラクレス。
そして、もう一人はこの矢で射られた大賢者ケイローン。
両者共に神話に名を残す最高の弓兵だ。
どちらが呼ばれるにせよアーチャーのクラスで間違いはなく、そしてアーチャーに据えるのであれば考え得る限り最高の英霊だ。
人の手の届かぬ高みにある彼らを、現世に呼び寄せ使役することに対して恐ろしさや不安がないわけではない。
先に召喚を済ませた当主たるダーニックのランサー。
そして【黒】のマスター最年少の天才ゴーレム使いロシェ・フレイン・ユグドミレニアのキャスターは、ともに邂逅そのものが奇跡と呼べる偉人である。
キャスターは、一般には知名度が低いと言わざるを得ないが魔術師であるフィオレにとっては無視できない存在であり、ランサーに関してはここルーマニアの大英雄ヴラド三世だ。
世界的に有名な上、この国においては知名度補正が最大値にまで膨れ上がる。
ランサーのステータスはほぼ最大でありサーヴァントとして最高水準にある。
彼の姿を見たときの衝撃は忘れようがない。
これまで経験したことのない圧倒的な威圧感。それはまさに王者の風であり、人を超えた存在のみに許される他の追随を許さない確固とした自我に他ならない。
意志一つで人を跪かせる力の持ち主。
それが、彼女達の当主が王と仰ぐ【黒】の陣営の旗頭なのであった。
儀式場にはすでに複雑精緻な魔法陣が、溶けた黄金と銀の混合物で描かれている。
召喚者はフィオレをいれて四人。
【黒】の陣営には残り五つの召喚枠がある。
この日その召喚枠のうち四つを一斉召喚によって埋めてしまおうとしているのだ。
一人は生まれ故郷の極東の島国で召喚を行うためにこの場にいない。
つまり、その極東で召喚された一騎が合流しなければどうあっても数的不利な状況なのである。
だからこそ、魔術協会が陣営を整える前にこちらの駒をそろえなければならない。
ただでさえ、地力では向こうが上なのだから迎え撃つ準備に抜かりがあってはならない。
これから、フィオレもまたサーヴァントを召喚する。
狙うはアーチャーのクラスただ一つ。
ざわめきが消え、見計らったように当主が立ち上がる。
玉座にはランサー。
高みから儀式を俯瞰している。
「それでは、各自が集めた触媒を祭壇に配置せよ」
ダーニックの指示に、マスター達が頷いた。
一人、また一人と触媒を祭壇に配置していく。
俄かに緊張が高まり心臓が飛び跳ねる。
フィオレは慣れた手つきで触媒を操って祭壇に配置し決められた場所に戻った。
胸が張り裂けそうになる。
魔力は全身を循環し、魔術回路が備わる両足を責め苛む。
「告げる」
この一瞬、四人の召喚者達は、ランサーの重圧すらも忘れてただ極大の神秘に触れる感動を味わった。
詠唱は終わり、一層強くなった風と発光の末、白い閃光が一瞬で建物の内部を覆った。
きっと外にいるものからは、教会に天使が降臨したように見えたことだろう
フィオレが引き当てたのはその狙い通りアーチャーのサーヴァントだった。
彼女の身体からはそれなりの魔力が抜け落ちていたし、目の前の存在がこの世のものではないということは降霊科に在籍していた彼女の目から見て明らかだった。
よって、フィオレは滞りなく召喚が成功したと思ってほっと一息つき安堵した。
しかし、彼女の高揚感もこのときまでだった。
彼女が見たのは床にぐったりと倒れ伏す黄金に輝く鎧を着た騎士。
彼女が抱いた感情は、まさに困惑の一言である。
騎士が目を開けると見たことのない天井が目に入った。
優美な模様に立派な木材だ。
神の都アノールロンドや不死院に送られる前ぐらいにしかこの手の物を見たことのない彼でもその値が張るのは理解できるが、竜やデーモンに偉大なるソウルを宿し者に果ては用済みとなった神を殺すことに命を賭けてきた彼には装飾美などは無価値に等しい。
上半身を起こした彼は自身が鎧を身に着けていないことに気付いて忌々しそうな顔をした。
あの【聖騎士の鎧】は彼が気に入り、【光る楔石】という貴重な鉱物のような物を使用した秘宝級の物なのだ。
素材を手に入れるのにトカゲを追い回し、いささか苦労したこともあって思い入れは強い。
かといって、見知らぬ場所を裸で動きまわるまでの気は無い彼はベッドから立ち上がると【上級騎士の鎧】をソウルから取り出しその身にまとう。
彼からすれば――元より不死の呪いを受け旅をする者などには当たり前の事だが、いきなり鎧が現れたような様は人をひどく驚かせるだろう。
ただ、不死人と言えどある程度の訓練を積まねばそれは出来ぬことだ。
そして鎧を着る際に自分に肉体があるという事に気付き、召喚されたという可能性を彼は排除した。
もしや【別世界の不死の英雄】に召喚され霊体となっていたのではないかとも思っていたのだ。
もちろん、彼に召喚される側の施すべき術、いわゆる白サインを行使した覚えがないので当然なのだが。
壁と比較した家具の質から推測すれば自分がいるのは使用人が使う部屋らしいが、それでも廊下に接する場所には上質な木の扉を使ってある辺りここは城だろうかと彼は推測する。
そして、警戒しつつもノブに手をかけた途端、不意にドアが内側へと開かれた。
気配がしなかったわけでは無い。
が、何らかの大きな負担が自分にかかった影響で鈍っているようだ。
彼は飛びのいて反射的に右手に【銀騎士の直剣】を、左手には【紋章の盾】を出現させる。
その両方とも限界まで強化してあるが未知の地で使用するには少し心許ないが、慣れ親しんだ武器であることや謎の敵に素手で挑むよりはマシである。
「落ち着いてください。私は貴方の様子を見に来ただけです」
現れた車椅子に座った少女がそう言うも、彼は瞬きすらせずに盾を構える。
ソウルを取り込みもしていないただの人間だと一目で分かった彼だが、少女自身の脚とその車椅子に不自然なソウルの輝きが見て取れたからだ。
少なくともソウルの扱いがわかっているということは警戒すべき類いの人間だ。
盾を構えたまま、騎士は自分に何をしたかという言いがかりのような問いをかける。
介抱してくれただけなら失礼な問いだが、少女の眉は少し動いた。
「……貴方には説明しなければならないことがあります。私の後に着いて来てくれますか?」
そう言うなり背を向けた少女を訝しげに見る彼だが、
事態を進展させる為に直剣を腰の鞘に戻し少女の後ろを歩く。
どこか不機嫌そうな少女を見て、かなり警戒しているのか素なのかを考えた。
とにかく、武器を持っている相手に背を向けたというのは戦う気は無いということに違いはない。
「聖杯大戦という言葉に聞き覚えはありますか?」
歩きながらそう一言問う少女に、彼は聞き覚えなどまったく無いと返す。
すると、それを聞いた少女はそれ以上話すこともなく無言で歩き続けた。
ただの人間が大嫌いの彼もまた一言も話しはしなかった。
そうして無言で歩を進め続けると廊下の突き当たりへとたどりついた。
そこは壁で無く大きく上質な金属の扉が鎮座している。
「ここです」
扉の前で立ち止まった少女は振り返って言った。
「私達は貴方の敵ではありません。くれぐれも礼を欠くことは控えてください」
少女がそう言い切った途端、大扉が内側から開けられる。
彼はそれに返答せずにただただ扉を睨みつける。
もし相手が自分がここに来た理由を知っているのなら解決策だけを聞いて立ち去ろうと心に決めて。
「来たか、フィオレ」
偉そうな、と言い表すのが最も容易で適切な声を発した王のような雰囲気を醸している男が二人を待っていたように大きな椅子に座していた。
しかし、彼はその男よりも桃色の長髪が特徴的な騎士や大剣を背負った騎士のソウルの輝きが気になった
あの騎士達は誰だ。
そう、彼は男を無視して少女に聞いた。
しかし、彼は答えない。
自らの主が話している以上は当然ではあるのだが。
「……セイバーやライダーに気づくか。やはり、ただの兵士というわけではなさそうだ。身に着けていた鎧も大したものであった」
そう言う男の態度は自らが万象の王であるようなもの。
どうも、そのような人物は好きになれない。
この男は騎士を完全に見下しているのだ。
だが、その座す椅子から見ておそらくはこの城の主だろう。
その城の主の隣に立つ男が口を開く
「さて、貴方は聖杯大戦に参加しに来たわけでは無いというのは、真か?」
男のその問いに、聖杯大戦とはそもそも何かと彼は問い返す。
「ふむ……」
彼はそう言い、フィオレと呼ばれた少女に目配せをした。
それに従い、少女は口を開く
「簡潔に言えば願いが叶う器を魔術師が英霊をサーヴァントとして召喚、使役して争うもの。そして貴方はアーチャーのサーヴァントとして呼ばれて今ここにいるのです」
フィオレのその説明を聞きながら、騎士の視線は目の前の男に集中していた。
この男が聖杯大戦とやらを行ったのかは不明だが、この者達の意志で召喚が行われたのは確かだろう。
欲に塗れた眼をしている。
そして、騎士の意識は、殺意は完全に男へと注がれている。
連れてこられたと思いきや召喚されたというのだ。
肉体があるにせよおそらくここは別世界だろうと彼は思い、男の肩を揺さぶって「戻せ」と迫りたくなった。
なんせ、自分が途中で抜けた事によって向こうでは世界を照らす【最初の火】のくすぶっていた種火が今では消えているかもしれないからだ。
そうなれば、変えの利かない世界を照らす光を失った世界には【闇の時代】が到来する。
それを防ぐために戦ってきた彼の――同じ目的を持った者たちの行いが、すべて水泡に帰すことになるのだ。
騎士は男へと歩む。
そして、お前がこの俺を呼んだのかと問い何度も声を上げて問うた。
「――――止まれ」
そんな彼の歩みを二人の間に入って阻んだのは、先ほど注意を惹いた大剣を背負った騎士だ
荒々しく退くように訴える彼を、その騎士は睨み返した。
「マスターにあなたが彼に近づかないようにするよう、命じられている」
しかし、彼はそれをお前は事態を分かっていないと鼻で笑って更に近づくと、だったら元の世界に戻せと言い、目の前の騎士を殺す様な勢いで睨み付ける。
「君が呼ばれたのは我々にとっても予想だにしなかったことだ。本来なら、アーチャーには別の者が呼ばれるはずだったのだからな」
つまり、自分たちが願いを叶える物を手に入れるために行ったことで、自分がここに来たというのだ。
彼は、ならばそんな争いに関係のない自分を元の世界に戻せ、と尚更大きな声を出した。
「生憎、英霊を呼ぶ術すべを持っていても召喚された者を帰す術を持たない。だが、自害でもすれば帰れるかもしれんぞ?」
王座に座る男は悪びれる様子もなくむしろ嘲笑うようなことを言う。
それに憤慨した騎士は男を睨みつけ、自分を帰すつもりは無いのか、と先ほどまでの露わにしていた激情と真逆の冷たい声で言った。
まるで最後通告のように。
「我々には無い」
男の言葉に、彼は「ならば死ね」と低い声で述べた。
今の彼の思考は「最初の火の薪になるのを邪魔された」ということから煮えた鉛のように音をたてており、彼の人生において数少ない感情任せの行動に出た。
なにせ、彼は呪いによって不死人になって以降その使命である【最初の火の薪になる】ことを何度も繰り返してきたのだ。
それは人の世を救う方法であり、不死人にしかできないことだからだ。
人の理から外れ、全てを失い、永遠の時に囚われた彼にはそれしか残っていなかった。
腰に差していた銀騎士の直剣を引き抜き盾を構えながら王座に座った男を叩き斬らんと走り出す。
「通しはしない」
彼に反応して同様に一瞬で鎧をまとった大剣の騎士は、背中の大剣を引き抜き両手で構えて立ちふさがる。
しかし彼はそれを想定内と眉一つ動かさず、障害である大剣の騎士へと走る。
「止まれ!」
彼は当然応じず、走る。
警告が無駄だと判断した大剣の騎士は腰を低くして剣を振った。
勢いを止めるため、という目的で襲いかかってきた一撃をその盾で走りながら逸らし、間合いの中に入った上で直剣の柄先を頭めがけて叩き付ける。
刃を使わなかったのは加減ではない。
間合いの中に入り込んだ上での攻撃手段として選んだだけである。
そして、勢いを止めるだけ、という考えで振られた甘い一撃。
ソウルの業によって鍛え上げられた騎士にそれを逸らせぬ道理はない。
しかし、剣をそらされた勢いに体を乗せて身を躱した大剣の騎士は、その回転を乗せた返す剣で足を薙ごうとする。
両足を切り落とすことも辞さないといった勢いの剣を、彼は身体を前に放り出し避けた。
騎士は足を付ける地を失い、勢いと重力に身を任せながらもその護手に包まれた手で大剣の騎士の頭を横から鷲掴みにした。
「――――ッ!?」
しまった、と目を見開く騎士の顔を睨めつけながら、彼は鎧の重さに身を任せて倒れこんだ。
もし大剣の騎士の剣がもっと取り回しやすければ彼の腕を切り飛ばせもしたであろう。
しかし、大剣とは両手で持つような大型の物であってそんな取り回しはできない。
苦しそうな声を上げる騎士と共に倒れこんだ彼は左手で顔を掴んだまま、剣を右手のみで持つ形となった騎士の右手を手で上から包み込んで、馬乗りになる。
一瞬、彼と騎士の視線が交差した。
だが、彼は躊躇いもなく、騎士の頭を床に思いっきり打ち付ける。
馬乗りという、防御がほとんど不可能な体勢での頭部へのダメージ。
彼は騎士を死なないまでも無力化した、と確信して目の前の男へと視線を移す。
男は危険の迫る玉座から彼へと冷ややかな視線を送り付ける。
「どうした、貴様はそれで終わりかね?」
そう嘲笑する男を、気でも触れたのかと思いながら彼は立ち上がり――――否、立ち上がろうとした。
突如、彼の視界が反転し玉座が一気に遠ざかった。
床を鎧で削りながら滑りつつ、反射的に四肢を使ってブレーキを掛ける体が訴える痛みで理解した。
自分は吹き飛ばされたのだ、と。
勢いを殺した彼の周りに、同様に吹き飛ばされて剥がれた床の破片が落ちる。
ソウルの奔流のような、そんなもので吹き飛ばされたようだ。
「悪いが、そのような攻撃は効かない」
彼を吹き飛ばした騎士は立ち上がると、先程まで纏っていた雰囲気以上の気迫を放つ眼と大剣を向けた。
もう、手加減をするつもりはないようだ。
そして、騎士にも衝撃のダメージはあるようだが、どうもおかしい。
先程の衝撃ならば並みの不死人だろうと昏倒は免れぬ筈である。
「もう容赦はしない。騎士ならば、名を名乗って剣を構えろ」
全身からソウルのような青い気を立ち上らせながら宣戦布告を行う騎士。
目の前に立ち塞がる騎士を倒し、奥に座す男に不可能でも自分の世界に戻させる。
そのために彼は駆け出した。
玉座の間に障害物はなく、騎士までは一直線。
彼はカウンターを受けることを一切恐れず、両手で握ったその直剣を騎士へと叩きつける。
「――甘い!」
騎士は正面からその剣を受け止めると、流れるような動きで剣を返しその勢いを真横に流した。
その剣の重さから受け止めた際に僅かに呻くも、受け流しを実行できることから騎士の技量は相当に高いのが窺える。
姿勢の崩れた彼は騎士が剣を構え直す直前に脚力任せのタックルを行う。
鎧同士がぶつかる大きな金属音と共に騎士は小さく弾き飛ばされたが、彼は追撃をせず剣の構えを下段に変える。
騎士もそれを見てか中腰にまで構えを降ろした。
二人は睨み合い、次の一手を予想し合う。
このままでは、二人はどちらかが死ぬまで戦うだろう。
お互いの鎧を砕きあいながら、その心臓を引き摺りだしそれを裂くまでずっと。
「待ってください!!」
だが、それを止めるためにこの計り合いを好機と見た少女の声が上がる。
騎士をここまで案内した車椅子の少女、フィオレだ。
「君を元の場所に戻す方法があるかもしれません」
障害とすら考えていなかった少女の言葉に彼は騎士から注意を外して勢いよく振り返った。
「この聖杯大戦が終われば英霊は元いた場所に還るので、貴方が元いた場所に帰れるのではないのでしょうか?」
それを聞いた彼は少女に問う。
終わるまで自分は何をすべきか、何をして欲しいのか、少女に彼は問う。
「その力を聖杯大戦において貸してください。その代わり貴方には衣食住、その他の必要な物を支援すると約束します」
彼は少女を見ながら口を緩めた。