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原発に替わる多様な発電方法と福島の再生案
原発は企業や役人の私腹を肥やすため乱造されてきた側面がある。
そして原発推進のための大義名分として、「原発は安全」「原発は日本の電力をまかなうために絶対必要」といった説明が真しやかに広められてきた。

しかし福島原発が重大な事故を起こし、他地域の原発でも過去に幾例もの事故や隠蔽があった事実を顧みると、「原発は安全」と唱えてきた原発推進派の主張は事実無根の絵空事だった事が分かる。
こうなると、原発推進のもう1つの大義名分として語られる、「原発は日本の電力をまかなうために絶対必要」との言い分も果たして本当なのか、鵜呑みにせず疑ってかかる必要がある。

改めて検証しなおすと、日本の電力は原発に頼らずとも、他の発電方法でまかなえる可能性が非常に高いという事実が浮かび上がってくる。

ここでは、原発に替わる多様な発電方法について考察すると共に、福島をそうした新たな発電の立地地域として再生する方法についても論じてみたい。


◇原発の電力は火力でも補える
国際エネルギー機関(IEA)は震災直後に、日本は原発がなくとも、その分の電力を火力で補えると試算している。
▼「日本、原子力発電不足分補う石油火力発電の余剰ある=IEA」(ロイター)
>国際エネルギー機関(IEA)は15日、日本は原子力発電の不足分を補うだけの十分な石油火力発電による余剰能力を有している、との見解を示した。

'10年の時点で、原発は日本の電力量の約23 %を担うようになっており、それなりの存在価値をアピールしていた。


しかし原発が20%以上もの電力量を占めるようになった背景には、以下のような事情がある。
原発は出力を変えると事故を起こす危険性があるため、電力の供給量を調節できない。一度運転を開始した原発は、需要があろうとなかろうと、昼夜問わず毎日フル稼働せざるを得なくなる。
一方、火力や水力など他の発電施設は、需要の有無に応じて供給量を加減できる。
そのため原発はフル稼働し、火力や水力は加減しながら電力供給するという配分が慣習となり、その結果、原発は日本の電力量の20%以上もの比重を占めるようになったのである。
つまり火力や水力は多くの余力を有しているので、何らかの理由でいざ原発が運転停止に追い込まれても、そのぶんの電力を火力などで補える可能性は高い。
実際のところ、'02年には福島と柏崎刈羽の原発17基が停止したが停電にはならなかったし、'11年も福島原発が事故で停止したが、夏を乗り切る事が出来た。


◇CO2排出を軽減できる新火力発電
火力発電と言えばCO2排出が問題視されるが、コンバインドサイクルと呼ばれる新方式の火力発電なら、従来の火力発電よりもCO2排出量を削減できる。
▼「進化を遂げる火力発電」(All About)
コンバインドサイクル火力発電は、日本では'80年代から導入され始めており、ガスタービンと蒸気タービンを組み合わせる発電方式により、従来の火力発電と比べて二酸化炭素の排出量を低減でき、なおかつ数倍もの発電効率を実現できるという。


コンバインドサイクルの建設は原発より遥かに低コストで、数ヶ月の工期で実現できるなど、利点は多い。


◇火山国の日本は地熱資源大国
火山の多い日本には、地熱発電を拡大できる余地がかなりあるともいう。
地熱はCO2排出量も少なく、風力や太陽光のように天候に左右される心配もなく、安定的な電力供給が可能となる。


米国の世界的な環境学者レスター・ブラウン氏は「火山が多い日本は世界有数の地熱資源大国。もっと地熱発電を活用するべきだ」と提言する。

▼「日本はもっと地熱発電を 米国の環境学者 レスター・ブラウン氏提言」(中日新聞)
>日本は地熱発電で国内電力の半分、もしかして、全部を賄えるかもしれない

▼「火山国の日本、地熱エネルギーの先駆者に 米環境学者」(AFPBB News)
>日本が全力で地熱エネルギー開発に取り組めば、二酸化炭素排出の削減だけでなく、同分野において世界の主導権を握ることができる

産業技術総合研究所の地熱資源研究グループ長である村岡洋文さんらの研究では、以下のような試算が出ている。
 ・現在の技術で地熱発電を拡大すれば、日本の全電力の8.6%を賄える
 ・さらに深部の地熱資源を利用できる技術開発で、22.7%に上がる
 ・開発に五十年以上かけ、マグマ熱を直接使えるようになれば、全国電力需要の三倍近くを賄える

その開発には膨大な費用もかかるというが、原発が事故で出す被害や損害額と比べればどちらがマシかは、言うまでもない。

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◇洋上風力の可能性
陸上の風力発電は、得られる電力が少ない上に、騒音の発生、景観への影響、鳥の衝突による事故死(バードストライク)など、何かとデメリットが多い。

しかし風車を洋上に設置する「洋上風力発電」なら、陸上よりも安定的に電力を得る事ができ、なおかつ騒音や景観を気にする必要もなくなる
バードストライクに関しては、陸上の場合は風力発電に適した場所が限られており、鳥の多い山間地などへの設置によって被害が多くなりがちだが、洋上の場合は立地の選定の自由度が高く、鳥の飛来する軌道やテリトリーを避けて設置し安いという利点がある。鳥の飛来を避ける技術の研究や開発によって、バードストライクの被害を減らせる可能性もある。

洋上風力は、海底に直接据え付ける「着床式」だけでなく、海面に浮かべる「浮体式」も導入する事で、より深い海域にも設置の範囲を広げ、洋上風力が可能なエリアを拡大できる。

日本の海(領海と排他的経済水域)は世界6位の広さがあり、風も強く、洋上風力に適した海域が多い。
▼「海にプカプカ、風車で発電 環境省が実用化実験へ」(朝日新聞社)

仮に関東沿岸から30kmの海域を対象として、水深50m海域の5%に着床式、水深200m海域の3%に浮体式の洋上風力を設置するだけで、原発17基分の発電量を得られるという。
▼「風力資源は東電の年間電力販売量に匹敵する」(SPA!)

風車をレンズ状にする事で、中心に風を効果的に集め、従来の2〜3倍の発電量を得る技術も開発されている。



◇海を資源として活かす発電方法
海面の波のエネルギーを利用する「波力発電」は、面積あたり太陽光の20〜30倍、風力の5倍のエネルギーを得られる。


先に挙げた洋上風力発電の隙間を埋めるように、波力発電を設置する事で、海底ケーブルなどのインフラを共有し、低コスト化の実現も期待できる。
また、カツオやマグロなどの回遊魚が洋上漂流物に集まる習性を利用して、浮漁礁(うきぎょしょう)としても併用するなど、漁業との共存を図れる可能性もある。
▼「【波力】日本の沖合の波パワーは3億キロワット以上!」(SPA!)

海の表面の波力だけでなく、さらに深部の海流のエネルギーを利用する「海流発電」の実用化も進めば、海から得られる電力はいっそう増える。

小さな島国である日本は資源が乏しいと思われがちだが、四方を囲む広大な海こそ資源と考え、洋上風力発電、波力発電、海流発電などに活用できれば、日本ならではの独自の地形を利点に変え、計り知れない恩恵が得られるかも知れない。
日本は世界6位の広さの領海と排他的経済水域(EEZ)を持っているが、その広大な海のエネルギーを利用せずにいては宝の持ち腐れとなってしまう。


◇津波被害への対策
海に洋上風力や波力発電を設置した場合、津波による設備の損傷を懸念する声があるかも知れないが、それでも原発事故が起きるよりは遥かにマシと言える。
原発の場合は、事故が起きれば放射能汚染を招き、長い年月に渡って広範囲の地域に甚大な被害をもたらす。しかし洋上風力や波力発電の場合は津波で損傷する事があったとしても、復旧までの間、一時的に電力不足に陥るだけである。

もし津波で洋上風力や波力の発電能力が失われた場合、新火力や地熱、水力など陸地の発電だけで日本の電力をまかなえるよう、普段から備えておけばいい。例えばCO2の排出が問題となる新火力発電は、なるべく平常時は使用を控え、海での発電が失われるような非常時にだけ稼働するなどして、余力を蓄えておけばいいのだ。

もちろん洋上風力や波力発電そのものも、海面に浮きながら波の抵抗をなるべく受けないような技術を開発するなどして、津波への耐久力を極力高めておかねばならない。
最終的には大津波の襲来にも無傷で耐えられるくらいになれば望ましい。しかし無傷とはいかなくとも、一部が破損しても全壊は免れ、短期間で復旧できるくらいにまでなれば、じゅうぶん実用の価値はあるだろう。

何にせよ、あらゆる発電の中でも、事故が起きた場合のリスクは、原発が最も大きい。
世の中には火力、水力、風力、地熱など様々な発電があるが、事故が起きた時に国土の多くを不毛の地にするような発電は、原発だけなのだ。


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◇その他の自然エネルギー
太陽光発電は面積あたり得られる電力が少ないため、それのみでは主力となりにくいだろうが、他の発電方法と組み合わせて補助的に使う分には有効となり得るだろう。
太陽光発電システムは今のところ高価で、一般家庭で手軽に導入しにくい現状がある。
しかしTVやパソコンや電話も最初は高価で、一部の限られた者しか手に出来なかったが、時間をかけて量産体制の確立や低価格化が進み、いまや一家に一台、一人に一台が手にするまでに普及している。
太陽光発電も量産化によって低コスト化が進み、社会全体に広く普及できれば、ある一定の貢献をもたらすかも知れない。


水力発電には、ダムを利用する大規模な発電だけでなく、小規模な河川や滝や用水路の水力を利用する「マイクロ水力発電」もある。
マイクロ水力発電は得られる電力が少量で、河川などへの設置は自然の美観が損なわれたり、適地が少ないなどの欠点がある。
しかし水道水や下水といった用水路はたいていの街にあるものなので、こういった街のインフラと共存しながら各地の都市全体に普及できれば、多少の効果は期待できるのではないだろうか。

この他、海の潮の満ち引きを利用する「潮力発電」、表層と深海の温度差を利用する「海洋温度差発電」などもあるが、これらは適地が少なく、局地的な利用に限られそうだ。

自然エネルギーにはこういった発電量の少ないものも各種あるが、1つ1つの発電力は弱くとも、様々な発電方法を併用していく事で、総量的には多大な電力を得られる可能性を秘めている。


◇原発ほど金のかかる発電はない
洋上風力や地熱の開発にはコストがかかるとの反論もあるかも知れないが、事故が起きた際のリスクを考えれば、原発ほど金のかかる発電もない。
原発事故の収束に要する経費はもちろんの事、住処を失う膨大な数の避難民たちと、生業を失う農家や水産業者や観光業者などへの補償。日本の食品や製品の国際的な風評被害による輸出への悪影響。海洋汚染によって海外各国に支払う賠償などなど、その経済的損失は天文学的な数値に上る。


福井県のもんじゅのように、事故のために一度も発電に活かされないまま、1日5500万円もの莫大な維持費を浪費している原発もある。
すでに福島原発やもんじゅが計り知れない経済的損害を出したこの期に及んで、まだ抜け抜けと原発の方が低コストなどと主張する推進派には呆れるばかりである。

よく原発は低コストなどと言われるが、それは安全対策や核廃棄物の処理にかかる費用、そして事故のリスクを度外視した場合の話でしかない。
原発で事故が起きないように安全対策を施すだけでも、それ相応の費用がかかる。しかしこれまで原発推進派は「原発は低コスト」というメリットをアピールするため、安全対策のコストを削減し軽視してきた結果、深刻な事故を引き起こしたのだ。
従って原発は低コストなどという論法は、おろそかな安全対策を促す危険な発想でしかないと言える。


◇原発推進派こそ電気を使うべからず
「日本の電力を賄うには原発が絶対必要。原発を批判するなら電気を使うな」といった決まり文句もよく目にする。
しかし電気=原子力ではない。上で紹介した様々な発電方法によって、原発に頼らずとも日本の電力を賄える可能性は大いにある。仮に原発を全廃できないにしても、かなりの数を減らす事は出来るはずだ。
原発に頼るにしても、どの程度減らせるか可能な限り努力した上で、どうしても必要な分だけ原発を利用するという姿勢が必要ではないだろうか。

しかし原発推進派は、原発以外の発電の可能性を頭ごなしに否定し、自然エネルギー開発の気運を妨げようとする。原発に依存せねば電気を使えない社会を強引に作り上げておきながら、「原発を批判するなら電気を使うな」などと一方的に恫喝するのは、横暴で身勝手な言い分と言わざるを得ない。

そもそも冷静に考えてみれば、電気を使うべきでないのは原発推進派の方であろう。
なぜなら原発を推進する以上は、その原発のせいで起きる事故にも責任を持つべきであり、全ての原発推進派は、福島原発事故によって生じた損害の補償や賠償を負担せねばならないはずだ。自らの推進する原発のせいで生じた損害の弁償もできないなら、原発を推進すべきでないし、その原発で作られた電気も使うべきでない。
また、多くの原発推進派は自然エネルギーを否定しているわけだから、その否定した自然エネルギーによって作られた電力も使わないのが筋であろう。もし将来、原子力に替わって自然エネルギーが台頭する社会になったとしても、自然エネルギーを否定してきた原発推進派たちは永遠に、自然エネルギーの電力を使うべきでないという事になる。
つまり原発推進派は、原発の電気を使う資格もなければ、自然エネルギーの電気を使う資格もないのだ。

脱原発派は、原発の電気を使う事があったとしても、原発をなくそうと極限まで努力した上で、どうしても必要に迫られた分だけの原発をやむをえず一時しのぎ的に使おうとしているだけであり、最終的にいつかは原発をなくそうという意思がある。
それに比べると原発推進派は、原発をなくそうと努力する姿勢が最初から欠けており、都市部の原発推進派の中には、事故が起きても自分の地域には関係ないからいいやという姿勢の者も多い。

従って、もし原発による事故が起きた場合、原発推進派には情状酌量の余地は全くなく、これら原発推進派が事故の責任を負い、賠償や補償を負担していくべきなのだ。

もし原発推進派が「原発を否定するなら電気を使うな」などと言ってきても、脱原発派は全く意に介する必要もないし、逆に「原発推進派は原発のせいで起きた事故の賠償をしろ」とでも言い返すべきである。

実際のところ、原発事故で莫大な損害を出したにも関わらず、その元凶を作った原発推進派の人々が何の責任も問われる事なく、相変わらず推進を唱え続けていられる今の状況は異常とも言える。
政治家、官僚、電力会社の関係者から一般市民に至るまで、原発推進を唱える者たちには、まず事故の補償や賠償を負担させるという意識を広めていくべきであろう。


◇第8次エネルギー革命への船出
人類がこれまで利用してきたエネルギーは、幾度かの変革を遂げながら現在に至っている。例えば火の利用の始まりを第1次エネルギー革命として、蒸気機関が普及した第5次エネルギー革命、電気と石油が実用化された第6次エネルギー革命などと区分する事ができ、現在は原子力とコンピューターを利用する第7次エネルギー革命の時代にあたる。

人類学者の中沢新一氏は、福島原発事故を機に人類は原子力に見切りをつけ、これからは自然エネルギーを主体とした第8次エネルギー革命の実現を目指す事を提唱している。
中沢氏は'11年4月5日にUstreamで行った談話において、福島原発事故以降の新たな社会モデルの構想を語っており、その談話は「大津波と原発」(朝日新聞出版)という小冊子に活字となって収録されている。


中沢氏は、福島原発付近の農地が放射能汚染によって使えなくなった場合、その土地を電力会社が高額で借り受け、ソーラーパネルを敷き詰める事を提案。そして福島が新たなエネルギー革命の先駆けとなる未来像を思い描いているようだ。

福島原発の周辺一帯に太陽光発電を設置するというアイディアは、中沢氏以外にも様々な人が度々ネット上で語っており、実際にどのくらいの発電効率が得られるのかを綿密に試算している人もいる。

▼「福島避難範囲半径30kmの陸地に太陽電池を敷き詰めると第一第二原発の合計より大きい」(しんすけのブログ)
このブログでは、太陽光パネルの1平方メートルから得られる電力は、晴天時の正午前後だと1時間あたり9.87ワットという前提で試算している。(ちなみにメンテナンス用の通路などを考慮して、1平方メートルから40%ほどの面積を引いた計算となっている)
原発30km圏内の真円の面積は2,826平方キロメートルとなるが、海を除いた陸地だけの面積は、単純計算で半分に割って求めると1,413平方キロメートルになる。
1時間の1平方メートルの発電量9.87ワットと陸地面積1,413平方キロメートルを掛け算すれば、1時間あたり1,394万キロワットもの電力を得られる事になる。
一方、福島第一原発の計6基を1時間フル稼働した場合の発電量は469.6万キロワット、第二原発の計4基は440.0万キロワットであり、合計すると10基で1時間909.6万キロワットとなる。
つまり正午前後においては、30km圏内全てに太陽光パネルを設置した場合の発電量1,394万キロワットは、福島第一と第二原発を合わせた940万キロワットをゆうに上回る計算となる。


とは言え、さすがに30km圏内の陸地すべてに太陽光パネルを設置するのは難しいかも知れないので、特に重度の放射能汚染や風評被害で使えなくなった農地などを選び、そこにパネルを設置した場合どれだけの電力が得られるかが問題となるだろう。
もちろんこの太陽光発電によって得られた収益の一部は、もともとその地に住んでいたのに避難せざるを得なくなった人々や、職を失った人々のため、新たな生活費の補充として還元されるのが望ましいだろう。

世界的に定評のあるイギリスの政治経済紙『The Economist』もまた、福島原発事故で汚染された農地に太陽光パネルを敷き詰める案を紹介している。
▼「Japan's disaster and business reform: A good place to start」(The Economist)
>If the onerous rules on converting farmland to other uses were waived in Tohoku, land (often wrongly) suspected of being contaminated from the nuclear leak could be turned into fields of money-spinning solar panels.
訳:東北地方で農地の用途変更に関する煩雑な規制を撤廃すれば、放射能漏れによる汚染が疑われる土地(その多くが間違った疑い)は、金儲けになる太陽光パネルの「畑」に変えることもできる。


ちなみに『The Economist』は、世界でもっとも重要な政治経済紙の一つと見なされており、発刊の歴史も古く、鋭い分析によって書かれた記事が世界の情勢に影響を及ぼす事もあり、かねてより日本経済に関心が高い事でも知られている。



尤も個人的な意見では、太陽光発電よりも発電効率の高い地熱発電を優先して、原発周辺に適地があればまず地熱発電所を開発し、余った地に太陽光パネルを設置する事ができれば、より多くの電力を得られるように思う。

それと並行し、太平洋には洋上風力、波力、海流発電所などを開発する事で、陸地を遥かに上回る電源を開拓できる可能性もある。

双葉郡は陸地も海も放射能で汚染され、農業や漁業の再開が困難な状況となった。しかし電気は食べ物と違って体に入るものではないので、双葉郡の土地や海が汚染されていようとも、そこで作られる電力は風評被害を受けずに済む。双葉郡にとっても自然エネルギーの大規模な開発は、町財政の再生につながるはずだ。

それだけでなく、やりようによっては雇用の増加につなげていく事も出来るだろう。


◇自然エネルギー先進国としての日本
双葉郡でこのような自然エネルギーの大規模開発が行われる場合、当然ながら様々な技術開発も前提となってくる。
洋上風力、波力、海流発電はまだ開発の途上段階だし、地熱発電も多くの開発の余地がある。また、現場での開発の作業に安心して従事できるよう、双葉郡の放射能汚染を除染する技術も並行して進められねばならないだろう。
様々な面での技術開発が必要であり、そのためには福島県内に最先端の技術者や設備が集う拠点を作る事が、効率化につながる。そして、そこで培われた自然エネルギー開発や原発廃炉の技術はやがて、福島県のみならず日本全体の原発立地にも導入されていくべきであろう。
原発立地は海水を冷却水として使う関係上、たいてい海岸沿いにある。そうした日本の沿岸部に分布する原発を可能な限り撤廃し、洋上風力や波力、海流など海を活かした自然エネルギーに移行するため、福島県で開発された技術を導入していく方法もある。


また全国の原発立地地域において、原発に替わる新たな経済活動や雇用の拠り所とする意味でも、自然エネルギーの開発には意義がある。

こうした開発の末に、日本が第8次エネルギー革命時代において、世界をリードする自然エネルギーの先進国となっていければ望ましい。海外へも自然エネルギーの技術を売り込み、日本の景気にも好影響を及ぼすような体制を確立していければ、得られるものは大きい。


◇日本が世界の先駆者になれる機会
福島原発事故は日本に大打撃を与えたが、転んでもただでは起きない精神で、むしろこの事故を自然エネルギー転換への好機と捉え、日本の飛躍に結びつければいいのだ。

ところが、それを妨害するのが原発推進派や右翼、そして革新を毛嫌いする保守的な人々の存在である。
古来より、欧米人が蒸気機関や電気やコンピューター、自動車や飛行機、テレビや蓄音機などを発明し、人類史上に幾度となく変革をもたらしてきたのと比べると、日本人は自ら何かを発明するという気概に乏しく、ただ欧米が作ったものを後追いで受け入れる傾向が強かった。
第二次世界大戦では大艦巨砲主義から航空機への移行に乗り遅れ、近年では携帯電話からスマートフォンへの移行に遅れるなど、日本は時流を読めず欧米に遅れを取り、後手後手となって追従する事例が多々ある。

新たな技術や体制の確立には、様々な困難や課題が付き物であり、それらを乗り越えるには発想力や意思の強さが必要となるが、日本にはそうした困難に最初から取り組もうとせず、「あれは出来ない、これは出来ない」と尻込みし、旧来の慣れ親しんだ体制から脱皮したがらない人が多い。
創意工夫に励むより、与えられた単調な仕事だけをただ機械的に黙々と繰り返す事を好む。
このような保守的な人が多数派を占める日本にあっては、仮に少数の人が革新的なアイディアを提案する事があっても、異端視されて周囲の理解や協力を得られなかったり、出る杭は打たれるごとく足を引っ張られ、結局ないがしろにされがちである。

従来の体制に問題があっても改善の努力をせず、自国で生みの苦しみを味わおうともせず、欧米が生み出した新方式を後で真似る日本の行動様式は、欧米の猿真似などと揶揄される事もある。

しかし今こそ日本は、猿真似国家の汚名を返上する絶好の機会に立っているとも言える。
世界に先駆けて第8次エネルギー革命を成し遂げ、新たな社会モデルを確立すれば、日本の功績は人類史上に永久に刻まれ続ける事になってもおかしくない。


◇未来に残すべき遺産
原発推進派や右翼は今後も相変わらず「自然エネルギーなど無駄だ」と妨害を仕掛けてくるだろうし、実際に開発には様々な困難が立ちはだかるだろうが、そうした妨害や困難に一喜一憂する事なく、地道にエネルギー革命を前進させる姿勢が問われるところだ。

右翼などは勇ましく愛国を唱えるが、自らの推進した原発の事故により国土が汚染されても、何ら反省も責任も感じる事なく、相変わらず問題だらけの原発推進を主張し、さらなる国土汚染の危機を招こうとしている。そしてエネルギー革命に取り組む気概もなく、日本を欧米の模倣しかできない猿真似国家に押しとどめようとし、国を弱体化させる行為ばかりを繰り返している。

遠い将来に人類史を長い目で振り返った場合、現在の日本における原発推進派や右翼がいかに先見性に乏しく、日本の発展を妨げる悪因であったかが実感できるようになるだろう。

デンマーク・フィンランド・スウェーデン・イタリア合作のドキュメンタリー映画『100,000年後の安全』によると、核貯蔵施設に埋蔵された使用済み核燃料が生物に対して無害になるまでには、10万年という気の遠くなる年月を要するという。


10万年といえば、逆に過去に遡って考えてみると、人類がまだ旧石器時代の最中にあり、地形さえも現在とは大きく異なっていた時代にあたる。
それに相当する程の果てしなく長い年月に渡って、核貯蔵施設の廃棄物をこれから、自然災害や戦争や人的管理ミスによる事故の危機に晒し続けよう、というのが原発推進派の主張である。

長い人類史からみればほんの一瞬でしかない現代の人々の利便追求のためだけに、核廃棄物という危険な負の遺産を大量に生み出し、後世に末永く背負わせ続けるなど、傲慢以外のなにものでもない。
現在の原発推進派は未来の人々から迷惑者として恨まれ、軽蔑の対象となり続けるに違いない。
ちょうど平和な時代に生きる我々が、陰惨な戦争のあった時代の侵略者を蔑み、平等な時代に生きる我々が、身分制度のあった時代の横暴な暴君を蔑むように、未来の人々は原発推進派を蔑むようになるだろう。

負の遺産を生み出し続けた現代人は、後世へのせめてもの罪滅ぼしとして自然エネルギーを開発し、ささやかながらそれを正の遺産として残すべきではないだろうか。

現代において原発推進派が負の遺産を生む側とするなら、自然エネルギー推進派は正の遺産を生む側という事ができる。未来の人々に顔向けできるような人間であるためにも、せめて正の遺産を生む側に属していたいものである。


◇福島と日本の再生
双葉郡を第8次エネルギー革命発症の地とするには、当然ながら地元住民の理解や協力が必要となる。
陸地で太陽光や地熱発電を開発するにも、地元住民から合意を得て広大な土地を借り受けねばならない。

先述の通り、新たな発電施設により得られた収益の一部は、かつてその地に住んでいたのに避難せざるを得なくなった住民や、職を失った住民の新たな生活資金として、還元されていくべきであろう。

さらに、新たな発電施設の近辺の住民としては、発電設備のメンテナンス、納入する物品の製造、作業員相手の飲食店やサービス業などにより、雇用の増大も見込めるかも知れない。


また土地の提供者には金銭面だけでなく、精神面においても大きな充足感を得てもらえれば理想的だ。
すなわち双葉郡の大地が、人類史にとって有意義な第8次エネルギー革命のために使われる事により、土地を提供する側の人々としても光栄に感じられるような雰囲気作りも重要であろう。

そのためには、人々がエネルギー革命をポジティブにとらえ、自然エネルギーが普及した未来の社会像を素晴らしいものと認識し、その実現に向けて積極的に協力し合うような気運を高めていく事が必要となる。

これまで国が推進してきたずさんな原子力政策により、福島は原発事故によって計り知れない損害を受け、チェルノブイリに匹敵する悪印象を全世界に与える事となった。
この福島および日本に植え付けられた悪評を払拭するには、福島が新たなエネルギー革命発祥の地として生まれ変わり、その姿を世界中に印象付ける他ないのではないか。
国はこれまでずさんな原発運営によって、福島を世界最悪の原発事故による被災地へと貶めた。今後はその福島を世界に誇れる新たな姿に生まれ変わらせるべく、国をあげて最大限の支援をしていく事が、福島に対する償いやけじめともなるのである。


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